テラーノベル
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遠くで、誰かが呼ぶ声がする。
母さんが泣いている。
父さんが慰めてる。
どうして、泣いているんだろう。
あぁ、そうか。
——僕が、死んだからか。
じゃぁ、この目を瞑ったら、もう二度と目を覚まさないんだ。
辛いとも悲しいとも思わない。
これで、不自由な身体も病気も、手放せるんだ。
一個だけ心残りがあるとしたら。
大好きな小説の推しカプが幸せになる瞬間を見られなかったこと。
病院のベッドの上で唯一、腐男子な僕を癒してくれた、シュメリとバルト。
あの小説の完結までは読みたかったな。
逝く先が天国でも地獄でもいいから、続きを読めたらいいのに。
次に生まれ変わるなら、推しを愛でられるくらい健康でありますように。
そう願いながら、僕はゆっくり目を閉じた。
真っ黒な視界が、世界の総てだ。
音も匂いもない。
これが、死後の世界なのかな。
「——ンネ、リンネ」
誰かが、名前を呼んでいる。
それは、僕の名前なのか。
「リンネ、お前は可愛いね」
優しい声、撫でる手も温かい。
ただ優しいだけではない、色香と強さを内に秘める声だ。
(良い声だな。僕がイメージするシュメリみたいだ)
ゴロゴロと、猫が喉を鳴らすような音がする。
(近くに猫がいるのかな)
その猫も、シュメリみたいなイケメンに撫でられているんだろうか。
(でも、なんかゴロゴロがやけに近いような)
まるで僕の喉から鳴っているような。
イケメン(予測)の手が、僕の腰を撫でた。
「うにゃ!」
気持ち良過ぎて、声が出た。
(え? うにゃ?)
勢いで、僕は目を開けていた。
ゴシック調の家具に、天蓋付きのベッド。
その前に置かれたソファに、男が座っている。
男の膝の上に、僕はいるらしい。
(なんで、男の膝の上なんかに!)
慌てて降りようとする僕を、イケメンが掴まえた。
「こら、どこへ行くんだい」
脇に手を入れて、体を持ち上げられる。
真正面から男性を見て、僕は思わず背筋が伸びた。
(シュメリ! この顔……シュメリだ)
大好きだった小説の、推しカプの攻めだ。
小説の挿絵そのままの顔だった。
まさか、夢だろうか。
(推しだ……推しが目の前にいる)
僕はプルプルと震えた。
「あにゃ、あにゃ」
驚きすぎて言葉にならない。
というか、どうして僕はシュメリに抱き上げられているんだ。
なんか、サイズ感も微妙に違う。
シュメリが、やけにデカいというか。
視界の端に、何かが映った。
「ににゃ⁉」
目に入ったのは真横に置かれた大きな鏡だ。
僕は、固まった。
というか、凍った。
僕の姿は、黒い猫。
背中に羽の生えた真っ黒な猫だった。
(これ、猫? いや、確か……あの小説だと羽が生えた猫は悪魔の猫って言われて、猫魔って呼ばれていたような)
しかし、シュメリが猫魔を飼っていた記述はなかった。
だって、シュメリは聖騎士で、悪魔の猫なんか飼うわけないんだ。
(ちょっと腹黒いトコ、あるけど。それは性格だし。仕事には真面目だったし)
というか、本当にシュメリなのか。
何で僕は猫魔なんだ。
ここは、小説世界なのか。
異世界転生ってやつか。
色々考え過ぎたら、脳がヒートアップした。
「うにゃ」
俺は、がくっと項垂れた。
「リンネ! どうしたんだい?」
シュメリが慌てて僕を腕に抱いた。
「具合が悪いのか? どこか痛い?」
シュメリが心配そうに体を撫でてくれる。
その手が気持ち良くて、またゴロゴロと喉が鳴った。
あんまり心配をかけてもいけない。
「にゅ」
僕は顔を上げて、シュメリを見上げた。
「元気になった?」
「あにゃ」
頷いて見せる。
シュメリが僕を抱きしめて、頬擦りした。
「よかった。心配したよ」
眉間を撫でられると、無条件に顔が上がる。
その辺りの習性は猫らしい。
「そろそろ、ご飯にしようか」
ご飯と聞いて、ときめいた。
そういえば、お腹が空いている。
「にゅ、にゅ」
シュメリにスリスリした。
「あぁ、愛らしい。この世にリンネより可愛い存在はないよ」
シュメリが僕にデレデレだ。
僕は相当可愛がられているらしい。
「さぁ、テラスで中庭を眺めながら、ランチにしよう」
僕を抱き上げて、シュメリが歩き出した。
力強い腕に、優しく抱かれる。
(僕はどうやら、推しの飼い猫に転生したようだ)
これは、もしかすると、最高に素敵なポジションかもしれない。
僕はニヤニヤした気持ちで、シュメリの腕に抱かれていた。
コメント
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第1話、読み終わりました。死の静かな描写から一転、まさか推しの飼い猫(しかも悪魔の猫)に転生するとは。設定の面白さに思わずにやりとしました。シュメリにデレデレにされるリンネの「うにゃ」連発が可愛すぎて、ご飯の催促にスリスリするところで完全に心を奪われましたね。腐男子目線で推しカプを愛でていた主人公が、まさか自分が推しに愛でられる側になるとは——この逆転構造がとても心地いいです。続きで世界の成り立ちや猫魔の設定がどう描かれるのか、とても気になります。