テラーノベル
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全員が応接室に入室しソファに腰掛けると、ソフィアはしばらく待つようにとだけ言って部屋を離れた。
十畳ほどの広さの部屋。背の低いテーブルを挟むように横長のソファが置かれている。
そこに出来るだけ偉そうにふんぞり返っている俺と、あまり目を合わせず申し訳なさそうに座る二人の男。
戻ってきたソフィアが連れてきたのはミアだ。
仕事に関わる話であれば担当は必要だろうと気を利かせ呼んだのだろうが、ファインプレーである。
ソフィアは俺の座っているソファの後ろに立ち、ミアは俺の横にちょこんと座る。
そんなミアを見て、二人は唖然としていた。胸のあたりを凝視しているのは、ミアの膨らみかけの小さな胸に興味があるわけではなく、光り輝くゴールドプレートの所為だろう。
常識的に考えて若すぎるのだ。
「貴様! ミアの胸を見ているな! セクハラだぞ!!」
それを聞いてミアは自分の胸の辺りを手で覆い隠し、商人達は慌てて弁解する。
「い……いえ……違います! 決してそのようなことは……。わたくし共はその……プレートが気になってしまって……」
「ご……誤解を招きかねない行為……。誠に申し訳ございません……」
勿論わかっている。こちらが言いがかりをつけているだけ。
しかし、話し合いの主導権を握る為にも必要なことだ。
後ろからは、声に出さぬよう必死に笑いを堪えている気配が伝わってくる。
「ふん、まぁいい。始めよう」
「あっ……。わたくしカーゴ商会で商人をやらせていただいております。モーガンと申します」
「自分はキャラバンのリーダーを務めている、冒険者のタイラーだ」
「九条だ」
「お兄ちゃんの担当のミアです」
「お兄ちゃん……?」
「ああ、気にしないでくれ」
身を乗り出し握手を交わす。第一印象は重要だ。それが今後の全てを左右すると言っても過言ではない。
しかし、いきなりセクハラを疑われては、二人にとって痛手であろう。
俺に対する第一印象は最悪。相手がそれをどうやって巻き返して来るのか見ものである。
「それで? 要件と言うのは?」
「貴殿が所有している西の炭鉱への入場許可を頂きたく参った次第でして……」
「理由は?」
「只今わたくし共はキャラバンとして活動しておりまして、ウルフ狩りの最中なのですが、そのウルフ達が貴殿所有の炭鉱を住処にしているようなのです。ですので入場許可を頂ければ、わたくし共が炭鉱に蔓延ったウルフ共を狩り、貴殿の代わりにお掃除をと……」
「必要ない。そもそもこの村ではウルフの狩りは禁止されている。お引き取り願おう」
「ええ、存じております。ですがわたくし共は村に住んでいるわけではないので……」
「わかっている。無理に村のルールを押し付けたりはしない。だが、入場は許可できない。こちらにもそれ相応の理由がある。諦めろ」
モーガンは渋い顔をしつつもため息をつくと、その表情が一変した。
「……はぁ……。まぁこうなる事はわかっていました……。単刀直入にお伺いいたします。対価はおいくらになりますか?」
モーガンは、全てを見透かしているとでも言いたげにほくそ笑んだ。
入場するのにカネを払えば問題ないだろうと……。カネは全てを解決する。そう思っているのだろう。
「カネの問題じゃない!!」
ワザと声を荒げ、盛大にテーブルを叩く。
その勢いに、モーガンの顔は青ざめ、その態度を急変させた。
「も、申し訳ございません。出過ぎた真似を……」
「……仕方ない、なぜ入場を拒むのか教えてやろう。貴公はこの村の伝承を知っているか?」
「いえ、存じ上げておりませんが……」
「そうか。ミア、話してやれ」
ミアは無言で頷き、この村に伝わる伝承を語った。
グラハムとアルフレッドを追い返す為に作った村の守り神様の話だ。
「——はぁ。……それが何か?」
「その魔物が長い時を経て復活したんだ。プラチナプレートの俺でさえ手を焼いている魔物。故に入場許可は出せない。お前達の命を心配して言っているんだ。死にたきゃ勝手にすればいい。その代わり責任は取らないからな」
こんな突拍子もない話を信用するとは思えないが、プラチナプレート冒険者がそう言っているのだ。半信半疑になるくらいでよかったのだが、相手は顔面蒼白である。
「ちょ、ちょっと失礼します」
冒険者のタイラーがそう言うと、ひそひそとモーガンに耳打ちする。
それは聞こえないようにというより、俺の機嫌を損ねない為のものだろう。
「残念ながらシャーリーの言っていることは間違いないでしょう。ここは諦めた方が……」
「うむ、命あっての物種だ。仕方あるまい……」
モーガンとタイラーは俺に向き直ると、深々と頭を下げた。
「失礼しました九条殿。我々の身を案じて下さっていたとは痛み入ります。我々ではどうしようもない相手のようだ。炭鉱は諦め別の目標を探すとします」
プラチナプレート冒険者というだけで、こんなにも聞き分けが良くなるのかと驚くほどだが、後はキャラバンが引き返すのを待っていれば問題解決だろう。
ひとまずは安堵し、ようやく肩の荷が下りたと立ち上がろうとしたその時。耳を疑うような報告が脳内に響き渡った。
(マスター、侵入者です……)
「なんだと!?」
大人げなく声を張り上げる。
十四人の侵入者。それが百八番からの報告だった。
ミアとソフィアは驚きのあまり俺の顔を見上げ、モーガンとタイラーは何か失礼なことをしただろうかと疑うように狼狽える。
「お前たちの仲間は何人だ! 十四人か!?」
強い口調に気圧される二人。
話の脈絡がまるでないが、返答は的確で申し分ない。
「わ、私を含めれば二十一人です。私とタイラーはここにいますから、それ以外ですと馬車の見張りで五人、残りの十四人は炭鉱の前で待機しているはずですが……」
「そいつらだ……」
「は?」
「その十四人が炭鉱内に侵入した」
百八番から報告が来たということは、炭鉱はすでに抜け、ダンジョン内にまで侵入されているということだ。状況は一刻を争う。
「まさか!? 許可が下りるまで入るなと伝えたはずだ!」
モーガンもタイラーも困惑気味。嘘ではないのだろう。無断で入るなら、そもそも許可なぞ取りにはこないはず。
現場の独断といったところか。
「それは本当なのですか!? 何かの間違いでは?」
モーガンは必死だ。プラチナプレート冒険者の信用を著しく損なう行為は、自分のみならず商会の評判をも落とす行為。そう捉えても不思議ではない。
「……俺を疑うのか?」
「いえ、そういうわけでは……」
「まぁいい。行ってみればわかることだ。さっさと行くぞ。仲間がどうなってもいいのか!?」
口ではあくまで冒険者たちを案じているかのように取り繕ったが、胸の内で本当に気掛かりなのは、むしろ獣たちの方だ。
炭鉱の複雑な迷路を迷いなく踏破できるほどの手練が紛れ込んでいる――その事実が、白狐やウルフたちに迫る危機を想像させる。
胸の奥がざわつき、落ち着かない焦燥だけが静かに膨らんでいった。
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