テラーノベル
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数時間前――――
「二班は東へ回れ! 三班は西、俺達は正面から追い込みをかける。四班はサポートだ! 二班をカバーしろ!」
日の光も遮られ日中でも薄暗い森の中、キャラバンのリーダーを任されたタイラーが、各冒険者に指示を出す。
追っているのは野ウサギを咥えた三匹のウルフ。
恐らく食事中だったのだろうが、キャラバンに見つかってしまったのが運の尽きだ。
「二班! おせぇ! 抜けられちまうぞ!」
獲物に気付かれれば後は速さの勝負。
森の中を走りながら包囲網を突破されないよう、ウルフ達に聞こえているのも気にせず怒号を響かせる。
「よし、いいぞ……。あとは追い込むだけだ!」
全員が狩猟適性を持つ冒険者だけなことはある。彼らは森に溶け込むように散開し、半円状の見事な包囲網を築き上げていた。
その動きは無駄がなく、呼吸を合わせたかのように静かで正確。まさに熟練の狩人たちが織り成す連携と言える。
そんな完璧な包囲網にできた僅かな隙は、意図的に設けられた逃げ道。追い詰められた獲物は、最後の望みに縋ってその狭間へ飛び込んでくる。
その先には箱罠が仕掛けられ、獲物の毛皮を傷つけずに仕留めることが可能となるのだ。
ここまで段取りが整えば、狩りはすでに成功したも同然――なのだが……。
(……そろそろ罠の方に逃げ出してもいいはずだが……遅いな……)
包囲している先は切り立った岩山の絶壁。ウルフ達が登れるような逃げ道はないはず。
それでも徐々に包囲網を狭めていくと、そこに姿を現したのは崩れかけの洞窟。その中から延びる錆び付いた二本のレールは、廃坑を暗に示していた。
「炭鉱跡か……」
「タイラー、どうする? ここがねぐらみたいだぞ?」
タイラーの下に各班のリーダー達が集まってくる。
班のリーダーはシルバープレート冒険者。三名で構成された班が五つ。罠担当の六班だけが五人の計二十名のキャラバンだ。
「トラッキングは?」
「間違いない。相当深いが、かなりの数の反応がある。五十匹以上いるぞ」
トラッキングスキルとは、狩猟適性を持つ者だけが会得できる“索敵の技”である。
使い手の周囲へと静かに波紋のような感覚が放たれ、潜水艦のソナーのごとく反響して戻ってくる。その広がり方や精度、どれほど細かな反応を拾えるかは、使い手の力量に大きく左右される。
本来は獣や魔物を察知するための技能だが、熟練者ともなれば、その“音”はさらに多彩な反応を伝えてくる。探知できる対象が増えるだけでなく、その強さや気配の質までも、おおよそ見極められるのだ。
「おい、ここはギルドの管轄か? 誰か知ってる奴は?」
「タイラー……」
「お? シャーリー、何か知ってるのか?」
シャーリーと呼ばれた女性の冒険者は、三班のリーダーを任されていた。
髪はショートで腰には一本の短剣。軽装で短弓を得意とするシルバープレートの冒険者。|狩人《レンジャー》としての腕は一流だ。
ベルモントではゴールドに一番近いシルバーと言われるほど評価されている。
「ここはヤバイ……。引き返そう」
シャーリーはこの場所を知っていた。過去にギルドの調査で訪れたことがあったからだ。
先にあるダンジョンで破壊神グレゴールとの死闘を繰り広げ、そして敗走した炭鉱跡地……。
(いや、ヤバイなんて生易しいもんじゃない。ネストは奇跡的に助かったけど、あの場にいた誰もが何時死んでもおかしくない状況だった……)
あの時の悪夢を思い出すだけで、震えが止まらない。
今のメンバーはブロンズとシルバーの混成だ。勝つどころか逃げることすら難しいだろう。
「おいおい。ビビり過ぎだろシャーリー……。何があるってんだ?」
「皆さん? こんな所に集まってどうしたんですか?」
後から追いついてきた罠担当の六班と、キャラバンの主である商人のモーガンが木の影から顔を出す。
「モーガンさん。実はここがウルフ共の住処みたいなんですが……」
「モーガンさん、ここにはヤバイ魔族がいるんだ。ここのウルフは諦めて引き返しましょう」
人の話を遮り割って入ろうとするシャーリーに気を悪くしたタイラーは声を荒げる。
「おいシャーリー。まだ確定じゃないだろ? 中にはウルフが五十匹以上いるんだ。出口の無い炭鉱なんて一網打尽にできる絶好の機会じゃないか。お前のトラッキングは魔族も感知出来るんだろ? 今はいるのか?」
「いや……見えないけど……」
シャーリーのトラッキングスキルは精度がずば抜けて高い。それは魔族をも見分けられるほどだ。
しかし、それは性能に特化しているからであり、その分索敵範囲を犠牲にしているのである。
現に今、シャーリーのスキルでは炭鉱の奥にいるであろうウルフすら感知していなかった。
「はいはい。喧嘩は止めて下さいね。ウチのキャラバンはアットホームが売りなんですから」
手を叩くモーガンに視線が集まる。
冒険者同士の口論なぞ日常茶飯事。幾度となくキャラバンを指揮してきたモーガンにとっては些事である。
「で、この炭鉱の所有者はギルドですか?」
「いや、違う」
声を上げたのは六班のリーダー。
「確か、今は近くの村に住むプラチナプレート持ちが所有者だったはずだ。ちょっと前にギルドでダンジョンマップを見ていたら、ギルド所有じゃないダンジョンが登録されているのを見て、不思議に思ったから覚えている」
「なるほど。ここから一番近い村と言うと……」
「コット村です」
「ありがとうございますシャーリー。……ではここでチームを三つに分けましょう。私とリーダーであるタイラーは村で交渉。六班は街道に止めてある馬車の見張りを。それ以外はここで待機ということで」
「「了解!」」
「勿論ウルフが出て来るようでしたら討伐をお願いしますね? ……それと、炭鉱の所有者の名前はわかりませんか?」
「すいません。プラチナプレートということしか……」
「そうですか、わかりました。では待機組のリーダーは二班のアレンさんにお願いしても?」
「任せてください」
リーダーを任されたアレンもシルバープレートの冒険者。二十代前半の男性で髪は長髪。といっても肩に掛かるかどうかといったところ。
同じレンジャーとしてシャーリーをライバル視していて、一応それだけの実力はあるのだが、シャーリーからの認識としては、結婚記念日に妻からプレゼントされた銀の弓を自慢してくるうざい奴……程度でしかなかった。
――――――――――
モーガンが、タイラーと六班を連れて炭鉱前を離れてから三十分ほど。
待機を命じられた冒険者達は警戒しつつも周囲の見張りを続け、特に変わったことも起きずに時間だけが過ぎて行った。
さすがに暇すぎた。各々が集中を切らし私語を始める中、シャーリーだけは張り詰めた糸のように警戒を続けていたのだ。
「なぁシャーリー。お前はこの中に入った事あんだろ? どーなってるか教えてくれよ」
アレンは愛用の銀の弓を磨きながら、シャーリーの隣に腰を下ろす。
「……炭鉱は落盤が激しくて天然の迷路みたいになってる。そこを抜けるとダンジョンと繋がってるの。ダンジョンは確認した限り地下八層だけど、それ以上先は知らない」
「魔族がいるかもしれないって言ってたけど、その時は調査依頼だったんだろ? でも今はプラチナプレートが管理してるってことは、魔族はそいつに倒されたんじゃねーのか?」
「どうだろう……。ここからじゃ見えないから、なんとも言えない……」
可能性としてはゼロではない。ギルドが何らかの対処をしていることも十分考えられる。
通常、危険であれば入場禁止ダンジョンとして封鎖されるのだが、そうはなっておらず、ギルドのダンジョンマップにも掲載されている。
それは許可さえあれば入場しても良いということに他ならない。
「暇だし、ちょっとだけ中に入ってみようぜ?」
「待って! 確かに魔族はいないかもしれないけど許可は必要でしょ? あんたプラチナの冒険者を敵に回したいの?」
「大丈夫だって。どうせモーガンさんのことだからカネでも積んで許可をもらって来るに決まってる。そもそも許可を取りに行ったんだから入る気はあるってことだ。それよりさっさとウルフを狩って仕事を終わらせた方が有意義だろ? なぁみんな!」
「「おぉッ!」」
アレンの呼びかけに呼応する冒険者達。
モーガンが帰ってくる前にウルフを捕獲出来ていれば、出来高払いが上乗せされるかもしれないという期待が彼等を後押ししていた。
「許可がとれればそれでよし。取れなかったら洞窟から出て来たところを狩ったことにすればいい」
しかし、シャーリーの表情は曇ったまま。
「大丈夫だって。最下層までは行かないようにするから。魔族が最下層にいるならウルフ達はその手前にいるはずだ。そうだろ?」
アレンの言うことは的を射ていた。だからこそシャーリーの気持ちも揺らぐ。
ここでウルフを狩れれば残りの日程は全てフリーになる。確かにそれは魅力的。
「俺もさっさと仕事を終わらせて家族サービスでもしてやらんと、またカミさんにどやされちまうよ」
アレンの冗談にどっと沸く冒険者達。緊張の糸が解け、一気に場が和んだ。
その空気感は、まるでシャーリーだけが蚊帳の外。その決意が緩んでしまうのも必然と言えた。
「トラッキングには何が見える?」
「俺のにはウルフ達だけだな。それ以外の魔物の類は見えない」
「……わかった。最下層には降りない条件でよければ……」
「よし決まったぁ! 行くぞみんな!」
「「おお!!」」
放っておいても突入するという雰囲気だった。
炭鉱は巨大な迷路だ。何の準備もなしに足を踏み入れれば、迷子になるのは明白。
それなら道を知っているシャーリーが案内した方が安全である。
(危険だと思ったらすぐに引き返せばいい……)
アレン達は威勢よく雄たけびを上げると、シャーリーを先頭に炭鉱の中へと入って行った。
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