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「社長、浮かない顔ですね」
翌朝、木南青葉は最近、派遣秘書としてやってきた鞠宮来斗に、社長室で、そう声をかけられた。
鞠宮来斗は、まだ新人といっていいくらいの年だが。
なかなかのやり手だと派遣会社からのお墨付きももらっている、すらっとした爽やかなイケメンだ。
「それが、実は昨日の夕方、車で事故を起こしてしまってな」
「なんか今、事故多いですね。
今の季節の夕暮れどき、視界が悪いんですかね?」
と来斗は言う。
「保険会社には、ちゃんと顔を合わせて謝罪してるんだから。
もうあとはこちらでやるので、関わらないほうがいいと言われたんだが。
ちょっと気になっててな」
「相手の方がお怒りなんですか?」
「いや、別に怒ってはなかったが。
真っ青になってたな。
それでちょっと申し訳ない感じがして」
「相手側も車だったんですか?」
「いや、車同士の事故じゃなくて。
俺が車で道に飛び込んだとき、庭先を壊してしまったんだ」
青葉にとっては、店の前庭を壊した、という認識だったので、そういう言い方をしたが。
来斗は、あかりから植え込みがくじゃぐしゃになった、という聞き方をしていたので。
来斗は二人が同じ事故について語っているとは気づかなかった。
「そうなんですか」
「最初は人や家にぶつからなくてよかったとホッとしたんだが。
出てきた女性の真っ青になり具合を見て、これはまずいことをしたなと思って」
「相手の方は女性なんですか?
庭を大事にされてるおばあさんとか?」
「いや、若い女性だ。
それで――」
と言いかけたとき、別の女性秘書がやってきて、書類を置いていった。
「ああ、忙しいのに引き止めて悪かったな」
と青葉が言うと、来斗は笑って言う。
「それはこちらのセリフですよ、社長。
相手の方、若い女性なんですね。
じゃあ、社長くらいの男振りだったら、ちょっとは許してくれるんじゃないですか?」
「いや……まったくそんなことはなかった」
青葉にとっては、店の前庭を壊した、という認識だったので、そういう言い方をしたが。
来斗は、あかりから植え込みがくじゃぐしゃになった、という聞き方をしていたので。
来斗は二人が同じ事故について語っているとは気づかなかった。
そこで、今度は秘書室長の|竜崎《りゅうざき》が入ってきた。
アクが強いが、整った顔をしたこの男は、先日、定年した秘書室長の後を継いで秘書室長になったのだが、まだ若く。
かなりのやり手ではあるが、押しも強くて、ちょっと扱いづらい感じの男だった。
だが、その能力は高く買っている。
「社長、先ほど、お伝えしましたスケジュールの変更、反映しておきました。
送られてきた詳細も添付しておきましたので、ご確認ください」
と竜崎はノートパソコンの方を見ながら言う。
ああ、ありがとう、と言おうとしたとき、竜崎が、
「逆に社長がその女性に興味がおありだとかってことはないですかね?」
と連絡事項の延長線上のような感じで言ってくる。
いや、いつ、何処から聞いていた……と思いながら、青葉は、
「いや、ない」
と言う。
「じゃ、好みだったとか」
「まったく好みでない。
世間一般的にはかなりの美人かもしれないが、俺の好みではない」
そうなのですか、と言った竜崎は少し考え、
「では、社長の代わりに、私が事後処理に伺いましょう」
と言い出す。
かなりの美人だと言ったからだろう。
「伺わなくていい……」
お前ら全員仕事しろ、と青葉は言った。