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第一章:出会いの音
葵「この席、いいですか?」
店主・誠「ああ、どうぞ。今日は静かだし、ゆっくりできると思うよ」
葵「ありがとう……静かなの、好きなんです」
誠「ここに来る人はみんなそう言うよ。にぎやかな場所に疲れた人が多いからね」
葵「……この店、なんだか懐かしい匂いがする」
誠「古い木のせいかも。もう30年になるからな、このカウンターも椅子も」
葵「……30年か。私、今25なんです。生まれる前からこの場所はあったんだ」
誠「あんたが生まれるより前から、誰かがここでコーヒー飲んでたわけだ」
葵「ねえ、マスター。あなたは、どうしてこの店を続けてるの?」
誠「……それを話すには、コーヒー一杯じゃ足りないかもな」
第二章:過去に手を伸ばす
葵「私ね、ピアノやってたの。ずっと小さい頃から」
誠「だった、ってことは……やめたんだな」
葵「うん。ある日、音が出なくなったの。鍵盤は動くのに、心に響かなくなった」
誠「……それは、きっと、音じゃなくて“気持ち”が出なくなったんだな」
葵「……マスターも、昔、何かやってたの?」
誠「音楽だった。ギターだよ。もう20年以上、触ってない」
葵「どうしてやめたの?」
誠「仲間を一人、事故で失くした。そいつがいない音楽なんて、やる気がしなかった」
葵「……わかる気がする。私も、大事な人がいなくなったの」
誠「……だったら、この店に通ってみな。何もしないで座ってるだけで、少しは心が動くかもしれない」
第三章:少しの変化
葵「マスター、あの棚のギター、弾いてもいい?」
誠「……あれは飾りだ。音、出るかわからんぞ?」
葵「音じゃなくて、気持ちを確かめたいだけだから」
誠「……好きにしな」
葵「……(ぽろん)……ふふ、すごく下手。でも……なんか、あったかい」
誠「その音で、誰かが救われるかもしれん。たとえば、俺とか」
葵「……マスター、泣いてるの?」
誠「……泣いてねぇよ。目にコーヒーが入っただけだ」
葵「ふふ、うそつき。……ねぇ、また来てもいい?」
誠「当たり前だろ。もうお前はこの店の音だ」
第四章:風の中の音楽
誠「客が多くなってきたな、最近」
葵「ギターがあるって聞いて、弾かせてほしいって人が来たみたい」
誠「まったく、お前がきっかけか」
葵「……マスター、また一緒に演奏しない?」
誠「……それは……」
葵「私は、もう一度音を信じてみたい。あなたとなら、できるかもしれないから」
誠「……じゃあ、夜に練習しよう。閉店後、誰もいないこの店で」
葵「うん。ピアノはないけど、私、歌うから」
誠「歌か……それなら俺も、本気で弾かなきゃな」
最終章:音が戻る場所
誠「今日で一年だな、お前が初めて来てから」
葵「……なんだか信じられない。あのときは、音なんてもう一生いらないって思ってたのに」
誠「それが今じゃ、俺よりもこの店に溶け込んでる」
葵「マスター。ありがとう。……この店が、私を救ってくれた」
誠「救ったんじゃない。お前が、音を手放さなかっただけだ」
葵「……最後に、歌ってもいい?」
誠「もちろん。俺も、ギターを合わせるよ」
葵「じゃあ……始めるね。私たちの“再生”の音を」
誠「――ああ、聴かせてくれ。ここが、音が戻る場所だから」
[完]