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シルバは寮のすぐ裏の小高い丘を、披露の場所に決定した。
一分ほどで登り切り、シルバたちは足を止めた。あたりはほぼ真っ暗で、強い風がざわざわと草原を揺らしている。眼下に目を遣ると、四方に点在する家々から微かな灯りが漏れてきていた。
「そんじゃあ、リィファちゃん。お願いします!」ジュリアが、さっぱりとした口振りでリィファに話し掛けた。
リィファはゆっくりと二人から離れて、力感のない直立姿勢を取った。
「では、行きます。八卦散手掌」
張り詰めた風に宣言して、肘を曲げた両手を、高さを揃えずに体の前に据えた。掌はシルバとの戦闘時と同じ、手刀を軽く丸めた形だ。
探るような足取りで円形の軌道上を歩き始めた。半周したところで右、左。鋭く手を突き出す。
かくりと方向転換。右手が上、左手が下の縦の構えを取った。左手を外に払い、同時に左足で蹴りを入れる。
シルバたちが息を呑む中、リィファは演武を続けた。静かな迫力が身体を纏っており、手や足が出されるたびに、しゅんっと空気を切る音がしていた。
リィファの所作には緩急があり、手は時折、様々な軌道で、滑らかな螺旋を描いた。
リズミカルで畳み掛けるようなカポエィラとは異なる、質実剛健で巧妙かつ神秘的な動きだった。
斜め上方に右手を突いて、時計回りにするりと身体を回す。数歩、円上を歩いた後に、そっと手足を前に出した。
開始時と同じ体勢で、ぴたりと静止する。
「すごいすごい! しゅばっ! びしばし! って感じで。そんでも、ゆったりにも思えて! んー、悔しい! うまく言えないなぁ! まあ、いいや! とにかくすごい! カッコいいよ、リィファちゃん!」
興奮状態のジュリアは、ぱちぱちと限界速度で一人、拍手を続けている。
構えを解いたリィファは、晴れ晴れとした顔をジュリアに向けた。
「する前は緊張したけど、始めるとすーっと落ち着けて。自然に身体が動かせた気がして楽しかった。見てくれてどうもありがとう」
少し昂ぶった台詞の後に、リィファはおしとやかに両手を前に組み深々と礼をした。
「八卦散手掌。つまり、さっきの格闘技の名前は、八卦掌か。相当に練習しないとできない演武だよな。どこで身に付けたかも覚えてないのか?」
感嘆するシルバは、まだ頭を下げているリィファに柔らかく訊いた。
身体を起こしたリィファは、沈んだ面持ちだった。
「技の知識と立ち回りだけがなぜか頭にあります。それ以外は、何も……。八卦掌が、どう生まれてどう伝わってきたかも、全くわからないんです」
リィファが静かに嘆くと、沈黙が訪れた。やがて「そうだ!」と、ジュリアがぱんっと両手を合わせた。
「再来週に、十二歳以下しか出られない少年少女武闘会があるじゃんか! あたしも出るんだけど、リィファちゃんも出場しなよ! ばんばん勝ち抜いていっぱい試合をしてけば、ぜーったい、八卦掌を知ってる人が出てくるよ!」
ジュリアは活発に捲し立てた。リィファに近づき、ぎゅっと両手で両手を握る。
「それと優勝して、堂々と話せばいーよ! 『地球から来たリィファです。今度アストーリ校に入ります! 皆さん、これからよろしくお願いしまーす』ってさ!
みんな、『おおっ! それ見たことか! あの子、超かっこかわいいじゃん!』ってなって、最高のアストーリ・デビューになるよ! あたしたちも、ばっちりお助けしちゃうから! ね? そうしよ!」
ぶんぶんと上下に両手を振り回しながら、ジュリアは喚いた。
リィファの瞳は、ジュリアに劣らない煌きを帯び始める。
「武闘会があるんだ! わたし、出たい! えへへ、ジュリアちゃん冴えてる! ナイスアイデア!」
リィファの声は高く、芯が通っていた。手を掴んだまま、ジュリアはシルバに向き直った。
「センセー! ここは、センセーのセンセー・パワーの発揮しどこだよね! リィファちゃんも鍛えたげてよ! 教え子二人が、鮮やかにワンツー・フィニッシュ! 教師ミョーリ(冥利)に尽きまくっちゃうでしょ!」
二人から熱い視線が飛んできた。一呼吸を置いて、シルバは重々しく話し始める。
「わかった。二人とも、訓練してやる。けど馴れ合いはなしだ。一回でも手を抜いたら、即刻、練習は取り止める。肝に命じとけ」
言葉を終えないうちに、ジュリアは「やった!」と、飛び跳ね始めた。
(俺の思惑の外で、事態がどんどん展開してくな。まあ良い機会だ。こいつらの成長にも繋がりそうだし、悪い流れじゃねえ。本気で教えてみるか)
静かに決意をするシルバの視線の先では、ジュリアに引き摺られたリィファの身体が上下していた。
整った両目は、嬉しそうに見開かれていた。