テラーノベル
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深夜の首都高速都心環状線。
オレンジ色の街灯が流れる、無機質なトンネルの中を、異様な車列が疾走していた。
先導する覆面パトカーが二台。
中央に、窓を完全にブラックフィルムで覆った、黒塗りのワンボックスカー。
そして殿(しんがり)にも、二台の警護車両。
一般車両を強引に排除し、法定速度を無視して突き進むその隊列は、まさに国家権力の具現化だった。
ワンボックスカーの後部座席。
工藤創一は、両脇を屈強な捜査官に挟まれ、小さくなっていた。
手錠はされていない。目隠しもされていない。
だが車内の空気は、真空のように張り詰め、呼吸をするのも躊躇われるほどの重圧に支配されている。
(……SPドラマとかで見るやつだ、これ)
創一は、膝の上で組んだ自分の手を、ぼんやりと見つめながら、場違いな感想を抱いていた。
隣の捜査官は石像のように、ピクリとも動かない。スーツの下には、ホルスターの膨らみが見える。
脳内では、相棒のAI・イヴが、冷静なナビゲーションを続けている。
『現在地、千代田区霞が関周辺。C1から都心環状線を離脱。……ルート照合完了。行き先は警察庁本部ではありません』
(え、違うの?)
『はい。この進行方向は、市ヶ谷方面の非公開施設——通称「別館(アネックス)」と呼ばれる、公安調査庁と警察庁が共同管理する地下シェルターへ向かっています』
創一は、生唾を飲み込んだ。
警察署の取調室でカツ丼、というレベルではないらしい。
完全に「国家の敵」あるいは「極秘重要参考人」としての扱いだ。
車列が減速し、とある雑居ビルの地下駐車場へと滑り込んだ。
シャッターが重々しい音を立てて閉まり、外界との繋がりが絶たれる。
「降りろ」
短い命令。
スライドドアが開くと、そこには消毒液とオイルの匂いが混じった、冷たい空気が待ち受けていた。
駐車場には、防護服(PPE)を着込んだ鑑識官たちと、アサルトライフルを下げたSAT隊員が待機している。
「……うわぁ」
創一が地面に降り立つと、一斉に鋭い視線が突き刺さった。
彼はヨレヨレのスウェット上下にサンダル、というコンビニに行くような格好だ。
そのあまりの無防備さと現場の厳戒態勢とのギャップが、逆に捜査員たちの警戒心を煽っているようだった。
「これより身体検査を行う。……工藤創一。危険物は所持していないな?」
指揮官らしき男が歩み寄ってくる。
創一は素直に両手を挙げた。
「ええ。ポケットには、スマホと財布、あと家の鍵くらいです」
「確認しろ」
男の合図で、数名の係官が創一を取り囲んだ。
手際よく上着を脱がされ、ポケットの中身を全てトレイに出される。
そしてハンディタイプの金属探知機が、全身にかざされた。
ピーッ。ピーッ。
ベルトのバックルや小銭には反応する。それは想定内だ。
だが探知機が、創一の「右手」にかざされた瞬間だった。
ビーーーーーーーッ!!
けたたましい警告音が、地下駐車場に響き渡った。
「ッ! 右手に反応あり!」
「動くな!」
SAT隊員たちが一斉に銃口を向ける。
創一は慌てて手を振ろうとしたが、抑え込まれて動けない。
「ち、違います! 何も持ってません!」
「黙れ! ……鑑識、確認しろ。袖の中に隠しているのか?」
防護服の鑑識官が、恐る恐る創一の右手を掴み、袖をまくり上げた。
しかしそこには何もない。
ただ手の甲の皮膚の下に、うっすらと幾何学的な「紋様」のような隆起が見えるだけだ。
「……指揮官。これを見てください」
「なんだ? 刺青か?」
「いえ……皮下埋没物(インプラント)です。金属反応は、ここから出ています」
鑑識官がペンライトで、創一の手の甲を照らす。
皮膚の下で青白い光が脈動しているのが、透けて見えた。
それは心拍に合わせて明滅し、血管と融合しているようにも見える。
「……なんだこれは。爆弾か? 発信機か?」
「分かりません。ですが、摘出には外科手術が必要です」
#AI利用
#チート
指揮官は舌打ちをし、創一を睨みつけた。
「貴様、これはなんだ」
「……仕事道具です。あの、無理に取ろうとしないでくださいね? 神経と繋がってるんで、ヘタすると俺が死にます」
創一は嘘をついた。実際には死なないかもしれないが、イヴとの接続が切れるのは困る。
指揮官は数秒間迷った末、無線機に向かって低い声で告げた。
「……切開は後回しだ。とりあえず『確保』を優先する」
そして狙撃手に指示を飛ばす。
「対象が不審な動きを見せたら、右手を無力化(ニュートラライズ)しろ。
……ただし殺すなよ。あくまで『機能停止』だ。脳はやるな」
「了解」
とりあえず頭を吹き飛ばされずに済んだようだ。
創一は内心で、冷や汗を拭った。
「検査続行。……他にはないな?」
「服のポケットには、もう何もありません」
創一は強調するように言った。
「でも、『あっちのポケット』には、まだ色々入ってますけど……出しておいた方がいいですか?」
「あっちのポケット? どういう意味だ。隠しポケットか?」
「うーん、言葉で説明するのは難しいですね。……見てもらった方が早いかな」
創一は拘束されている手を、少しだけ動かした。
「ちょっと動きますよ。撃たないでくださいね」
「何をする気だ」
指揮官が警戒して一歩下がる。
創一は何もない空間——自分の腰のあたりの虚空——に、右手を差し出した。
ズブッ。
奇妙な音がして、創一の手首から先が消失した。
まるで水面に手を突っ込んだかのように、空間に飲み込まれたのだ。
「なっ……!?」
「手、手が消えた!?」
周囲の捜査官たちが息を呑む。
創一は構わず亜空間(インベントリ)の中を探った。
確か、見せても問題なくて、かつインパクトのある重たいものは……。
「よいしょっと」
彼が腕を引き抜くと同時に、その手には巨大な「赤茶色の塊」が握られていた。
ドスンッ!!
重量感のある鈍い音が響き、コンクリートの床に亀裂が走った。
現れたのはバスケットボール大の未精製の銅鉱石。
重さは優に30キロはあるだろう。
「まずは銅鉱石です。テラ・ノヴァ産、純度高めですよ」
「ば、馬鹿な……!? どこから出した!?」
パニックになる捜査官たちを無視して、創一は次々と取り出していく。
もう遠慮はいらない。
ここで「人智を超えた存在」であることを証明した方が、後の交渉がスムーズになる。
ガシャーン!
精錬された鉄板の束。金属同士がぶつかる高い音が響く。
ジャラララッ!
黄色い弾薬箱。中には数百発のライフル弾が詰まっている。
ズドン!
最後に丸太のような木材。
ものの数十秒で、創一の足元には総重量数百キロの資材の山が築かれた。
スウェット姿の男が、どこにこれだけの質量を隠し持っていたというのか。
物理法則が完全に無視されている。
「……以上です。
あ、護身用の銃とか防弾チョッキも入ってますけど、それは出しません。危ないんで」
創一は両手をパンパンと払い、指揮官を見た。
指揮官はマスクの下で、口をあんぐりと開けていた。
SAT隊員たちの銃口も、行き場を失って揺れている。
「ど、ドラえもんか、貴様は……」
「いえ、ただの工場管理者です」
創一は肩をすくめた。
地下駐車場の空気は、緊張から「困惑」と「畏怖」へと変わっていた。
もはや誰も、彼を単なるテロリストとして扱うことはできなかった。
三十分後。
地下二階にある取調室。
壁は防音材で覆われ、中央には金属製の机とパイプ椅子。
天井の四隅には監視カメラが設置され、マジックミラーの向こうからは複数の視線が注がれている。
創一の対面に座っているのは、警察庁警備局長の堂島だ。
彼は先ほどの「亜空間取り出しショー」の映像を確認し、さらに目の前に積まれた鉱石の成分分析結果(地球上の同位体比率と一致しない)を受け取っていた。
その顔色は優れない。
長年公安のトップとして国家の危機に対処してきた彼にとっても、今回の事案はキャパシティを超えていた。
「……工藤創一さんですね」
「はい」
「単刀直入に伺います。貴方は何者ですか?
ナノマシン入りの医療キット。空間収納能力。そして異星の資源と思われる鉱石。
これらは、現代科学の枠組みを逸脱しています」
堂島は机の上で両手を組み、創一の目を真っ直ぐに見据えた。
「貴方は、地球外知的生命体(エイリアン)なのですか?
それとも、未来から来た人間ですか?」
大真面目な顔で聞いてくる堂島に、創一は少し同情した。
こんな質問、彼だってしたくないだろう。
「いいえ。れっきとした日本人です。昭和生まれ、東京育ち。戸籍も住民票もありますよ。マイナンバーカードも持ってます」
「……では、その力はどこから得たのですか」
創一はペットボトルのお茶を一口飲み、淡々と語り始めた。
「副業みたいなものです」
「副業?」
「はい。『異星の開拓』をするアルバイトをしてまして」
堂島の眉がピクリと動いた。
「アルバイト……だと?」
「ええ。ある日、謎の荷物が届いたんです。送り主は『賢者・猫とKAMI』。
中に入っていた、このキューブ——ゲート発生装置を使ったら、向こうの惑星に行けるようになりまして。
『工場を作って資源を開発しろ』というクエスト……業務命令を受けて働いています。
報酬として、今回お渡しした医療キットのレシピや、さっきお見せした収納技術なんかを供与されているわけです」
創一は嘘偽りなく話した。
隠すよりも事実をありのまま話した方が、相手の混乱を誘えると考えたからだ。
「要するに俺は、宇宙規模のウーバーイーツ兼、現地工場長みたいなもんです」
取調室に沈黙が落ちた。
マジックミラーの向こうで、記録係がキーボードを叩く音だけが微かに聞こえる。
堂島は深く息を吐き、こめかみを揉んだ。
「……『賢者・猫とKAMI』とは何者だ?」
「さあ? 会ったことはありません。ただ、我々より遥かに進んだ知的生命体であることは確かでしょう」
「彼らの目的は? 地球への侵略か?」
「今のところ、その兆候はありません。むしろ『銀河の平和のために工場を動かせ』みたいなスタンスですね。
あ、でも工場の公害で、現地の害虫(バイター)は怒ってますけど」
「害虫……」
堂島は頭痛を堪えるような表情を見せた。
信じがたい。
だが否定する材料がない。
ナノマシンも亜空間収納も、現実に起きている現象だ。
それを説明できるロジックは、この男の語る「荒唐無稽な真実」しかない。
堂島は長年の勘で悟っていた。
この男は嘘をついていない。
狂人でもない。
ただ常識の外側に立っているだけだ。
「……話は分かった。仮にそれが真実だとしよう。
だが証拠が足りない。
貴方のその『収納技術』は見た。だが肝心の『異星』の実在証明はどうする?
幻覚を見せられているだけかもしれない。あるいは地球上のどこか未開の地に転移しているだけ、という可能性もある」
堂島の鋭い視線が、創一を射抜く。
彼はまだ最後の最後で疑っている。
国家を守る者として、安易に信じるわけにはいかないのだ。
創一は少し考え込み、そして提案した。
「じゃあ、行ってみますか?」
「……は?」
「百聞は一見に如かずです。ゲートを開けますよ、ここで」
ガタッ!
堂島が椅子を蹴って立ち上がった。
マジックミラーの向こうでも、怒号と動揺が走る気配がした。
マイク越しに、別室の小野寺危機管理監の声が飛び込んでくる。
『堂島! 止めろ! ここでゲートを開かせるな!』
堂島も顔を赤くして怒鳴った。
「貴様、正気か!?
未知の惑星への扉を、東京の地下で開けるだと!?
ウイルスは! 放射能は! 大気組成は!
未知の病原体が流入したら、パンデミックどころの騒ぎじゃないぞ!」
「ああ、大丈夫ですよ。俺、防護服なしで毎日通勤してますけど、ピンピンしてますから」
創一はニカッと笑った。
その無防備さが、逆に政府高官たちを恐怖させた。
「一応、念のために防護服を着ればいいんじゃないですか?
俺も向こうの空気は、お土産にはしたくないですし。
……それに、ここで開けないと、あなた方は一生俺を疑い続けるでしょう?
俺は早く仕事に戻りたいんです。工場が待ってるんで」
堂島は創一を睨みつけたまま、数秒間硬直した。
そして無線機を掴み取った。
「……総監および危機管理監へ具申する」
彼の声は震えていたが、決断の色が宿っていた。
「被疑者の提案を受け入れ、ゲートの展開実験を行う。
場所は地下三階、多目的訓練ホール。
空調を完全閉鎖し、BSL-4(最高度封じ込め)相当の防疫体制を敷く」
『……本気か、堂島』
「彼の能力は本物です。これを確認しなければ、我々は何も手を打てない。
リスクを承知で、踏み込むべきです」
短い沈黙の後、承認のランプが点灯した。
「……準備に入れ。
総員、NBC防護服を装着せよ!
SAT突入班は、実弾装填のまま待機!
空間線量計、ガス検知器を用意しろ!
……これより人類史上初の『異星訪問』を行う!」
地下三階、多目的訓練ホール。
普段はSATの屋内突入訓練に使われる、広大なコンクリート空間が、今は異様な熱気に包まれていた。
黄色い化学防護服に身を包んだ数十名の隊員たちが円形に展開し、中央を包囲している。
手には、アサルトライフル、火炎放射器、そして携帯用の放射線測定器。
上部のキャットウォークには狙撃手が配置され、万が一ゲートから怪物が飛び出してきた場合に備えて、照準を合わせている。
その中心に、スウェット姿の創一と、重厚な防護服を着込んだ堂島が立っていた。
「……手順を確認する」
フルフェイスのマスク越しに、堂島のくぐもった声が響く。
マスクのバイザーが、彼の緊張を表すように微かに曇っている。
「まず、ゲートを展開する。この時点では、誰も近づかない。
次に、無人偵察ドローンとセンサーを投入し、向こう側の環境を測定する。
安全が確認された場合のみ、人員を送り込む。
……いいな?」
「了解です。慎重ですねえ」
「当たり前だ! 人類の存亡がかかっているんだぞ!」
創一は肩をすくめた。
彼にとっては「いつもの通勤路」だが、彼らにとっては「地獄への門」かもしれないのだ。
創一は右手を掲げた。
手の甲に埋め込まれたキューブが、青白く脈動し始める。
「じゃあ、開けますよ。
下がっていてください」
周囲の隊員たちが一斉に身構える。
安全装置を外す音が、静寂の中でカチカチと響いた。
「ゲート・オープン」
創一が空間を指差した。
ブゥンッ……!
低い重低音と共に、大気が悲鳴を上げた。
何もない空間に、漆黒の亀裂が走る。
それは瞬く間に広がり、渦を巻き、高さ三メートルほどの「穴」となった。
人類はまだ知らない。
その穴の向こうに、壮大な宇宙のロマンと、場違いな軽トラが待っていることを。
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