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「いや、好きじゃないよ」
 「さっき抱き合ってたくせに?」
 「それは拓実くんが急に…」
 「でも、嫌がってなかったじゃないですか、瞬さん」
 「それは…」
 そこで言葉が詰まってしまう。すぐに答えなきゃいけないのに。言い訳でもいいから、何か言わないといけないのに。俺は何も言えなかった。
 「…もういいです。俺もう寝ますね。おやすみなさい」
 「あっ、待って…」
 諒真は俺の呼びかけを無視して自分の部屋に入っていった。
あの日から諒真は、俺の前ではあまり笑わなくなった。ご飯を食べる時も、血をくれる時もなんとなく、素っ気ない態度をとっていた。
諒真は多分、拓実くんのことが好きなんだ。俺と拓実くんが初めて会った時も、俺から拓実くんを離していたし、拓実くんといる諒真は、楽しそうだった。そんな楽しい日々を俺が壊したから、諒真は俺に怒っているのだろう。
そんなある日、拓実くんが家を訪ねてきた。俺に用があるようで、諒真は拓実くんを家に入れて、ちょっと出かけてくると家を出た。
リビングで、机を挟んで二人で向かい合う。拓実くんは、座ってすぐに謝ってきた。
 「この間は急にあんなことしてすみません」
 そう言って拓実くんは頭を下げる。
 「ううん。大丈夫」
 「俺ってほんと、最低だと思います。あの日、諒真がいたのに瞬さんに告白して、そりゃあ、諒真も怒りますよね」
 拓実くんはそう言って苦笑いする。
 「あれから諒真、全然口聞いてくれないんです。大事な友達なのに、俺の軽率な行動で諒真のこと傷つけた。それに、瞬さんのことも。俺のせいで、諒真と気まずくなっちゃってますよね」
 「うん…まぁ、素っ気なくなってはいるけど…」
 「やっぱり…」
 「でも、拓実くんのせいじゃないよ。俺があの時、ちゃんと答えてれば良かったのに、止まっちゃってたから」
 「…瞬さん。俺、あの時の答え、ちゃんと聞きたいです。もし、俺に少しでも気があるなら、俺も期待したいんです。でも、俺に全く気がないなら、俺のこと振ってください」
 「うん、わかった」
 俺がそう答えると、拓実くんはすーっと深呼吸をする。
 「瞬さん、俺と付き合ってくれませんか?」
 あの日、拓実くんに告白されて、俺は嬉しかった。でもそれは、俺を好きになってくれたのが嬉しかっただけで、拓実くんだから嬉しかったわけではない。だって、俺の好きな人は諒真だから。
 「ごめんなさい。俺、やっぱり諒真が好きです」
 俺が頭を下げてそう言うと、拓実くんはふふっと笑う。
 「そうですよね。残念だけど、なんかスッキリしました!俺、もう瞬さんには会いません。諒真のこと、あとは頼みましたよ?」
 「うん、任せといて」
 俺がそう言うと、拓実くんはふふっと笑う。
 「瞬さんも諒真にちゃんと気持ち伝えてあげてください。多分、喜びますよ」
 「そうかな」
 「はい。じゃあ俺、帰りますね。お邪魔しました」
 拓実くんはそう言って立ち上がる。俺は拓実くんを玄関まで見送る。拓実くんは、外に出て玄関の扉を閉める前に少し寂しそうな顔で言った。
 「さようなら、瞬さん」
 「さようなら。拓実くん」
 俺がそう言うと、拓実くんはニコッと笑って玄関の扉を閉めた。
それから1時間ほどして、諒真が帰ってきた。リビングに来た諒真は辺りを見回す。
 「拓実は?」
 「もう帰ったよ」
 「そうですか。拓実とはちゃんと話せたんですか?」
 「うん。話せたよ」
 「良かったですね」
 少し気まずい空気が流れ、しばらく沈黙が走ったあと、諒真が去ろうとしたので、俺は慌てて言う。
 「拓実くん、もう俺に会わないって」
 「別に俺に気使ってくれなくても…」
 「違うの。俺は拓実くんのこと、そういう目で見てないから。だから今日断ったの。だから、諒真に気を使った訳じゃないよ」
 「…そうですか。ならいいんですけど」
 そう言ってまた去ろうとする諒真を俺は呼び止める。
 「諒真!」
 「…なんですか?」
 諒真は立ち止まり、振り向く。
 「えっと…」
 (好きって言わなきゃ…)
 ″好き″って言うだけなのに、口が動かない。もうのどの辺まで来ているのに、あとは口に出すだけなのに。
そんな俺の言葉を諒真はそっと待つ。
 「…拓実くんと仲直りしてあげて。諒真が口聞いてくれないって寂しがってたよ」
 「あぁ…そうですか。分かりました。俺も変に苛立ってたんで、ちゃんと仲直りしてきます」
 「うん。頑張って」
 「ありがとうございます」
 言えなかった。だって、諒真が好きなのは、拓実くんだから。これでいいんだ。
次の日、諒真が帰ってきた時、俺は話しかける。
 「諒真、おかえり。拓実くんと仲直り出来た?」
 「はい。大事な友達なのに、ほんと変なことで喧嘩しちゃいました。喧嘩っていうか、俺が一方的に怒ってただけなんですけど」
 そう言って諒真は苦笑いする。
 「良かったね。これからも仲良くしてあげて」
 俺がそう言うと諒真はクスッと笑う。
 「なんですかその、親みたいなセリフ」
 「え、親みたいだったかな、俺」
 「はい。うちの息子と仲良くしてやってよ。みたいな」
 それを聞いて、俺もクスッと笑う。
 「たしかに」
 「でしょ?」
 諒真はそう言いながらニコッと笑う。
 「俺達も、仲直りですね」
 そう言って手を差し出す諒真の手を俺は握る。
 「うん。仲直り」
 2回ほど上下に振ったあと、諒真の手が俺から離れる。
 「あー、お腹すきました。早く瞬さんのご飯食べたいな」
 「もうできてるよ」
 「やった〜!今日は何かな〜…お、ハンバーグ!」
 そう言って諒真はニコニコしている。良かった。諒真が笑顔に戻って。俺の大好きな、諒真の笑顔。この笑顔が見られれば、俺は別に、諒真とどうなりたいとかなんて望んでない。
 (俺も拓実くんみたいに、諦めないと…)
 諦めないといけないのに、俺の心にはずっと諒真がいた。ずっと一緒にいるからなのかもしれない。拓実くんみたいに距離を置けば、諦められるのかもしれない。
そう思ったけど、俺はそれが出来なかった。わがままだから。ずっと一緒にいたいって思ってしまったから。
でも、俺はほんとにこのままでもいいのだろうか。ずっとこのままで。
 「はぁ…」
 「きらくに」の始業準備中の店内に俺のため息が響く。
そんな俺の元へ土岐さんが来る。
 「ちょっと、大丈夫ですか?そんな深いため息なんてついて」
 「あぁ、すみません。でも、大丈夫です。大したことじゃないので」
 「大したこと無かったらそんな深いため息つかないでしょ」
 「あぁ…そうですね…」
 しばらく沈黙が走ったあと、土岐さんはなにか思いついたかのように言う。
 「あ!そうだ、仕事終わり飲みに行きません?」