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次の日、橋本は隙間時間を作り、野木沢の店に向かった。
「あれで一応手加減したって言うんだから、本気で抱かれた日にゃ、俺の躰は壊れちまうかもしれない……」
昨夜の行為のせいで、げんなりしながら痛む腰を擦りつつ、店の扉を開けようとしたら、微笑ましい様子の異性のカップルが出ようとして、タイミング悪く橋本と鉢合わせになった。
「すみません」
慌てて一歩退き、出やすいように対処した橋本に、カップルは一礼して店をあとにした。幸せそうな雰囲気を醸しているカップルを、なんとはなしに目で追っていると。
「橋本……」
客を見送ろうとしたらしい野木沢が、弱々しく声をかけた。
「よっ! 昨日は途中退席して悪かったな」
「もしかして……ペアリング作るの断りにきたのか?」
明るく話しかけた橋本とは相反して、野木沢はらしくないくらいに沈んだ表情だった。
「おまえのデザイン気に入ってるのに、断るわけないだろ」
ジャケットからネクタイピンを出して、わざわざ見えるようにしたのに、野木沢は顔を逸らしてあらぬ方を眺めた。
「……宮本様から、何も聞いてないのか?」
「聞いたさ。野木沢がイケメンで羨ましいだって」
「そうじゃなく――」
「陽さんって昔から面食いなんですねって、呆れながら言われた」
ネクタイピンをもとに戻し、身なりを整えた橋本のセリフを聞いて、目の前で大きなため息をつく。
「宮本様は僕のこと、悪く言わなかったのか?」
「悪く言うもなにも、自己嫌悪に陥ってた。陽さんの隣に俺みたいなのがいていいのか、みたいな」
「…………」
「バカだよな~。人は見た目じゃねぇのにさ」
「あのさ橋本、あの頃に戻れないかな?」
自分の本心を伝えるために、芝居がかった口調で語気を強めた橋本を野木沢は直視し、想いをぶつけた。
「あの頃?」
「僕が困ったときに手を差し伸べてくれた、学生時代のように。橋本の傍にいたいんだ」
「別に構わないけど」
「ホント!?」
断られると思っていただけに、スムーズに願いが叶ったお蔭で、野木沢の沈んでいた気持ちがみるみるうちに浮上する。
「ああ、本当。ほら、これが俺の連絡先」
ジャケットのポケットから名刺を取り出して、お客様に渡すように野木沢に見せた。嬉しさを頬に滲ませながら受け取る様子に、橋本は真顔でぴしゃりと言い放つ。
「ただし友達としてな。それ以上は勘弁してくれ」
「橋本……」
「雅輝と付き合う前までは、ワンナイトラブとか躰だけの関係がへっちゃらだった。片想いしてたせいでそういうコトして、現実から目を逸らしてた」
「宮本様に出逢って、橋本は変わったのか」
「アイツ、俺が片想いしてるの知ってるくせに、告白してきてさ。玉砕覚悟以前の問題だろ、それって。なのに真正面から俺に告ってきた、すげぇヤツなんだ。まんま価値観を変えさせられたって感じ」
橋本は宮本にプレゼントされたネクタイピンに触れながら、切なげに微笑む。そんな様子を目の当たりにして、野木沢はいいようのない表情になった。
「片想いを覆すほどの強い気持ちを、打ち明けられたってわけか……」
「雅輝と深く関わっていくうちに、意外な一面を見せられてさ。アイツだけが持ってる能力に憧れて、人柄の良さをを理解したら、さらに好きになっちまった。一気に恋に落ちた気分だったさ」
ひょいと肩を竦めてから、橋本は野木沢に視線を注ぐ。
「橋本、おまえ……」
その視線からほとばしるような熱情を感じたせいで、野木沢はひゅっと息を飲んだ。
「アイツ以外ほしくない。アイツじゃないと俺はもう駄目なくらい、とことん惚れ込んでる。だから野木沢、おまえの想いには答えられない」
注がれる視線から逃れるために、首を垂れたのを確認したので、橋本は店を仰ぎ見た。有名ブランド店が軒を連ねるというのに、そんな中にあっても見劣りしない野木沢の店をすごいなと思いながら、しげしげと眺めた。
「橋本と宮本様を見て、わかってたのにな。もう昔には戻れないって」
「わかってたのに、わざわざ雅輝に絡むなんて。バカだよ野木沢」
「だって好きだった橋本に再会したせいで、ぶわっと再燃しちゃったからね。あの頃の気持ちが」
あーあと言いながら店のドアに背を預けた野木沢を、橋本は無言のまま見つめる。
「橋本ってば昔よりもさらに格好良くなってるし、惹かれずにはいられなかったんだって。どうしても欲しくなっちゃったんだ。だからあのときと同じように、迫ろうってなってね」
「恋人のいる、俺の貞操観念を試そうとしたのかよ。怖いな」
目尻に笑い皺を作って微笑んだ橋本を見て、野木沢も同じような表情を作った。
「学生時代の橋本なら、喜んで飛びついたでしょ?」
「そうだな。だけど時間が経ちすぎた上に、雅輝が相手じゃ分が悪かったわけか」
野木沢は橋本の言葉に、笑いながら額に手を当てる。
「橋本がとことん惚れた相手じゃ、無理なわけだよね」
「ああ……」
「同性婚するから、それの証しにペアリングを作ろうと思ったんだ?」
「そのつもりさ。だから野木沢の店に来てるんだけど。作ってくれないのか?」
即答したセリフを聞いた途端に、力なくその場にしゃがみ込む野木沢を見て、橋本はカラカラ笑い声を立てた。
「野木沢、わかりやすいリアクション、サンキューな」
「ノックダウンさせられたよ、参った……。それで、どんなデザインをご所望ですか、お客様」
野木沢はよいしょと呟きながら、やっと立ち上がった。橋本に見せる顔には、すでに悲壮感が漂っておらず、一番最初に店で見た商売人としての表情がそこにあった。その切り替えの早さに、すごいなと思わずにはいられない。
「野木沢、おまえ――」
「どんなものにするか、早く言ってほしいんだけど。好きだった男のペアリングを作る、僕の気持ちを考えてくれよ」
腰に手を当てて自分を見上げる野木沢の迫力は、橋本がたじろいでしまうものだった。
「わ、悪い。えっと雅輝と出逢ったきっかけが車関連だったから、それをモチーフにしてほしいなと思って」
「了解。すっごいものを考えて、橋本からお金をふんだくってやるよ。デザインができたら宮本様に連絡する。楽しみに待ってて」
あからさますぎる笑顔を振りまいたと思ったら、さっさと店の中に消える。
「ありがと、野木沢。楽しみに待ってる」
橋本はあえて追いかけず、扉に向かって囁いたのだった。