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忍城を出た軍勢は、川越城まで迫ってきていた。
ここは以前、山内上杉家の憲政や扇谷上杉の朝定が十万の兵で囲みながら、大敗をした城である。
長野業正は川越城を遠くに眺めながら、少し不安そうに口を開いた。
「ここの近くを通るのは、ちと縁起が良くないのではありませんかな、景虎殿……」
長尾景虎は周囲を見渡しながら答える。
「いや、やつらはきっと、ここは逆に通らぬと思っておるはずだ。大負けした場所には流石に寄らないと……逆にそこを突く」
そして景虎は、方円の方へ振り向いた。
「方円殿、そろそろ一旦の別れですな」
方円は静かに頷いた。
「ええ、憲政様。一旦私は失礼いたします」
成田長泰が驚いたように顔を上げる。
「えっ……もうお別れなのですかな?」
長尾景虎が説明する。
「ここで別れ、別方向に回り込むと決めておったのです」
成田長泰は内心で舌打ちする。
(ちっ……こいつと行動したくないと言うに)
上杉憲政はいつものように笑いながら頷いた。
「ほほほ……そうであったの。頼んだぞ、方円」
「はっ。北方面は我らにお任せあれ」
長野業正は成田長泰の様子をちらりと見た。
(いかん……成田殿が……)
そして少し考えてから口を開く。
「方円殿さえ宜しければ、成田殿も一緒に同行させるのはいかがですかな。交代包囲の際、方円殿のところだけ単独寄りになっておりますからな」
方円は成田長泰を見る。
「そうしてもらえると助かりますが……山はかなりきつうございますよ?」
「成田殿の馬が持ってくれるかどうか……」
少し考えてから、方円は続ける。
「では、岩殿城を包囲拠点としますか。交代の時はそこで休むということで……あの一件以来、今は主がおりませんから、あの城には」
成田長泰は頷いた。
「方円殿さえ良ければ、ついていき申す。馬のことは心配しないでくだされ。山の中でも動ける馬ですからな」
そして憲政へ向き直る。
「では、上杉憲政様。ここでお別れでござる。ご武運を」
「ほほほ^^ また会おうぞ、方円殿、成田殿」
長尾景虎はその様子を見ながら、考え込んでいた。
(む……小山田を以前の復讐戦で粛清しておったのか? いや、砥石崩れの時に当主は死んでおったから、その息子がまだ小童だとは聞いておるが……さては接収したな? 水牢教育だけではなかったということか……)
長尾政景が景虎の考えを察したように口を開く。
「小山田殿は砥石崩れで亡くなっておられますからな。まだ城を納めるにふさわしくないと思い、一時預かりをしているのでしょう」
「それと小山田殿の跡継ぎは、水牢教育には入れられていないとは聞いております」
少し間を置いて、政景は続けた。
「跡継ぎに罪はないと、流石にわかっているのでしょうな」
景虎は振り返る。
「……義兄上。まさか越後から追いかけて来たとは。忍城を出る時に出くわしたから、とりあえず一緒についてきて良いとは言いましたが……越後を任せたはずですよ」
政景は苦笑する。
「いえ、妻には弟を助けてやれと言われましたし、宇佐美殿が代わりに越後は守ってくださると」
「まさか一夜がけでようやく追いつくとは思いませなんだが、ははは」
「それと、御館様…今まで通り政景でよろしゅうござる。今までもそうではありませんでしたかな?」
景虎は思わず笑った。
「ははは、そうだったな。すまぬ、政景。これからも頼むぞ」
「はっ」
景虎は政景から目を逸らし、静かに息を吐いた。
(……某としたことが……まだ忍城でのあの一件を引きずっておるのだな……笑)
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岩殿城近くの山中。
険しい山道を進む一行は、かなり苦戦していた。
方円が振り返る。
「成田殿、もう少しでございますよ」
成田兵たちは息を切らしている。
「も……もうダメだ……け、険しすぎる……」
すると、元山賊の頭が声をかけた。
「おい、あんたたち大丈夫か?」
「おめえら、担いでやれ」
「へい!」
下っ端たちが成田兵を背負う。
「ほら、背中につかまりな」
成田兵は申し訳なさそうに頭を下げた。
「も、申し訳ございません……」
「元山賊と聞いて警戒しておりましたが、お優しいのですな。素性だけで判断したこと……反省します」
成田長泰も頷く。
「方円殿についてきておるから優しくなったのだろう。助かり申した……」
方円は成田長泰の馬を見ながら微笑んだ。
「本当に成田殿の馬は、山でもびくともしないのですね。流石、名家の方。馬も一流です」
「ははは、ありがとうございます」
成田長泰は愛馬の首を撫でる。
「この馬は、それがしの自慢なのでございます。あの時守ってくれたおかげで、馬にも
怪我をさせることはありませんでした」
「改めて、お礼いたす」
すると馬が大きく鳴いた。
「ヒヒーン!!!」
山賊の頭が目を丸くする。
「おい……今、お礼を言わなかったか? あの馬」
「頭いいんだな~。名族様はやっぱ違うぜ~」
方円も笑う。
「私にも、そう見えましたわ。ふふふ」
成田長泰は嬉しそうに馬の首を撫でる。
「ははははは。いい子だぞ、シュンメイ」
「シュンメイって名なのですね。名前まで美しいとは」
成田長泰は少し誇らしげに答える。
「夢で見た外の国の天女様の名前をつけたのです」
「そのおかげか、馬なのにとても聡明なのですよ。それがしが悲しんでいる時は寄り添ってくれる、いい馬なのです^^」
方円はシュンメイの頭を優しく撫でる。
「天女様の名前を……縁起までいいですわね」
「よしよし、いい子ね」
「ヒヒンッ♪」
成田長泰が驚く。
「めずらしく懐いておるわ。ハッハッハ!」
成田兵が呆れたように呟く。
「信じられねえ……それがしたちが撫でようとしたら、後ろ蹴りしようとしてくるのに……」
元山賊の頭も笑う。
「へへへ、名族様の馬はやっぱり違うぜ~」
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川越城、城内。
長野業正は調査結果を報告していた。
「兵に徹底的に調べさせましたが、場内はもぬけの殻。兵糧等の備蓄もありませぬ」
「おそらく兵は全て小田原に引き、ついでに全ての備蓄等を持っていったのでしょう」
「やはり小田原に全てをかけるつもりなのでしょうな」
「川越城には来ない。景虎殿の読みは当たっておりましたな」
長尾景虎は頷く。
「うむ。では、ここを包囲の拠点といたす」
「それがしの箕輪城からも、定期的に兵糧は運び込みましょう」
「長尾所属の忍びに護衛をさせていただく。安心なされよ」
上杉憲政は満足そうに笑う。
「ほほほ……」
すると長野業正が思い出したように口を開いた。
「それと先ほど、佐竹殿から書が届きましたが……」
「里見殿が相模湾に向けて出ていったそうです」
景虎は少し驚く。
「少し早いのでは」
「北条にも水軍がおりますから、包囲の前に削るつもりなのでしょう」
「佐竹勢と共に、いやそれ以前から地獄の訓練をしていたと聞いております。きっと大丈夫だと信じましょう」
景虎は少し険しい顔をする。
「敵を甘く見ているわけでは……」
業正は首を横に振る。
「里見義堯殿は北条と定期的にやり合っておりますから、実力はよく知っており、油断はせぬはずです」
そして景虎の顔をじっと見る。
「長尾殿……一体どうしてしまったのです」
「忍城から……いや、箕輪城にいた頃……御旗楯無が来た頃から、早まったりして様子がおかしいですぞ」
景虎は黙り込む。
「…………」
上杉憲政はいつもの調子で笑った。
「ほほほ、まあ良いではないか」
長尾政景は景虎の様子を見ながら考えていた。
(ほう……やはり御館様の様子がおかしいようだな。妻にしたがって追いかけて良かった)
そして景虎へ声をかける。
「殿。越後を出てから気を張り詰めて、少し疲れておるのではありませんかな」
「それがしが引き継ぎますから、少し休んでくだされ」
景虎はしばらく政景を見つめてから、頷いた。
「そうさせていただく。心配をおかけし申し訳ない」
「失礼いたす」
景虎はそのまま部屋を出ていく。
「……」
政景は景虎の背中を見送ってから、ちらりと業正を見る。
業正も無言で頷いた。
「うむ……」
憲政は二人の様子を見ながら首を傾げる。
「……???」
そして、いつものように笑った。
「ほほほ……」
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コメント
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みぅです、読了しました🥀 「正義の別れ」……方円さんと成田さんのやりとり、特にシュンメイという天女様の名前がついた馬が本当に賢くて、方円さんにだけ懐くところがほっこりしました🤍 元山賊たちが成田兵を背負う場面も、素性で判断しない優しさが染みます。 一方で景虎様の様子が明らかにおかしい……忍城の一件が尾を引いてる感じが切ないです。政景が追いかけてきたのも、兄としての心配が伝わってきて。憲政様の「ほほほ」が逆に不気味に響く第25話でした🌙
富来 えび
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富来 えび
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