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失声病
教室のすみ。
なつはいつも、窓際で静かにノートを開いていた。
誰かに話しかけられても、口を開かない。
その沈黙は、壁みたいに高くて。
でも、どこか“助けを求めてる”ようにも見えた。
***
「なつ、これノートのまとめ」
そう言って差し出すと、
彼はペンを取って、少し考えたあと、
《ありがとう》とだけ書いた。
文字が、まっすぐだった。
声がなくても、
ちゃんと届いてくる気がした。
その日から、
俺はなつとよく一緒に過ごすようになった。
誰もいない放課後、
隣に座って、窓の外を見ているだけでも、
不思議と心が落ち着いた。
***
けど、ある日。
廊下で、またあの言葉が聞こえた。
「喋れないフリとか、可哀想ぶってるだけでしょ」
笑い声。
嘲り。
俺が駆け寄ると、
なつは下を向いたまま、震える手で胸を押さえてた。
「……もう、いいよ」
掠れた声。
それだけで、心臓が止まるほど嬉しかった。
「なつ……今、喋った?」
彼は、泣きそうな顔で頷いた。
「……いるまが、守ってくれるって思ったら……」
言葉が途切れて、
喉が震える。
俺はそっと、その肩に手を置いた。
「守るよ。これからも」
その瞬間、なつの目から涙がこぼれた。
でも、それは悲しい涙じゃなかった。
***
夕焼けの教室。
沈む光の中、
なつが小さく呟いた。
「いるま……ありがとう」
「……声、ちゃんと届いた」
静かな間。
息を吸い込む音。
そして、
なつが微かに笑って言った。
「いるまのこと、好き」
その声があまりにも優しくて、
俺は気づいたら、なつを抱きしめてた。
「俺も。ずっと、好きだった」
頬が触れる距離で、
なつが小さく目を閉じた。
唇が触れた瞬間、
世界がやっと音を取り戻した。
***
あの日、なつが取り戻したのは“声”だけじゃない。
沈黙の奥にあった、
“想い”そのものだ。