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夜の帳が降りたバンカラ街は、昼間の喧騒を引きずったまま沈黙していた。遠くでネオンが瞬き、通りを歩くイカやタコたちの姿は昼に比べればまばらだが、それでも完全に途絶えることはない。アマリリスは自室の窓をカーテンで閉ざし、薄暗い部屋の中央に置いた古びたパソコンの前に腰を下ろしていた。部屋の明かりは机に置かれたランプひとつだけ。小さな光源が彼の顔と、冷たい液晶画面を淡く照らしている。
キーボードに指を置き、息を深く吐く。
「……さて、今日はどこに現れた?」
呟きは誰に向けられたものでもない。強いて言うなら、この街そのものにだろう。
アマリリスのパソコンには、街の有志がまとめている「異常事件報告板」が常に表示されている。匿名の書き込みであふれており、ほとんどが誇張やデマとわかっている。しかし、その中に真実が混ざっている。チーターと呼ばれる化物の痕跡。彼が追うべき標的を示すわずかな手がかりが。
ページを更新するたびに、無数の新しい書き込みが流れてくる。
「広場で奇妙なノイズを見た。」
「バトル中に仲間が突然消えて現れた。」
「火柱みたいなインクが吹き出した。」
どれも一見すれば馬鹿げている。けれどアマリリスは真剣に目を通し、指先で軽やかにメモを取っていく。
彼のノートには既に何十もの地名や時刻が書き連ねられ、赤や青の線で結ばれていた。それは警察や公式の機関が表立って動かない以上、アマリリス一人で作り上げるしかない「不正者の地図」だった。
画面に浮かぶ新しい書き込みが彼の目に留まった。
《倉庫街のあたりで、壁から刃が飛び出した。仲間が腕を切られた。逃げたけど、あれは普通の武器じゃなかった》
彼は眉をひそめ、書き込みを何度も読み返した。刃。まるで前に倒した「刃のチーター」の噂が尾を引いているかのようだ。しかし、文面には生々しい恐怖がにじんでいる。誰かの悪ふざけではなく、実際に起きた惨事である可能性が高い。
「……同じ系統の能力者か。」
独り言が狭い部屋に響く。彼は机の引き出しを開け、黒光りする愛銃を取り出した。金属の冷たさが掌に馴染む。スライドを軽く引き、整備が行き届いていることを確認すると、再びノートに視線を戻した。
ページには「倉庫街・東ブロック」と赤字で記される。そこは街の外れにある、古い物流施設群。かつては栄えていたが、今では使われなくなり、廃墟同然となっている。チーターが潜むには絶好の隠れ場所だった。アマリリスは背もたれに身を預け、静かに天井を仰ぐ。目を閉じると、かつての光景が鮮明によみがえる。血のように濃いインク、絶望に沈んだ表情、そして大切な人を奪われた記憶……。胸の奥から沸き上がるのは怒りでも憎しみでもない。もっと冷たい、使命感のようなものだった。
椅子から立ち上がり、データをUSBにコピーする。携帯端末にも転送し、現地での確認に備える。準備の手順はいつも同じで、もはや儀式のように習慣化していた。外套を羽織り、銃を腰に収めると、部屋の明かりを消した。
窓の外には、夜に沈む街が広がっている。だがその闇の中で、確かに不正者たちが息を潜め、次の犠牲を待っている。アマリリスの足取りは静かだが迷いはなかった。彼にとって調査も、狩りも、そして戦いも、すべてが「日常」なのだから。
バンカラ街の北端、廃工場群の奥まった場所。月光が錆びた鉄骨や崩れかけた壁に斑模様を作り出す中、アマリリスは静かに足を踏み入れた。夜の湿った空気には、金属のきしむ音や、遠くで微かに水滴が落ちる音が混ざり、不気味な静寂を漂わせている。アマリリスの手元にはラップトップ。最近目撃されている、透明化したチーターの情報を整理している。通報者は匿名で、映像も写真もほとんど残っていない。ただ、かすかに空間が歪んでいる箇所や微細な揺らぎから、敵の存在は確実であると示されていた。
「……見えない相手か。だが、確実に存在する」
画面を閉じ、アマリリスは腰のサブマシンガンをしっかりと握る。短剣は補助用として残しておくが、主戦力はあくまで銃。透明化の敵に対しては、動きの予測と射撃精度が命取りとなる。廃工場内を進む。床のきしみ、壁や天井の鉄骨のわずかな軋み、月光に映る空気の揺らぎ——視覚だけでなく、聴覚と感覚を総動員して、透明のチーターの位置を探る。
まずは、射線上に銃弾を散布して敵の反応を探る。空中に放たれた弾丸が、空気の微細な動きを巻き起こす。数秒後、微かに揺れる残像が視界の端で確認できた。チーターが反応した証拠だ。アマリリスは身を低くし、連射を開始する。銃声は静かな夜に鋭く響く。チーターは予測不能の軌道で身を翻し、空間をかすめるように移動する。弾丸が空を裂き、壁に当たり、跳ね返る音が反響する。だが、アマリリスは焦らない。敵の動きは不規則に見えても、空気の揺れや残像の微細な変化から軌道を読み取れる。次の瞬間、銃口を微調整し、再び引き金を引く。弾丸が梁の下をかすめ、チーターの肩に当たる。残像が一瞬揺れ、敵のバランスが崩れた。
(……行ける。)
アマリリスはさらに銃撃を重ねる。チーターは跳躍し、梁の上に移動する。完全透明ではなく、わずかな輪郭と残像が揺れる。月光に反射して微かにシルエットが浮かび、銃弾の軌道を調整する手がかりとなる。チーターが飛びかかる瞬間を予測し、アマリリスは床面に向けて連射。弾丸が空気を切り裂き、敵の足元に小さな衝撃を与える。体勢を崩したチーターはわずかに残像が揺れ、空中で制御を誤った。
アマリリスは腰を落とし、的確に銃弾を配分する。撃ちながらも、射線の調整と弾倉の残量を瞬時に計算する。銃の反動、距離、跳弾——すべてが正確に制御され、チーターは徐々に追い詰められていく。
敵は梁の端に立ち、さらに跳躍しようとする。しかし、アマリリスは既にその軌道を読んでいた。床に着地する直前に、連射のタイミングを合わせ、弾丸が背中に当たる。チーターはバランスを崩し、梁から落下。空中で残像が揺れ、インクのような液体が散る。アマリリスは銃を構えたまま距離を詰め、追撃を行う。床に着地した瞬間、さらに数発の弾丸がチーターを正確に捉え、完全に動きを止める。銃口を下げ、深く息をつく。チーターは動かなくなり、月光に照らされてその正体だけが地面に残る。アマリリスは銃を背に戻し、周囲を慎重に確認する。再生能力はない。
「……これで一匹確実に消した。」
アマリリスはチーターに背を向け歩き始めた。
静寂が戻った廃工場。月光が斑模様を作る床面を、アマリリスは静かに歩く。視界の端で空気の揺れを感じるが、振り返らず、存在を意識することはしない。今は任務を全うすることだけが重要なのだ。遠くの壁に小さな影が走った気がしたが、アマリリスは銃を構え直すこともなく、歩き続ける。
アマリリスが廃工場の出口へと歩を進める。月光に照らされた錆びた鉄骨の間を抜け、倒れた透明化チーターの残骸を一瞥した後、深呼吸一つで夜の闇に溶けていく。背後には、まだ微かに冷たい夜風が吹き抜け、かすかな残響が漂っていた。その場に、アマリリスの気配が消えた瞬間、廃工場内に別の動きが生じる。空気のわずかな揺れ、微細な音の変化——視覚には捉えられない速度で、影のような存在が床を滑るように移動した。低い息遣いのような音もなく、ただ廃工場の奥へ向かう。彼女のナイフは軽く光を反射し、手元の影をわずかに揺らす。動きは静かだが、その瞳には獲物を追う鋭い光が宿る。影は倒れたチーターの残骸に近づく。まだかすかに生命の痕跡が残るその場を、慎重に観察する。目に見えるものは何もない。しかし、空間に漂う残像やインクを感じ取り、敵の存在を確実に捉える。そして、静かに一歩、また一歩と進む。床に落ちたインクの跡に足をかけず、鉄骨の影に身を潜めながら、狩りの準備を整えていく。他の獲物はまだ動かぬが、空気の揺れと微かな残響が、狩人に次の瞬間を告げていた。
スロスは息を潜める。狩りの合図を待つ。
「誰かが……もう始末していたか。」
フードの奥で低く呟く声が、路地の静寂に溶けていく。
スロスは視線を横へ移した。壁際には、銃弾の薬莢が数発散らばっている。打ち込まれた角度から推測するに、戦った者はかなりの射撃の腕を持っていた。近接ではなく、中距離から正確に仕留めた――そう読み取れた。
「ナイフじゃない……銃だな。」
鋭い目が一瞬細められる。
スロスの知る限り、この街で銃をここまで正確に扱える存在は限られている。だが心当たりを口にすることはしなかった。あくまで狩人として、冷静に痕跡を観察する。
――だが、その冷静さの裏で、わずかな感情が芽生えていた。
殺された透明のチーター。その胸の奥にまだ微かに残る「憎悪と無念」。長く戦場を渡ってきたスロスには、それが錯覚ではないとわかっていた。死骸から漏れる「感情の残滓」は、経験豊富な者ほど強く感じ取れるものだ。
「……仲間を、呼んでいたな。」
その瞬間、背後の空気がわずかに揺らいだ。
風は吹いていない。だが、確かに何かが動いた。
スロスはゆっくりと立ち上がり、ナイフを逆手に構えた。
無言のまま、路地の奥の暗闇の中を凝視する。
やがて、その黒い闇から、もう一つの「気配」が姿を現した。
まずは足音。金属を擦るような硬質な響き。
次に、街灯の明滅に照らされ、ぼんやりと浮かぶシルエット。
現れたのは、歪んだ姿のチーター。だがそれは、ただの「不正者」ではなかった。
奴は、路地の中央に倒れ伏した透明のチーターの亡骸を見て――立ち止まった。
その目が、怒りと悲しみに染まる。
「……おいおい……嘘だろ……。」
かすれた声が夜気を震わせた。
声の主は、倒れたチーターへ歩み寄り、地面に膝をついた。その指が、まだ温もりの残る仲間の体を抱きかかえる。
「テメェ……なんで……置いてくって言ったじゃねえかよ……!」
その嘆きは、スロスの耳にも確かに届いた。だが彼は無言のまま、ナイフを構え続けた。
声は掠れ、嗚咽と怒りが混じり合っている。
刃を携えたそのチーターは、崩れ落ちそうな体を必死に支えながら、友の冷たい顔を見下ろした。共に戦ってきた仲間。生き延びるために背中を預けてきた存在。それが、こんなにもあっけなく命を失った。胸の奥で何かが弾けた。怒りと悲しみがない交ぜになり、理性を黒く塗りつぶしていく。
背後から足音が響いた。
チーターは反射的に振り向き、殺気に満ちた瞳で睨みつける。そこには、薄暗い路地をゆっくりと歩いてくる一つの影があった。
スロス・レクラム。
長い年月を生き抜き、数多の戦場を歩んできた老練の狩人。
彼の手には、いつものように無骨なナイフが握られている。
「……仲間か。」
スロスが静かに呟いた。
その一言で、チーターの感情が決壊する。
「テメェが……ッ!」
怒声とともにチーターは立ち上がった。
涙で滲む視界など気にもしない。ただ一つの衝動――復讐だけが体を突き動かす。
手にした刃を振りかざし、地を蹴った。
その瞬間、路地裏に空気の裂ける音が走る。
速い。
仲間を失った悲しみが、全身を憤怒の炎で燃え上がらせ、常軌を逸した速度を生み出していた。スロスは微動だにせず、その迫る影を見据える。目に宿るのは恐怖ではなく、ただ冷徹な光のみ。
「来るか。」
短い言葉を吐き、刃を構える。
ガァンッッ!!
鋭い衝突音が夜に響いた。
両者の刃がぶつかり合い、火花を散らす。
衝撃が腕に食い込み、チーターは怒号を上げながら力任せに押し込もうとする。
「オマエが……アイツを殺したんだろォォッ!!!」
「……違う。」
低い声が返る。
しかし、その冷静な否定は炎に油を注ぐだけだった。
「黙れェェェェ!!!」
再び刃が振るわれる。
右、左、上段、下段――狂気に任せた連撃が嵐のように降り注ぐ。
スロスは最小限の動きでそれらを受け流し、ナイフで弾き返す。だが、相手の攻撃は止まらない。チーターの目は血走り、涙で濡れていた。怒りと悲哀が一体となり、剣筋を歪ませながらも、勢いを止めさせはしない。スロスの頬に、浅い切り傷が走った。細い血の線が流れ落ちる。だが彼は表情を変えない。
「……熱いな。」
その言葉さえ、チーターの怒りを増幅させる。
「テメェだけは……絶対に殺すッ!!」
叫びとともに、刃が一直線に突き出された。スロスは体を僅かに傾け、肩口をかすめる形で受け流す。そして、逆手に持ったナイフを閃かせた。刃がチーターの腕を裂き、鮮血が飛び散る。
「ぐッ……!」
呻き声とともに一歩退くチーター。だが、その顔に恐怖はなく、むしろ憎悪と決意が深まっていた。
「それで……終わりか?」
スロスが冷ややかに告げる。
挑発にも似たその声音に、チーターは震えた。
「ふざけんな……ッ! まだだ、まだ終わっちゃいねぇ!!」
その叫びとともに、再び刃が閃いた。
刃と刃がぶつかり合うたびに火花が散り、夜の路地裏に乾いた金属音が響き渡った。アマリリスが去った後の静寂はすでに遠く、いまやここは怒りと憎悪に支配された小さな戦場となっていた。
チーターは狂ったように攻め立てる。怒りに震える声を上げながら、仲間の亡骸を背後に庇うかのように、全身を振り絞って斬撃を繰り出していた。
剣筋は荒々しく無茶苦茶だが、その分だけ威力も速さも増している。スロスはそれを正確に受け止め、最小限の動作で受け流していた。
だが、攻撃の圧力は凄まじく、受け止めるたびに腕に伝わる衝撃で骨が軋むのを感じる。それでも彼は眉一つ動かさず、ただ淡々と刃を交わしていく。
「何で……何でアイツが死ななきゃなんねェんだよォォ!!」
チーターの声が響く。その声は怒号というよりも悲鳴に近かった。仲間を失った痛みと、誰かにその怒りをぶつけずにはいられない衝動。
そのすべてが刃に込められていた。スロスはその感情を真正面から受け止めるわけではなく、ただ戦場に立つ者としてその動きを読み、切り裂くべき敵として対峙していた。
「怒りは刃を鈍らせる。お前の刃はもう仲間のためじゃない。ただ自分を壊してるだけだ。」
冷ややかな言葉を返すスロス。しかしその冷静さこそ、チーターの憎悪をさらに燃え上がらせる燃料となった。
「黙れェェッ!!テメェに……何が分かるッ!!」
再び大上段から振り下ろされる刃。スロスは一歩下がりながら受け流し、すぐさま反撃の刃を突き立てる。しかし、チーターも怒りに任せて動くだけの存在ではなかった。仲間と共に戦い、長い間生き延びてきたその経験は確かにあった。
彼は刃を無理矢理捻じ込み、ナイフの軌道を逸らすと、肩口を狙って反撃を繰り出す。スロスは身を低く沈めて辛うじて避けたが、頬に深い裂傷が走った。血が滲み、夜の闇に赤が混ざる。
「やるな……。」
スロスが小さく呟く。その言葉は褒め言葉というよりも、冷徹な観察の一部だった。しかしチーターにはそれさえ挑発にしか聞こえない。
「まだだッ!まだ足りねぇッ!!」
刃の速度がさらに増す。振り下ろし、振り上げ、横薙ぎ、突き。あらゆる角度から斬撃が雨のように降り注ぐ。路地の壁には無数の切り傷が刻まれ、地面には血飛沫と擦れた跡が残っていく。スロスはその嵐を避け続け、時に受け、時に反撃する。
しかし反撃の多くは浅く、致命には至らない。チーターの怒りに支えられた執念が、体を突き動かし、深手を許さないのだ。
「お前……仲間を大事にしてたんだな。」
スロスが低く言った。戦いの最中にふと漏れるその一言に、チーターは一瞬だけ動きを止めた。仲間。耳にするだけで胸が抉られる言葉。目の前に転がる、すでに冷たい友の姿が脳裏に焼き付く。
「っ……テメェに……アイツの何が分かるッ!」
次の瞬間、チーターは再び怒号を上げ、全力で突進してきた。刃を頭上に掲げ、全体重を乗せた渾身の一撃。スロスは避ける選択肢を捨て、真正面から受け止めた。刃と刃が噛み合い、互いの顔が近づく。血走ったチーターの瞳と、冷静なスロスの瞳が交錯する。
「お前が死んでも、私を殺しても仲間は帰ってこない。」
その冷酷な真実を告げられた瞬間、チーターは叫んだ。
「だからッ!テメェを殺すんだよォォォ!!」
全身の筋肉が爆発するように力を込め、スロスを押し込もうとする。地面が軋み、刃の摩擦で火花が散る。スロスは力を抜くように一歩下がり、相手の勢いをいなすと同時にナイフを斜めに振り上げた。金属が肉を裂き、鮮血が夜空に弧を描く。チーターの肩口から胸にかけて大きな切り傷が走り、その体がよろめいた。
「ぐぅッ……!」
苦痛に顔を歪めながらも、チーターは膝をつかない。荒い息を吐き、血を吐きながら、それでも刃を構え続けた。その執念に、スロスはほんの一瞬だけ目を細める。彼自身、かつては似たような怒りと執念を抱えて生き延びてきたからだ。
「……まだやるか」
「当たり前だろォ……!俺が……倒れるわけにゃいかねぇ……!アイツの……無念が……ッ!」
言葉は途切れ途切れで、息も荒い。それでも立ち上がり、刃を振るおうとする姿に、スロスは無感情の中にわずかな敬意を抱いた。だが、それでも――彼は狩人だ。感情に流されることなく、倒すべきものを倒す。それが自分の役目だと理解している。
チーターは最後の力を振り絞り、突撃してきた。その刃は震え、重さも速さも最初のそれには及ばない。だが想いだけは変わらずに込められていた。スロスは静かに息を吐き、体を捻る。ナイフの切っ先がわずかに閃き、次の瞬間、チーターの腕が切り裂かれ、刃が地面に落ちた。
「……あ……?」
チーターは自分の手から刃が離れたことに気づき、目を見開く。だがすぐに膝を折り、崩れ落ちた。地面に血が広がり、その中で彼は最後の力で仲間の亡骸に手を伸ばす。
「……待ってろよ……今……行くからな……。」
その声が途切れると同時に、全身から力が抜け落ちた。夜の路地に、再び静寂が訪れる。残されたのは二つの亡骸と、一人の狩人だけ。スロスは無言で立ち尽くし、ナイフについた血を払った。戦いは終わった。しかし胸の奥に微かな違和感が残る。彼が戦ったのはただの化物ではなかった。仲間を想い、怒りと悲しみに突き動かされた存在。その刃は確かにイカの感情を宿していた。
「なら何故…化物になったのか…。」
スロスは小さく呟き、透明化のチーターの亡骸に視線を向ける。彼らが何者で、なぜここにいたのか。それを知る術はもうない。ただ確かなのは、また一つの命を奪ったという事実だけ。彼女は背を向け、夜の闇へと歩み去った。