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扉を開けると、背筋を伸ばして椅子に座り、感情を読ませない顔で私を待ち構えていた。
「……本当に戻ってきたのか」
呆れたような責めるような言い方だけど、声がほんの少しだけ柔らかい気がした。
「はい。お店の方も軌道に乗り始めましたし、私もまた働かないとと思いまして」
そう返すと、彼は鼻で小さく笑った。
「それなら、わざわざ戻って来なくても、他で働けば良いだろう。前みたいに突然いなくなられても困る」
それは最もだと思うし、一度辞めた身だから責められるのは覚悟の上。
「他では意味が無いんです。私は……巴様に恩返しがしたいから。それに、今度はもう、簡単には辞めません! お約束します!」
にこりと微笑むと、巴さんは一瞬言葉に詰まったように視線を逸らした。
「……巴様……ご迷惑……でしたでしょうか?」
黙ったままの巴さんに少しだけ意地悪な質問を問いかけてみると、
「好きにしろ。それよりも喉が乾いた、まだ少し早いが、そろそろ菓子も食いたい。早急に準備してくれ」
こちらには視線を向けないまま返してくれた巴さん。
早速要望を言いつけてくれたことで、歓迎されていることが分かった私は、「はい! すぐに準備をしてお持ちしますね!」笑顔で返事をしてから急いで部屋を出て飲み物とお菓子の準備をしに厨房へと向かって行った。
「侑那ちゃん、戻って来てくれたのね」
「来栖さん、また戻って来てくれて嬉しいよ」
「またよろしくね」
厨房までの廊下や厨房では、使用人の人たちが声を掛けて戻って来たことを歓迎してくれた。
こうして歓迎されるのはやっぱり嬉しい。
いきなり辞めてみんなに迷惑を掛けてしまった分、これからは沢山仕事を頑張ろうと思えた。
櫻井さんからお菓子を受け取り、紅茶の準備を整えた私は巴さんの部屋へ向かって行く。
すると、その途中で見慣れない顔の使用人が向かいから歩いて来た。
(誰だろう? 新人さん……だよね)
見たところ私と同い歳くらいの男の子で、お互い視線が合ったことから軽い会釈を交わして通り過ぎた。
「お待たせいたしました。本日二度目のお菓子はマドレーヌでございます」
そう告げて、私は櫻井さんから預かってきた菓子と紅茶、ミルクを彼の前に並べる。
「随分時間が掛かったな。運ぶだけだろう」
「すみません。廊下や厨房で、皆さんに声を掛けられて……」
「勤務中の私語か。相変わらずだな」
部屋へ戻るまで少し時間がかかってしまったのは事実なので、その指摘に私は素直に頭を下げた。
「すみません」
「……らしくねぇな」
「え?」
「前のお前なら、もっと噛みついてきただろ。調子が狂う」
不機嫌そうに眉を寄せる彼にどう返せばいいのか分からず、「すみません……?」と曖昧に謝ると、
「生意気な方が張り合いがある。今のお前はつまらねぇ。ここで働くなら今まで通りでいろ」
以前も別に生意気な態度を取っていたつもりは無いのでつい言い返しそうになるのをぐっと堪える。
「それからだ、恩を返すとか言ってたが、俺はそんなもの売った覚えはないからな、そんなことは考える必要もねぇ。分かったな?」
淡々とした言葉なのに、胸の奥がわずかに温かくなる。
素直じゃ無いなと思いつつも、巴さんの気遣いが嬉しい。
「……分かりました」
そして、マドレーヌを一口、その後で紅茶を含んだ彼は少し間を置いて続けた。
「それともう一つ、これからもここで働くつもりなら、これからは畏まるな。もっと砕けて接しろ――いいな?」
命令口調なのに、どこか照れ隠しのような要望。
本来なら、そのようなことをする訳にはいかない。
「……ですが……」
「お前は俺の専属だ。俺がそうしろと言えばそれに従う権利がある。周りがそれについて何か言うようなら俺に言え。いいな?」
だけど、他でもない巴さんからの要望となると無下には出来ず、私は戸惑いながらも「分かりました」という言葉と共に静かに頷いた。