ナイトレイブンカレッジの鏡の間では、毎年恒例の入学式典が行われていた。この場にいる新入生の寮分けは全て終わり、後は学園長であるディア・クロウリーの指示を待つのみ__だというのに、肝心の彼が姿を現さない。腹でも壊してトイレにひきこもっているのか。新入生以外の生徒達からそう笑われていた。教師達も入学式の締め括りという大事な時に学園長不在という事態に呆れていたので擁護はしない。
締まりがないその空気に、扉を開く音が鋭く割り入った。現れたのは学園長___だけでなく、式典服姿の者が一人。全員の目がいっせいに釘付けになった。
学園長に引き連れられた新入生は、学園の生徒の中ではかなり小柄な部類だ。しかし、その人物を目立たせているのは身長だけではなかった。
ミルク色の肌に整った顔立ち。光を反射して輝く金髪は豊かに波打ち、左側だけ緩く編んだ三つ編みが垂らされている。金色の目には勝ち気そうな光が浮かんでおり、少し恐ろしくも思える瞳の色を人間的な魅力が中和していた。
エペルのような生徒がいる為、この新入生も女っぽい見た目のだけだろ、と思ったが、獣人を含め匂いに敏感な者達は魔理沙から女の匂いがしていた。いわゆるフェロモン的なもんである。
この学園は男子校で、当然今現れた新入生以外に女性の姿はない。誰もが驚く中、新入生の少女は形の良い唇を開いた。
「何なんだここは? この胡散臭い仮面の男といい、天国にしちゃえらく辛気臭いな。これだとまるで…アレだ、昔外の世界で見た……そう、カルト集団!」
可憐な見た目からは想像できない暴言。思わず二度見三度見する者や呆気にとられる者、こらえきれず吹き出す者など反応は様々だ。
「違いますから! カルト集団じゃありません!」
「じゃあ棺桶あるし、吸血鬼の晩餐会の会場か?私は吸血鬼じゃなくて人間なんだが」
「ちーがーいーまーすー! 入学式ですってば!ほら、早く闇の鏡に向かって名前を言ってください!!」
これ以上騒がれたらたまらない、とクロウリーは少女の背中をぐいぐいと鏡の方に押しやった。億劫そうな声で少女が告げた名は”霧雨魔理沙”という聞き慣れない不思議な響きだった。そしてここでも、想定外の出来事は重なる。
「この者からは魔力の波長が一切感じられない……色も、形も、一切の無である」
闇の鏡に映る不気味な仮面のような顔が静かに告げた。この場にいる生徒のみならず教員もどよめく中、魔理沙は鏡を見ながら不快そうに眉を寄せた。
「私は魔法使いだぜ?」
それは事実だった。魔理沙は魔法が使えるし箒にも乗る。その腕前は、彼女が暮らしていた幻想郷でも
「人間の身でここまでの魔法を使いこなす者は珍しい」
と言われ、ラスボス級の者達にスカウトされるほど。しかも魔理沙は並々ならぬ努力の結果魔法使いとなったのだ。それをたかが無機物風情に否定され、魔理沙は内心かなり苛ついていた。
「だが事実だ。汝には魔力が一切存在しない」
そう頑なに主張を変えない闇の鏡に対し、魔理沙はやれやれと首を横に振りながらオーバーに肩をすくめてみせた。
「まるで話にならんな。お前脳みそ腐ってるのか?」
「腐ってなどおらん!」
鏡が今日一番の大声で喚いた。鏡も腹から声を出せるんだな、とはある生徒の感想だ。鏡なので腹もなにもないのだが。
「ああ失敬。お前、二つの意味でのう無しだな」
「なんだと!?」
「鏡だから脳みそないし、私が魔法使いなのに魔力なしとか言いやがるし、能無しだろ」
口では「悪い悪い」と謝りながら、その表情には反省の色はない。むしろ面白がるようにニヤニヤと笑っている。
「あなた、歴史ある闇の鏡に失礼ですよ!」
「あいつこそ世界にたった一人しかいない私に失礼なんだぜ」
クロウリーが割って入っても全く堪えた様子はない。突然知らない場所で衆目に晒され、普通の少女なら萎縮してもおかしくない状況であるが、魔理沙のいた幻想郷でこのくらいでビビってたら異変解決なんぞ出来ない。たいした胆力である。
「あーもう! ああ言えばこう言う!」
「まあまあ、そうカッカしなさんな。ハゲるぞ?」
「誰のせいだと思ってんですか!?」
「お前の心が狭いせいだろ。私のせいにするんじゃないのぜ」
生徒達は爆笑した。指を指して笑った。教師も遠慮なく腹を抱えて笑っている。日頃の行いはこういうときに返ってくるのだろう、と教師は笑い過ぎて滲んだ涙を拭いながらしみじみ思った。
「もういいです!闇の鏡よ、この者を元いた場所に帰しなさい!早く!」
一刻も早くこの煩わしい子供を返品せんとクロウリーは声を張り上げた。
「無い!」
鏡も声を張り上げた。厳かな式典の場に、闇の鏡の声が響き渡った。
「無いって何が?こいつの信用?」
「違う!この者のあるべき場所はこの世界のどこにも無い!」
闇の鏡に浮かぶ顔には心なしか青筋が浮いているようにも見える。無機物でさえ怒らせるとは、魔理沙には言葉を発するたびに相手を怒らせるユニーク魔法でもあるのかもしれないと、とある生徒は思った。
「ならそんな変な奴じゃなくてこのグリム様を入学させるんだゾ!」
突然、小さなモンスターが扉から乱入した。グリムと名乗るモンスターは口から火を吹き、鏡の間は騒然となる。グリムの攻撃から魔理沙は俊敏に身を翻して自分の方に飛んできた炎を避けた。
「何だあいつ、急に火を吹くなんて知能が足りてないな」
「あなたの使い魔じゃないんですか!?」
「私は使い魔なんて必要ないし、そもそも使い魔にするならもっと役に立ちそうな奴にするぜ」
「なっ、馬鹿にすんじゃねー!!!」
怒ったモンスターの炎を危なげなく躱す魔理沙。その余波でクロウリーのコートの羽が少し焦げた。クロウリーに苛立ちを募らせてた生徒や教師はざまぁと思った。これがNRCクオリティ。
「熱っ! だ、誰か! あの狸を捕まえてください!」
クロウリーが命じて数分後、点数稼ぎの為名乗り出たアズールが捕獲した…なんてことはなく、リドルがユニーク魔法を使いモンスターを捕獲しどうにか騒ぎは収まった。程なくして散々かき回された入学式もようやくお開きとなった。
「マリサさんは私と来てください。……はぁ。入学式からこんな事が起こるなんて、今年は幸先悪すぎませんか?」
「溜息すると幸せが逃げるぞ」
別に逃げた所で私には関係ないけど、と一言余計な事を付け加えて魔理沙は大人しくクロウリーについて行った。
「まったく、何者なんですかあなた」
トラブル続きでへとへとになったクロウリーは八つ当たり混じり__元々巻き込まれたのは魔理沙であり、クロウリーは加害者なのだが__に魔理沙を睨んで問う。
そんなクロウリーに八つ当たりもいい所だ、と魔理沙は呆れながらタイトル通りのセリフを言った。
続きは役に立たなかったアズールが憂さ晴らしに破り捨てました。