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「俺が言いたいこと、わかる?こぐっちゃん!!」
場所は居酒屋からホテルのベッドの上に移動していた。
コンビニで買った酎ハイを指でキシキシと握りしめながら、同期の男はまだ熱弁を振るっていた。
朱莉の部屋で交互にシャワーを浴びたら、なんとなく冷静に戻ってしまい、居酒屋でのノリが復活してしまった。
「こぐっちゃんは、もう少し、社会人としての器用さを身につけるべき!それさえ出来たら、俺や他の同期なんて敵わない頭の良さと、機転の良さと、判断力を持ってんだからさー!」
まだ言ってる。
同じ話を先ほどからすでに10回は聞いている。
「苦情が出てこないってことは、お客様相手なら出来るんでしょう。人の話に合わせることも、自分の感情を殺すことも。
それをただ、社員相手にすればいいってだけ。簡単でしょ?」
朱莉はアルコール度数の少ない酎ハイを選びながら笑った。
「なんでお金も発生しないのに、社員に営業しなきゃいけないわけ」
隣に座った吉野がイラついたように肩を抱き寄せる。
「ちょっ……」
「社内営業って言葉知らないの」
アルコールが中途半端に分解されている、酔っ払い特有の匂いがする。
「知ってるけど…」
「やってみ?俺相手に」
「はあ?」
「俺相手に、愛想振りまいてみろって言ってんの」
「愛想~?」
余裕の顔で笑って見せるが。
二人だけのやけに音が響く空間に。
熱を帯びた手のひらに。
引き寄せる強いちからに。
見つめる眼差しに。
朱莉は内心びくついていた。
(吉野ってこんなに腕太かった?)
肩を抱く腕が逞しい。
(そうか。そうだよね)
普段、重い物ばっかり運んでいて、筋肉が付きにくい朱莉でさえ、久しぶりに会った母親に笑われるほど、筋肉がついているのだ。剣道をやっていて、もともと筋肉質な吉野が、つかないわけがない。
掴む手が、ホテルの甚平の上から熱を伝えてくる。
吉野の顔がすぐそばにある。
はっきり言って全くタイプじゃないが、社内でもイケメンの部類に入る柳原課長は、「吉野の顔が一番整っているよな」と言っていた。
確かにこうしてみると、バランスは良い。
でも、彼は同期だし。
研修も資格試験も、苦楽を共にした仲間だし。
この男とどうにかなるなんて、思ってもみなかった。
吉野から目を逸らして、投げ出したままの自分の鞄を見る。
(じゃあなんで、コンドームを忍ばせて来たんだよって突っ込まれたら、まあ、その通りなんだけど)
恐る恐る吉野の顔を見上げた。
「……………おい」
吉野は朱莉の肩を抱いたまま、目を瞑り、夢の中にいた。
バタン。
時刻は午前1時。
朱莉はホテルの自室に戻ってきた。
自分が寝るはずだったベッドの上では、立っているときよりもやけに大きく見える年下の男が、ホテルの甚平を着ながらうつ伏せに眠っている。
朱莉はその横に並ぶと、頬に触れた。
「ん」
男が吐息交じりの色っぽい声を出す。
その頬から一度手を離し、距離を取ると、それを振り落とした。
バチン!!
「…いってー」
男がうつ伏せのまま丸くなる。
目が薄く開いて明かりを見つめる。
「何すんの、こぐっちゃん…」
朱莉は息を吸い込んだ。
「自分の部屋で寝ろ、ばか!」
「ええー?起きられないよぉ。こぐっちゃんあっちで寝てよぉ」
「しょうがないからそうしようかと今行ってきた、あんたの部屋」
「うん」
「喫煙室じゃないか!臭くて眠れん!!」
言いながら頭をポカっと叩く。
「ええー。じゃあ起こして」
「はあ?」
「この間介護講習で習ったでしょ。ほら早く」
「こんなガタイの良い高齢者|どさいんなや《どこにいるのよ》」
吉野が吹き出す。
「でた東北弁」
「バカにしてっとくらつけっからな」
「あはは~何言ってるかわかんない~」
腰から手を入れて、足の真ん中に自分の足を突っ込む。抱き抱えるようにして起こそうとしたが、まだ笑っている男の体は重くて、朱莉の腰がピキッと音を立てた。
悶絶しながら乱暴にベッドに転がすと、吉野が掴んでいた甚平が上にめくれ、朱莉の臍やウエストが露になった。
(いいや、ブラしてるし。別にこんな酔っ払い、見てないでしょ)
腰の痛みに耐えながら服の乱れを直していると、ぐいと腕を引かれた。
「え、あ…!!」
もう一つの手で頭を包まれ、口に熱くて厚い唇が押し付けられる。
先ほどの居酒屋では、梅酒の酸味と、氷の冷たさしか感じなかった。
(こんなに熱かったんだ)
その心地よい熱が、先ほどこの男に感じた恐怖を溶かしていく。
「…吉野の唇って……」
「なに?」
「———検温に引っかかりそう…」
吉野が弱く吹き出す。
「時勢柄、な」
その唇からさらに熱い舌が挿入されてくる。
引き寄せた腕が、まだ痛みの残る腰に回る。
後頭部の手が、甚平の首元から中に入ってくる。
「ちょっと、吉野…」
唇の隙間から呼びかけるが、直ぐにまた塞がれてしまう。
腰の手が、甚平のゴムにかかる。
首の手が、ブラジャーの上からふくらみをなぞる。
(ダメだ、これ。一線を越えちゃう…)
いや、別にいいのか?
熱い唇を、首筋に移動させた吉野の逞しい肩に手を置く。
だってこいつ、結婚してるわけじゃないし。
それになんか長年付き合った彼女と別れたとか言ってたような気がしないでもないし。
女の扱いにもセックスにも慣れてるだろう、大人の男だし。
課長曰くイケメンだし。
そしてーーー。
明日から何事もなかった顔できる、器用な男だし。
膨らみを包んでいた手が、谷間に僅かに開いた隙間から中に入ってきた。
(温かい。心臓を包まれてるみたい)
体型にしては太い指の感触に、朱莉は目を閉じた。