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部屋に沈黙が訪れる。


瑞記は言葉を捜しているのか、視線が定まっていない。


「名木沢希咲との関係を認めたんだから、離婚に同意するよね」


園香の言葉に瑞記の顔がひきつる。


「それは……離婚はしたくない」


「どうして? 夫婦仲が最悪の結婚生活を続けるよりも好きな人と一緒になりたいと思わないの?」


「離婚したとしても希咲と一緒になんてなれない」


「どうして?」


「彼女は既婚者だからだよ、知ってるだろ?」


「知ってるけど、瑞記も彼女もそんなこと気にしないんじゃないの? 実際不倫してるんだし」


嫌味を込めて言うと、瑞記の耳が赤くなった。恥ずかしがっているのではなく怒りを感じているのだろう。


「不倫、不倫ってうるさいんだよ! 俺たちの関係はそんな低俗なものじゃない」


開き直った反論をする瑞記に、園香は呆れて溜息を吐いた。


「他に呼びようがないんだから我慢したら? それよりもこれを見て欲しいんだけど」


園香は用意しておいた書類を取り出した。


「これは……離婚届け? それとこっちは……慰謝料だって!?」


書類を凝視する瑞記に園香は頷く。


「そう。手続きが済むまで提出はしないけど先に届けを書いて欲しくて。慰謝料が記載された方の紙は私が望む離婚の条件。専門家に相場を聞いて作ったから、無理な要求ではないと思うよ」


「慰謝料三百万円?」


「そう。もちろん名希沢希咲にも請求するから。瑞記は私だけでなく彼女の夫からも慰謝料請求されるかもしれないけど、仕方ないよね」


「嘘だろ? どうして希咲にまで……」


「彼女にも責任があるから」


瑞記はぎりっと音が聞こえてしそうな程、歯を食いしばり園香を睨む。目の前にいるのが自分の妻だという事実などとっくに忘れさっているようだ。


「離婚はしない! だから慰謝料も当然払わない!」


決めつけるように言うと、瑞記は園香がから目を逸らす。


「まさかそれが通用すると思ってるの? 私は離婚について弁護士に依頼しているから、瑞記がどうしても離婚を拒否するなら調停になるけどいいの?」


「調停? そんな大袈裟なことをしなくてもいいだろ? 世の中には僕たちみたいな仮面夫婦なんていくらでもいる。今のままで問題ない」


信じられないように呟いた彼の顔色は悪い。一応は会社経営をしている身なので、ある程度の法律知識はあるのだろう。


「仮面夫婦でいる夫婦はそれなりの理由とメリットがあるんじゃないの? でも私たちにはそれがない。あと、離婚を拒否しても名木沢希咲には慰謝料請求するからね」


瑞記の弱点は希咲だ。妻としては情けない話だがそれは間違いない。


案の定瑞記は動揺して、ふらりと立ちあがる。


「希咲には何もするな」


「だったらすぐに離婚して。はっきり言ってもう瑞記の顔を見るのも苦痛なの」


これ以上一緒には暮せない。ストレスと共に憎悪が膨らみ続け、いずれはおかしくなってしまいそうだ。


(あの日記を書いていた頃のように病んでしまう……そんなの絶対に嫌)


「すぐに離婚が成立しなくても、私はこの家を出ると決めたから」


「じ、実家に帰るのか?」


「当面は。先のことは手続が終わってから考える」


どちらにしても瑞記に伝える必要はない。


結婚生活を続けられない負い目や、自分にも悪いところが有ったかもしれないと迷う気持ちなんてもう残っていない。


今はただ信じられない人たちから離れ距離を置きたい。その一心だ。


園香は離婚することを最重視している。慰謝料請求はその手段にすぎず、もし彼らが払い渋ったとしても、とにかく他人になりたい。


話し合いで円満離婚を目指していた頃とは、気持ちが違うのだ。


無理やり出て行くのも仕方がないと思ってる。



結局瑞記は最後まで納得しなかった。


ただ途中でいつものように癇癪を起して出て行ったりはしなかった。


彼は園香が家を出るのを、まるで子供のような頼りない顔で見送ったのだった。


夫婦の住いである横浜のマンションを出た園香は、実家に戻った。


瑞記との離婚にもう迷いはないが、両親に迷惑をかけてしまうのが気がかりだった。


けれど、園香が記憶を失くしていると言う特殊な事情に加えて、最近の瑞記の態度に疑問を持っていた両親は、予想よりもかなりあっさり離婚に賛成し、落ち浮くまで実家で過ごすことを受け入れてくれた。



横浜ショールームへの出勤は大変になったが、いつ瑞記が帰宅するか分からない家にいるよりも格段に気持ちが楽だ。


後は正式に離婚をするだけ。


先日の話し合いの録音を弁護士にも聞いて貰い、正式に依頼をしたので瑞記と直接やり取りしなくて済むようになった。


確実に前進している。


プライベートの問題にけりがつきそうなおかげか、仕事に身が入り順調な日々を送っていた。


「お先に失礼します」


勤務時間終了の午後四時。園香がオフィスを出るとちょうどエントランスから青砥がやって来た。


「あ、園香ちゃん今から帰るんだよね」


長年付き合っていた恋人と別れ一時は落ち込んでいた青砥だが、今は吹っ切れたようで元気を取り戻している。


「はい。何かありました?」


急な仕事でもあるのかと思ったが、彼女は首を横に振った。


「そうじゃないんだけど」


彼女は周囲に人がいないか確認するような素振りのあと、園香に近付き小声で囁く。


「さっきから入り口に男の人がいるの。誰か待っているみたいなんだけど、もしかしたら園香ちゃんの旦那さんじゃないかと思って」


「えっ、瑞記が?」


青砥にはざっくりだが事情を話している為、園香が離婚協議中で実家に帰っていると知っている。

だから誰かを待ち伏せしている様子の不審な男性を見てピンと来たのだろう。


「私は旦那さんの写真を見たことがないから違うかもしれないけど」


「……どんな人でした?」


「三十代前半の男性で身長がかなり高い方。百八十くらいあるかな。顔が整っていて紺のスーツがよく似合って目立ってたよ」


園香は深い溜息を吐いた。特徴はほぼ間違いなく瑞記だ。


(どうして職場まで)


青砥に礼を言ってから、急ぎ足でエントランスに向かう。


とにかく場所を移動したい。


しかし、青砥が言っていた場所に居たのは瑞記ではなかった。


「久し振り、園香さん」


声をかけて来たのは、希咲の夫、名木沢清隆だった。


円満夫婦ではなかったので

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