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「あくまで推測ですが、あなたは実の子を生贄に不老不死の力を手に入れた。順序はわかりません。不老不死になるために僕を産んだのか、産まれてから利用することを思いついたのか」
「前者でもあり後者でもあるわ。不老不死の条件は『愛する者』。それが必要なのは知っていた。でも私は不老不死なんて興味なかったの。生贄欲しさであなたを産んだわけじゃない。だからこそ、あなたは呪いの条件に合致してしまった。そう、私の不老不死は呪いだったの」
彼女は視線を落とし、透明な記憶を辿るように話し始めた。
「あなたのお父さんはドリー。王国の下級騎士だったわ。私がまだ『魔女』として討伐対象だった頃、私の首を狙ってやってきたの。でもあいつ、私の顔を見た瞬間に一目惚れして、その場でプロポーズしてきたのよ。馬鹿でしょ?」
メリルは、さっきまでの無表情が嘘のような、少女のような笑顔を見せた。
「最初は命乞いの出鱈目だと思って追い返したわ。でもあいつ、毎日のように花束を持ってくるの。いつの間にか絆されちゃって……。でも、幸せは長くなかった。隣国との戦争が始まって、彼は召集されて、すぐに死んじゃった」
月明かりに照らされた彼女の瞳が、僅かに潤んだように見える。
「彼の最期を聞いて、私は世界を呪ったわ。皆殺しにしてやろうと思った。でも魔女一人の力じゃ国は滅ぼせない。だから、あなたを呪いの代償に捧げた。不老不死になって、戦場をめちゃくちゃに踏みにじるために」
「止めるためではなく、壊すために……」
「そう。復讐ですらない、ただの暴発よ。自分でもどうかしていたと思うわ。愛した男の忘れ形見を、自分の欲望のために投げ出したんだから」
メリルは自嘲し、僕の手元を見た。
「魔女といっても、呪いが解ければただの人間。私は特別だったけど、あなたがこっちに戻ってきたことで、呪いの前提が崩れた。老いない私が老いるようになり、お腹が空くようになり、肌が荒れる……。滑稽でしょう?」
彼女は茶目っ気たっぷりに笑ってみせた。だが、その瞳には二十五年分の後悔と、ようやく巡り会えた息子への、言葉にで
きない複雑な色が混ざり合っていた。
マジシャンとして、僕は彼女の「嘘」を暴いた。けれど、暴かれたステージの上に残ったのは、あまりにも人間臭くて、悲しい親子の肖像だった。
沈黙が、重く、粘り強く部屋に居座る。月明かりの下で、かつて僕を生贄として切り捨てた魔女は、ただ一人の「弱った女性」としてそこにいた。
僕は胸の奥に澱のように溜まっていた、もう一つの世界での記憶を呼び起こす。
向こう側の世界で、僕は孤児だった。無機質なコンクリートの施設、冬の寒さが指先にまで染み込むような静かな夜。誰に愛されることもなく、誰を頼ることもできない。
自分が何者なのか、どこから来たのか、なぜ周囲と「違う」のか。そんな問いに答えてくれる者は誰もいなかった。マジックを始めたのは、その孤独を紛らわせるためだった。
種も仕掛けもある嘘の世界なら、僕の得体の知れない「魔法」いや、「呪い」も、ただの芸として受け入れられた。
そう、僕は子供のころから呪いが使えた。自分に代償がある代わりに、誰かに危害を加えることが無意識にできていた。
心の底ではいつも、何かが決定的に欠けている空虚さを感じていた。
まさかその理由が、二十五年前の「生贄」だったなんて。
だから、こちらの世界でも試してみた。
昼間の食堂での、あの食い逃げ犯の静止。僕はマジシャンとして、彼らに「良心が咎めて足が止まった」という演出を施したが、その実態は醜悪な等価交換だった。僕が動かない代わりに、相手も動けない。
あの瞬間に感じた、魂の芯が凍るような重み。あれがメリルの言っていた「呪い」の感触だったのだと、今ならはっきりと分かる。僕には、その血が流れている。