『花の挨拶の続編みたいなやつ』
その日、満開の桜の下に懐かしい人たちが集まった。
「クラピカ、隣良い?」
集まりの発端となったクラピカの隣には入れ代わり立ち代わり誰かがずっといて 、
最初に挨拶したきりなかなか話しかける隙がなかった。
知った顔はもちろん、自分が知らない人もそれなりにいて、その誰もが親しそうにクラピカと話していることに、ヨークシン後に分かれた自分との道の違いが感じられて、少し寂しい気持ちがした。
「ゴン、もちろん。元気そうで安心したよ」
自分に向けられた笑顔は変わらず優しい。
(クラピカ、なんだかまた綺麗になったなあ)
年上の友人に抱く感想としてはずれているのかもしれないけれど、
そんなことを思う。最後に会ったときはいつもどこか張り詰めた空気をまとっていたクラピカは、
今はくつろいだ柔和な雰囲気をまとっている。琥珀を思わせる煌めきを宿す大きな瞳が、アルコールでかすかに上気しつつある滑らかな肌が、
春の陽の下で淡く輝くようだった。柔らかな金髪は今は肩につくほどに伸び、緩く結わえられている。
「クラピカも、元気そうで良かった」
クラピカの身に起きたことは、レオリオからおおよそ教えてもらい
、体調が不安定であるとも聞いていた。だけど今日の姿を見る限りでは、前よりもずっと健康そうだ。
もちろん見えているものがすべてではないというのはよくわかっているけれど
「師匠やレオリオ、リンセンや皆のおかげだな。今はただの酔っぱらいだが」
呆れたような笑いを含んだ視線の先には、すっかり出来上がった面々がいた。
だがそのなかで、リンセンという人だけは素面のときと変わらぬ表情で、
こちらの視線に気づいてかすかに首を振った。
「一緒にするなと言っているな」
クラピカがふっと笑う。
それが何の屈託もなく楽しげで、ああこの人は今ちゃんと幸せなんだと安心する。
「オレ、こうやってまたみんなで集まれるなんて思わなかった」
その笑顔を見て、話そうかどうしようか、迷っていた言葉がこぼれる。
「私もだ」
応える口調はどこまでも穏やかだ。それに励まされて言葉を続ける。
「オレ、もう全部終わりにして良いって思ったんだよね」
となりで静かにクラピカが頷いた。
「……ねえ、クラピカは、どうだった?」
少しだけ考えるような沈黙。それから変わらぬ穏やかな口調が続いた。
「私の全てを対価にしても構わないと思っていたよ。実際、私は一度は死んだようなものだからな。けれど守ろうとしていた存在に逆に守られた。今、この命は私のものであって私のものではない。
だからもう、己を犠牲にするような生き方は止めようと思っている。
ただ、そうしているつもりがなかなか怒られてばかりだな」
真剣な言葉に続いて、最後にやや困ったふうな笑み。ちょっと体調が良くなったと思ったら無茶ばかりすると、そういえばさっきレオリオがこぼしていた。
「ゴンは、どうだ?」
「オレはまだ、よくわからない。オレはただオレのためだけに力をふるって、
キルアや皆を裏切ったのに。
たくさんの人がオレを助けようとしてくれて、今は念も使えなくて、どうしたら良いかわからない」
言葉にしてみると、
本当にそうだ。今のオレに何ができるんだろうと、無力感がある。
こんな気持ちは初めてだった。ハンター試験に挑戦するという目標がずっとあって、
それを達成してからもやるべきことはずっと明確だった。だけど今は、何も見えない。なんだか落ち込んだ気持ちになっていると、肩にそっと手が触れた。体温の低い、だけどあたたかな手。
「ゴンは今くじら島で頑張っているだろう」
変わらない日常をまっとうすることは、
敬意を払われるべき価値のあることだ。
冒険の価値はわかりやすいが、日常のソレは見えにくい。
もちろん変わらないことが至上とは言えないが。だが冒険者が旅に出られるのは、日常をつむぐ多くの人たちあってこそだ。だからこそ冒険の益は日常に還元される。
ゴンはその歳にしてこれまで特異な経験をたくさんしてきてるからな。ここで逆を感じることができれば、恩返しなんていくらでもできる大人になれるさ」
難しい言い回しはわざとなのだろうと思えた。その言葉を理解できるとき、何かが拓けるだろうか。
「うん、ありがとう、クラピカ」
「こちらこそ。私も自分の考えが整理されたよ。もう少し怒られない生き方ができそうだ」
誠実な声と、冗談めかした声。その声に、彼が乗り越えてきたものの大きさと、強い優しさを感じる。
(いつかオレも、そうなれるかな)
その姿を見てもらえるくらい、この強く優しい友人に長生きしてほしいと願う。
「ねえ、クラピカ。乾杯しよ?」
願いを込めて、未来の約束をしたい。そう思った。
「ああ。だがゴンはアルコールはダメだからな」
「わかってるよ。というかクラピカは飲めるんだね」
「いろいろな人に言われるが、私はこれでもマフィアの幹部だったんだがな」
桜の下でくつろぐ姿を見ていると、本当にそうは見えない。お互いの知らない時間を、これから少しずつ話していけたら良いなと思う。
「じゃあ、また会えて嬉しいのと、また来年も再来年もずっとこうやって会おうの乾杯!」
持っていたジュースを掲げると、クラピカも手にしたコップを合わせてくれた。
「ああ。再会を祝して。これからのゴンや皆の幸せを願おう」
「クラピカもだよ」
「ありがとう」
この約束をずっと重ねていきたいと、春の精のような友人を見ながらそう思った。
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