テラーノベル
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麗夢が一室の重厚な扉を開けた。 そこは外の喧騒が嘘のように静まり返り、冷たい空気が肌を刺す。
壁一面には整然と書類や武器が並び、窓のない部屋特有の、濃い影が落ちていた。
だからこそ、私にとっては居心地が良い。
「ここって、ご主人様の部屋なの?」
「…執務室だ。勝手に触るなよ」
興味津々で部屋を見渡していると、デスクの隅に座る桃髪の少女と目が合った。
彼女の指先は、真っ赤な血のような色のインクで何かを書き殴っている。
目が合うと、少女はふんわりと…まるで聖母のような無垢な微笑みを浮かべ、また淡々と仕事に戻った。
「女性も居るんですね」
麗夢は溜息を吐いて、呆れたように言う。
「お前もそうだろ、水澪」
「みお…」
慣れない自分の名前を、口の中で飴玉を転がすように呟いてみる。
…そういえば、そんな名前だったっけ。
「違ったか…?」
私の反応が薄いせいか、麗夢が怪訝そうに眉を寄せた。
「いえ、あってます」
…久々呼ばれたな。
いつもの名前は…、いつもって、なんだっけ?私の本当の名前?いつもって、何?
いつも、いつも、いつも。
水澪って誰?私が水澪?
私、私、私…。私って、誰?
『エラーが起こりました。再起動します』
「おい…」
遠くで誰かが何かを言っている。
けれど、鼓膜に届くのは水の中にいるような、酷く濁った音だけだった。
「私、私、私…」
嗚呼、ヒカリさん、ヒカリさん。
私を、お救いください。
ヒカリさんが居ましたら、私は幸せになれます。
「しっかりしろ!!」
ヒカリさんがそう叫ぶ。
ヒカリさん、ヒカリさん。貴方はいつもそうです。
私を正しい方へと引き摺り出し、幸せという名の絶望を教えてくれる、眩しい存在。
窓の外の子供達もそうです。明るく清らかな、無垢な生贄。
その命が散る瞬間、きっと世界を幸せな叫びで満たしてくれるのでしょう。
「ヒカリさん…」
麗夢が苛烈に舌打ちをし、私の肩を思い切り突き飛ばした。
ドコン、と壁にぶつかる音が執務室に響き、視線が私に突き刺さる。
「頭を冷やしてこい」
肩が熱い。手首が痺れる。けれど、嘆くほどのことじゃない。
…私は、何か間違えたのでしょうか?
眩しい人は、酷く怒っていらっしゃる。
「大丈夫?」
さっき目が合った桃髪の少女が、救いを伸ばしてくれる。
私は今から殴られるのでしょうか。それとも、もっと深く罵倒される?
…正直、どうでもいいです。痛みが私を構成する全てなのですから。
「ありがとう…」
彼女の手を借りて起き上がる。
肩が電流でも流れているように痛いが、気にする必要は無い。
私は玩具だ。壊れたらヒカリさんに直してもらえればいい。
「いいんだよ。あたしぃは月実、気軽に呼んで幹部補佐さん」
月実と名乗った、その桃髪の女性は私にとっての女神様だった。
桃髪は所々、青く染められており、苺を閉じ込めたような赤色の瞳。
その吸い込まれそうな瞳は、とても美しく、時に残虐だと知っていた。
「月実…。月実、よろしくね」
月実…可愛らしい名前。潰し甲斐がある名前。
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