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娘が傷つけられて平気な親はいない。
お前も辛いだろうが、いじめに屈するな、絶対に正義は勝つ。
お前が辛いように、俺も辛いのだ。
こんなことは絶対に間違っている、一緒に耐え忍んで、裁判で勝とう。
なんて事を言い出した。
いやいや、わたしは戦いたくなんかなかったんだ。
言いたいことはわかるよ? あいつらがやってることはいじめっていうか普通に犯罪だし、本来なら逮捕されてもおかしくないことをやっていた。
でも、どうやっても止まらないんだから。諦めたらよかったんだ。
泣き寝入りして、不登校児にでもなればよかった。
そもそも自殺を強要してくるようなクラスに通わせるとか、どう考えてもおかしいだろ。無法地帯なんだぞ。
でも、父さんは諦めなかった。
裁判で証拠に使うのだと、わたしがリストカットにつかったカッターを集めては怒りに燃えていた。
反対にわたしの心は冷めていた。
なぜ、この人はこんなに怒っているのだろうとすら思った。
父さんは世間の声を利用するのだと、わたしの身に起こっていることを言いふらして回った。とんでもないことをする。そんなことをされたら、買い物にも行けなくなる。
わたしは反対したし、止めたけれど、父さんは聞く耳持たなかった。
お前を守ってやってるのに。何が不満なんだ。
父さんは正しいことをしているだろう?
ああ、ああ正しいだろうね。
でもそんなこと、わたしは望んじゃいない。
正しいから何なの? 近所中で噂になったよ。
みんなひそひそと噂をするばかりで、それ以上何もしないけど。
もう止めようよ。
わたしみたいな奴なんて、みんな関わり合いたくないんだよ。
ひそひそ声が聞こえる外になんて出たくなかった、いじめられる学校にも行きたくない。
でも、家に帰れば父さんがしつこく話しかけてくる。
調子はどうだ?
苦しくないか?
何でも話してくれ。
俺達は家族なんだから。
この世のどこにも居場所なんてなかった。
だから誰かに話しかけられても、すぐに嘘を吐いてごまかすようになった。
吐かなくてもいい嘘をつくんだ。
嘘を嘘で塗り固めると、心が落ち着くんだよ。
無害な羊のフリをして、自分の心をうまく守れているような気がする。
水沢にはメェメェと羊みたいに鳴くね、なんて嫌味を言われても嘘を吐き続けていれば少しはマシだった。
虚言癖が様になってくると、もう自分が何者なのかもわからなくなってくるんだ。
それがとても心地よくて、何でも無い誰かになれたような気がして、自分自身をなかったことにできたみたいで、ひどく落ち着くんだよ。
いじめはどんどんエスカレートしていくのに、わたしが抵抗しないもんだから、みんな面白がって、もっとひどいことをするようになる。
でも、気にしなかった。
もうどうにでもなーれ、みたいな。
いっそ、何かの手違いで殺して欲しかった。
ああ、思い出した。
狂ってくると、狂った奴が集まるものでさ。
この頃に変なおっさんに会ったんだ。
自分は作家だと言って、大江健三郎の人間の羊という小説を無理矢理読ませようとするんだ「これが君の未来だ、いやもっとひどいことになるな。」ってね。今思えばヤバイやつだよね。
あの時のわたしは同じくらいヤバかったから、全然気づかなかったけど完全に狂人だわ。確か……。
「これよりひどいんじゃ、わたし死んじゃうね。」
「そりゃあそうだろうな。ひどい死に方をするだろう。」
「じゃあ、わたしが死んだら、わたしのことを書いてよ。好きに使って良いからさ。」
「……その願い、確かに承りました。」
みたいな会話をしたような気がする。
なんとなく、虎っぽいおっさんだったな。
絶対に顔には出さないけれど、常に何かに怒っているみたいだった。だから、虎っぽいのかもしれない。
それからしばらくして、虎の予言は見事に的中することになる。
父さんが、資料を集め終えたから裁判をやると言い出したんだ。その為に本人からこれまで起こったことを全部話す必要があると、そう言うんだ。
冗談でしょ。
これまで起こったことを全部、説明する? わたしが?
そんなことをして、心が保つわけがない。
その後、どんな顔をして学校に通えというのだろう。
猛烈にいじめられるに決まっている。
何も悪いことをしていないんだから胸を張れ?
むしろ、悪いのはあいつらの方だ?
はは、ご立派ですね。
忌々しいくらい、ご立派だ。
その燃えるような瞳に映っているのは父さんの娘なんだろうけど。それはわたしなんかじゃあなさそうだった。
わかるよ、父さん。
正義の味方は楽しいよね。
わたしもKに同じ事をしたんだ。
帰りの会の学級裁判でみんなを味方につけるために、Kに内緒にしてねと言われたことを話した。同情を買えたよ。とても効果があった。
味をしめたわたしは、よそのクラスにも言いふらして回るようになった。そうすることでKを守ってやっているのだと、そう思っていた。
Kが嫌がっても照れているだけだと思っていたし、Kはわたしのことが好きで好きで仕方ないと思っていたし、口では嫌がりながらもわたしについてきてくれるのがその証拠だと思っていた。
でも、今ならわかる。
実際にはそうじゃなかった。
Kには選択肢がなかったんだ。
正確には、わたしに可能性を潰されていた。
わたしだけを好きでいてくれるように、Kが誰かと仲良くする度に拗ねてみせたし。なんなら露骨にいじわるをしたこともある。
わたしよりも賢くならないように、勉強を教える時に手を抜いたりもした。
わたしがいないと困ることを理解させるために、適当な場所に置き去りにしたこともあった。
それでもKがわたしについてきたのは、初めてできた友達だからだ。
学校に希望と抱いてやってきた少女が、初めて手にした関係性だったからだ。
わたしはそれを利用した。
父さんもそうだよ。
わたしの可能性(じんせい)は、父さんに潰されたんだ。
こっちの気持ちを無視して、勝手に怒って、人に話して、話を大きくして、そんなにプライドが傷ついたの?
いじめに負けて娘が不登校になるなんて、恥ずかしかった? 父さんを信じろなんてよく言えたね。
転校する方法があると教えると逃げようとするから、わざと黙っていたでしょう?
協力しないならごはんはなしって、虐待じゃないの? 体重、どれだけ減ったか見せてあげようか?
それでもわたしがついてきたのは、あんたが世界でただ一人の父さんだからだ。
ずっとずっと大好きだった。かけがえのない家族だったからだ。
正義の味方は楽しかった?
血走った目でわたしを見る父さんはまるで悪者みたいだったよ。
性的な被害に遭っていたことは黙っていたのに、それすら公表するつもりなんだ。どこで嗅ぎつけてきたのかな?
父さんは、本当に娘が大切なんだね。
たった二人の家族だもの、そりゃあ大切だよね。
母さんと妹はあんたが殴ったから出て行っちゃったもんね。