テラーノベル
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カーテンの隙間から差し込んだ薄白い朝の光が、相澤の瞼を容赦なく叩いた。「……う、……」重い頭を揺らしながら上体を起こすと、見慣れた雄英高校の仮眠室の天井が広がっている。昨日、深夜の職員室で限界を迎えていたはずの記憶が、濁流のように脳裏に蘇った。(……そうだ。俺は、ひざしの背中に……)最後まで歩く気力すらなく、柄にもなく男の背中にしがみつき、そのまま意識を失ったのだ。自らの無防備さに今更ながら顔が熱くなる。ふと横を見ると、パイプ椅子の背もたれに突っ伏して、豪快に寝息を立てている金髪の男がいた。トレードマークのサングラスはサイドテーブルに置かれ、セットされていない髪がライオンのたてがみのように乱れている。相澤をおんぶしてここまで運び、そのままここで夜を明かしたのだろう。「……馬鹿が。ベッドを使えばいいものを」相澤はベッドから音を立てないように抜け出し、掛け布団をそっとひざしの肩に掛け直した。その瞬間、ひざしの長い睫毛が微かに揺れる。「……ん、……しょー、た……?」サングラスのない、少し眠たげに細められた剥き出しの瞳が相澤を捉えた。いつもなら大音量で響くはずの声が、朝の静寂に溶けるような、掠れた低いトーンで紡がれる。「起きたか。……悪かったな、昨日から巻き込んで」相澤が目を逸らそうとすると、布団から伸びてきたひざしの大きな手が、相澤の手首をきゅっと掴んだ。驚いて見下ろすと、ひざしは眠そうに目を細めたまま、ふにゃりと締まりのない笑みを浮かべている。「いーえ……。つーか、消太の寝顔、久々に見られて役得だわ」「……寝言は寝て言え」「マジだって。お前、寝てるときだけは素直に俺の胸に顔埋めてくんの、反則すぎ」掴まれた手首から、ひざしの高い体温がじんわりと伝わってくる。いつもなら「合理的ではない」と振り払うはずの手を、相澤はやっぱり拒まない。ただ、少しだけバツが悪そうに、長い黒髪で顔を隠すようにして俯いた。「……疲れていたんだ。一時的な錯覚だ」「へえ、じゃあ今触ってんのも、錯覚?」ひざしが身体を起こし、掴んでいた手を滑らせて、相澤の指先に自分の指を絡める。朝の光に照らされたひざしの表情は、いつもの陽気な「プレゼント・マイク」ではなく、一人の男としての真剣さを孕んでいた。相澤は小さくため息をつき、絡められた指の力を拒まず、むしろ微かに握り返した。「……お前がうるさくしないなら、コーヒーでも淹れてやる。……それまでは、好きにしろ」「しゃあ! 今日は一日中、お前の専属ローテンションに付き合ってやるよ」
指を絡め合ったまま、沈黙が流れる。窓の外からは、登校を始めた生徒たちの微かな賑わいが、遠くのBGMのように聞こえ始めていた。ひざしは絡めた指先をじっと見つめた後、悪戯っぽく、だけど酷く優しい手つきで相澤の身体を自分のほうへと引き寄せた。「おい、ひざし……」「静かにしろって言ったのは消太だろ? 俺は声(個性)を出さねえ代わりに、態度で示すわ」引き込まれるまま、相澤の身体がベッドの端へと沈む。至近距離で合わさる視線。サングラスのないひざしの瞳は、朝の光を反射して、いつもより少しだけ熱を帯びているように見えた。ひざしの空いた方の手が、相澤の頬にそっと触れる。大きな、だけどプロヒーローとしての固いマメのある掌が、相澤の肌に心地いい熱を伝えていく。「……お前、本当に調子に乗りすぎだ」口では冷たく突き放すものの、相澤は避けることもせず、その心地よさに身を委ねて目を細めた。昨日、あの広い背中におんぶされた時の安心感が、まだ身体の芯に残っている。「消太が甘やかしてくれるからじゃん。……なぁ、もう一回だけ、あの言葉言ってよ」ひざしが顔を近づけ、鼻先が触れそうな距離で囁いた。「……何の言葉だ」「『お前がうるさくしないなら、好きにしろ』ってやつ。あれ、めちゃくちゃ心臓に悪かったんだけど」「二度は言わん」相澤はふいっと顔を背けようとしたが、ひざしの手がそれを優しく、だけど拒ませない強さで引き止める。そのまま、ひざしの唇が相澤の額に、そして切ないほど優しく、目元の深いクマの上へと落とされた。「……っ、」「昨日も、今も、頑張りすぎ。たまには俺に全部預けろっての」それは、いつも明るいラジオDJの顔ではなく、高校時代からずっと相澤の隣を歩き続けてきた、一番の理解者としての言葉だった。相澤は諦めたように小さく息を吐き出すと、絡めていた指にぎゅっと力を込めた。「……コーヒー、冷めるぞ」「まだ淹れてもいねえじゃん」「これから淹れる。だから……早く離せ」「やーだね。あと5分。……いや、あと10分このままでいたら、美味いコーヒー淹れてやるよ」そう言ってひざしは、今度は相澤の肩に自分の頭を預けて、嬉しそうに背中を丸めた。相澤は窓の外の青空を見上げながら、まあ、たまにはこんな『合理的ではない朝』も悪くないか、と、誰にも見せない優しい笑みを浮かべたのだった。
「……本当に、きっちり十分(じっぷん)測るやつがあるか」「当たり前だろ、消太の『あと十分』なんて国宝級のボーナスタイムなんだからよ!」結局、ひざしに抱きすくめられたまま約束の十分間をきっちり消化し、二人はようやく重い腰を上げて仮眠室を出た。まだ誰もいない早朝の廊下を渡り、給湯室へと向かう。ひざしは相変わらずサングラスを外したまま、寝癖のついた金髪を軽く手で押さえながら、相澤の後ろをペンギンのようについて歩いていた。「ほら、座ってろ。お前が淹れると、どうせアメリカン(薄口)になる」「あ、バレた? 俺、消太の淹れるちょっと苦めのやつが好きなんだよね」ひざしは大人しくパイプ椅子に腰掛け、カウンター越しにコーヒー豆を引く相澤の背中をじっと見つめる。ガリガリと豆を挽く心地いい音が、朝の静かな空間に響く。お湯を注ぐと、香ばしい苦味がふわりと二人の間に広がった。相澤がマグカップを二つ並べ、黒い液体を注いでいく。その手元を眺めていたひざしが、ふと、低く掠れた声で呟いた。「……なぁ、消太。昨日さ、おんぶした時、お前が小さく見えてさ」「……そうか。普通だろ」「普通じゃねえよ。最近また、一人で色んなもん背負い込みすぎてねえ? 目元のクマ、どんどん酷くなってんじゃん」いつになく真剣なトーンに、相澤は手を止めて振り返る。ひざしは机に肘をつき、組んだ手の上に顎を乗せて、じっと相澤を見上げていた。その瞳には、からかうような色は一切なく、ただ純粋な心配と、それから……少しの『独占欲』が混ざっているように見えた。「お前が倒れたら、俺、本気で怒るからな。お前の隣には、俺がいるだろ」「……大袈裟だ」「大袈裟じゃねえよ。俺にとって、お前がどれだけ大事か……まだ分かってねえの?」ひざしが身を乗り出し、カウンター越しに相澤の空いている左手を、今度は逃がさないように上からガシッと包み込んだ。朝の光の中で、ひざしの体温が再び肌に伝わる。相澤は一瞬だけ目を見開いたが、すぐに諦めたように息を吐き、コーヒーの入ったマグカップをひざしの前にトン、と置いた。「分かっている。……だから、昨日もお前だったんだろ」「……え?」「他の奴なら、あそこで意地でも倒れなかった。お前が来たから、気が緩んだんだ」ボソッと、まるで事務連絡でもするかのように淡々と告げられた相澤の本音。ひざしは一瞬、フリーズした。いつもなら余裕たっぷりに攻める側のひざしの顔が、みるみるうちに真っ赤に染まっていく。「なっ……! おま、そういうこと、不意打ちで言うの反則っ……!」「うるさい。コーヒーが冷めるぞ」今度は相澤が少しだけ意地悪く口元を緩め、自分のマグカップを口に運んだ。ひざしは真っ赤な顔のまま、両手でマグカップを包み込み、「あー、もう心臓が持たねえ……」と小さく呻いている。少し苦いコーヒーの味は、いつもよりずっと甘く感じられた。
コメント
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第2話、すごく良かったです…!朝の静かな雰囲気の中で、ひざしさんの優しい執着と、それに応える消太さんのツンデレな本音がたまらなかったです。「他の奴なら倒れなかった、お前だから気が緩んだ」って、もう…心臓に来ました。コーヒー淹れるシーンも、絡めた指も全部が甘くて、ずっと読んでいたくなりました。続きも楽しみにしてます🌙