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あれから、数ヶ月が経った。
俺は監禁されていた場所から、遠く離れた田舎にある喫茶店で住み込みバイトをしていた。
古くてそんなに大きくない喫茶店だが、俺は気に入っていた。
田舎だからそんなに客は来ない。
近所の人たちが来たり、時々旅の休憩所として来る人がほとんどだ。
俺は、家には帰らなかった。
悠斗が怖かった。
また、悠斗は俺を探して俺の家に来るだろう。
兄さんの行方は分かっていないらしく、俺はきっと悠斗が何かしたのだと思っている。
これ以上、俺の周りの人たちに迷惑はかけられない。
この喫茶店も、もう少しお金が溜まったら辞めるつもりだ。
喫茶店では、年老いた店長と、放浪していた俺に声を掛けてくれた店員の女性(加那さん)が働いている。
二人は、俺にあった出来事について何も触れようとせずに、家族のように接してくれた。
そんな二人の優しさに甘えつつ、俺は精一杯働いた。
そんなある日のことだった。
土砂降りの雨が降っている日だった。
「湊くん。ちょっとニンジンが足りなくてさ、私スーパーまで買いに行ってくるから店番してくれる?」
加那さんが申し訳なさそうにエプロンを脱いだ。
その日は、店長が休んでいて二人で店を切り盛りしていた。
「分かりました。任せてください」
「ありがと!夏カレーの注文があったら、ちょっと待って貰うようにお願いしてね!すぐ戻るから!」
「はい」
加那さんはそう言って、急いで店を出ていった。
俺は客のいない、がらんとした店内を見回して、掃除を始めた。
(もうちょっとで夏だもんなぁ…。かき氷とかもメニューに入れたらいいかも)
そんなことを考えながら、厨房の掃除をしていると、カランコロンと扉が開く音がした。
「あ、いらっしゃいませ!お好きな席にどうぞー」
声をかけながら、慌てて掃除道具を片付けていると、入ってきた客が笑った。
「あはは。いいよ、急がなくても」
「すみません。今、店にいるの俺だけで…」
バサッ、と掃除に使っていた布巾が俺の手から滑り落ちた。
聞いたことのある声。
忌み嫌い、もう聞きたくなかった声。
俺はゆっくりと客を見た。
「久しぶり、湊」
黒瀬悠斗だった。
「探したよ。ずっと、ずぅっと探してた。まさか、こんな田舎にいるとは思いもしなかったよ。
ねえ、湊」
悠斗は無表情だった。その表情には、怒りも悲しみも無かった。
それが俺には怖くて怖くて仕方がなかった。
「ご、ごめ」
「良い店だね。広すぎず、狭すぎず、で安心感がある店だ。でも、湊はここで働いている店員に誑かされたんだろ?」
誑かされた?
「違うッ!加那さんは俺を助けてくれた!店長も、優しく接してくれて…、!」
「…ああ、湊は優しいからな。すぐに人を庇う。大丈夫、家に帰ろう?湊はそんなに外に出たかったんだな。分かってやれなくてごめんな。あの部屋だったら満足できなかったんだろ?そうだ、都会のタワーマンションを買ったからさ。そこの最上階で過ごせばいい。湊は高所恐怖症じゃなかったよな?都会の夜景は綺麗だぜ。一緒に見よう」
どんどん話が進んでいく。
やっぱり、こいつは狂ってるんだ。
そして、逃げられないんだ。
「悠斗」
「兄ちゃん、だろ?」
「…もう、抵抗しない。悠斗と───兄ちゃんと一緒にいるから、他の人は誰も傷つけないでくれ
お願いだから」
悠斗は面白そうに目を細めて俺を見つめた。
「分かった。じゃあ、行こうか」
外は、相変わらず雨が降っていて、俺の心のようだった。
俺は悠斗の見るからに高そうな外車に乗り込んだ。
喫茶店を見た。
もう、帰ってくることはない、思い出の場所を。
ありがとう。店長。ありがとう。加那さん。
車はゆっくりと走り出した。
「ただいまー。いやー、雨ほんとにすごかったよー。昨日のうちに買っとけばよかったなー」
「あれ?湊くん?」
「湊くーん?」
「何処行っちゃったの?」