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特別編
第八章 突然の電話
病院へ行ってから、二週間ほどが過ぎた。
少しずつ。
本当に少しずつだったが、千弥の表情には笑顔が戻り始めていた。
「にぃに、おはよぉ。」
「おはよう、ちーちゃん。」
毎朝の健康チェックも続けている。
体温。
呼吸。
顔色。
そして、心の様子。
「今日はどう?」
千景が優しく尋ねる。
千弥は少し考えてから答えた。
「もやもや……ちょっとだけ。」
「教えてくれてありがとう。」
「でも。」
千弥は小さく笑う。
「きのうより、へいき。」
「そっか。」
千景は安心したように頭を撫でた。
「無理だけはしない約束。」
「うん。」
「苦しくなったら、すぐ電話。」
「うん。」
「大学でも我慢しない。」
「やくそく。」
小さく指切りをする。
その様子を見ていた遥も微笑んだ。
「今日は僕も会社にいるからね。」
「何かあったら、二人で迎えに行く。」
「ありがとう、はるにぃ。」
三人は笑い合った。
大学。
午前中の講義。
千弥はいつもの窓際の席へ座っていた。
机の上には、小さなくぅちゃん。
「今日もよろしくね。」
小さく話しかけてから、ノートを開く。
教授の講義が始まる。
「では、前回の続きから説明します。」
教室は静かだった。
千弥も真面目にノートを書いている。
けれど。
三十分ほど経った頃。
「……。」
急に、ペンが止まった。
(……あれ。)
胸の奥がざわつく。
何も起きていない。
誰も怒っていない。
なのに。
(くるしい。)
心臓が速くなる。
呼吸が浅くなる。
(だいじょうぶ。)
(にぃにが、だいじょうぶって。)
そう思おうとする。
でも。
「……っ。」
息が吸いづらい。
指先が小さく震え始める。
隣の学生が気付いた。
「結城くん?」
「……。」
返事がない。
顔色が真っ白だった。
「先生!」
その声に教授が振り返る。
「どうしました。」
「結城くんが……!」
教授は急いで千弥のもとへ向かった。
「結城くん。」
「……せんせい。」
苦しそうな声。
呼吸が乱れている。
「息が苦しい?」
千弥は小さく頷いた。
「……こわい。」
その一言を聞いた教授は、以前千景から受け取っていた書類を思い出した。
『精神的な不調が現れた際は、無理に授業へ参加させず、落ち着ける場所へ移動させてください。必要であれば、家族へ連絡をお願いします。』
教授は落ち着いた声で言う。
「大丈夫。」
「保健室へ行こう。」
「ゆっくりでいい。」
千弥は立ち上がろうとした。
しかし。
足に力が入らない。
その場へ座り込んでしまった。
「無理しなくていい。」
教授は職員を呼び、保健室まで付き添うことにした。
保健室。
静かな部屋。
ベッドへ横になった千弥は、くぅちゃんを胸へ抱きしめている。
「……。」
呼吸は少しずつ落ち着いてきた。
それでも、不安そうな表情は変わらない。
教授は保健室の先生へ様子を説明すると、静かにスマートフォンを取り出した。
登録されている緊急連絡先。
結城千景
迷うことなく電話を掛ける。
その頃。
会社。
社長室では午前の役員会議が終わろうとしていた。
「以上で本日の議題は――」
ブブッ。
千景のスマートフォンが震えた。
画面を見る。
『○○大学 教授』
「……。」
嫌な予感がした。
「失礼します。」
役員たちへ一礼し、静かに会議室を出る。
すぐに電話へ出た。
「結城です。」
『突然のお電話で申し訳ありません。○○大学の△△です。』
教授の落ち着いた声だった。
「千弥さんのことで、ご連絡しました。」
その一言だけで、千景の表情が変わる。
「……何かありましたか。」
『現在、保健室で休んでいます。』
『講義中に突然強い不安が出たようで、呼吸が乱れ、立ち上がれなくなりました。』
『現在は少し落ち着いていますが、かなり不安そうな様子です。』
『お迎えをお願いできますでしょうか。』
「……分かりました。」
千景は即座に答えた。
「すぐ向かいます。」
電話を切る。
その直後。
「ちか。」
いつの間にか遥が立っていた。
「……ちーちゃん?」
千景は小さく頷く。
「大学で。」
「不安発作が出た。」
遥の表情も引き締まる。
「車を出す。」
「お願い。」
「僕が運転する。」
千景は深く息を吸った。
「待ってて、ちーちゃん。」
「今、にぃにが迎えに行くから。」
二人は急ぎ足で社長室を飛び出した。
大学の保健室では、くぅちゃんをぎゅっと抱きしめながら、小さく震える千弥が、兄たちの迎えを静かに待っていた。
特別編 第八章おわり。
特別編 第九章へ続く。
#愛され
𝐀𝐘𝐀_

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コメント
1件
うわあ……第八章、読み終えました。 千弥くん、少しずつ笑顔戻りつつあったのに、また発作が出ちゃったんですね。保健室で「こわい」って言ったところがすごく胸にきた……。 無理してるつもりじゃなくても、身体が正直に反応しちゃうんだなって。 でも、教授が落ち着いて対応してくれたのと、にぃにたちがすぐ迎えに行くって決めたところ、すごく安心しました。 くぅちゃん抱きしめて震えてる千弥くんを思うと、早くにぃにが着いてほしいって祈る気持ちになりました。 続き、気になります。