「セーンパイ♡美味しいですか?」
普段の様子からは想像もつかないような甘い猫なで声に、最初こそは驚いたがもう慣れた。
「ああ、美味しいよ。」
口の中に甘ったるい風味と香りが広がる。
朝焼けをそのまま映したような綺麗な橙色の彼は、満足そうに微笑んでいた。
そんな彼を可愛らしいとも思いながら、必死に手と口を動かす。
目の前には、まだまだたくさんのケーキが並べられていた。
東雲くんに告白したのは、丁度1か月程前。
彼は後輩で、僕が3年に進級してからは接点も増えて段々彼の事が気になるようになっていた。
「いただきます。」
東雲くんは何かを食べる時、必ずそう言う。
当然といえば当然だが、僕は何となく彼のその言葉が好きだった。
彼の食べっぷりは見ていて気持ちのいいもので、よく食事に誘ってみたりもした。
東雲くんはパンケーキやチーズケーキなど、甘いものが好きらしい。
コーヒーは苦手みたいで、必ずミルクと角砂糖を3つ入れる。
好きな物を食べている時の彼は何とも幸せそうで、見ているこちらまで幸せな気持ちになってしまう。
普段はどちらかというとぶっきらぼうで素直じゃない彼だけど、そのギャップが何とも可愛らしい。
そんなこんなで思い切って告白し、何とOKをもらって晴れて恋人になれてしまった。
付き合ってしばらくした頃、屋上で昼食をとっている時に”そういう雰囲気”になった。
僕は恋愛経験が無かったもので、動揺して本当にかっこ悪いところを見せてしまったと思う。
対して東雲くんは慣れたようにスマートだった。
気が付いた時には唇を奪われ、完全に主導権を握られた。
イマドキの若い子はこんなに積極的なのか…!と、我ながらオジサンじみた事を思った記憶がある。
初めてのキスに恥ずかしさと困惑を隠しきれない僕とは違い、東雲くんはペロッと唇を舐め、まるでケーキを食べた時のように美味しそうな顔をしていた。
その様子に普段からは感じられない色気を感じ、少し戸惑ったのを覚えている。
そんな僕の様子を楽しむかのように、彼は言った。
「センパイ。パンケーキ食べに行きません?」
「わぁ…すごいクリームの量だね。」
東雲くんからの誘いで、期間限定のパンケーキを食べに行った。
「今、クリーム増量中らしいっすよ」
普段目にすることのない程のクリームの量に、流石に少したじろいだ。
「いただきます。」
山盛りのクリームと三段のパンケーキを、美味しそうに次々と幸せそうに頬張っていく。
そんな彼を見ていると、僕も自然とフォークが進んだ。
元来、甘いものは好きな方だし、東雲くんとこうしてカフェでケーキを食べるのも好きだった。
気が付けば、僕もパンケーキを食べ終わっていた。
「センパイも意外とたくさん食べるんですね。」
そう言った彼はとても嬉しそうだった。
「ふふ、まぁ男子高校生だからね。それに、僕も甘いものは好きな方だから。」
嬉しそうな東雲くんを見ると、僕まで嬉しくなってしまう。
「じゃ、また来ましょうね。」
「ふふ、もちろん。」
付き合ってから2週間程経ったある日、クラスメイトからお土産と言ってお菓子をもらった。
いつも通り屋上へ行き、昼食を食べた後にそのお菓子を食べようと取り出した。
すると、東雲くんに手を止められた。
「センパイ、それ何すか?」
「ん?ああ、クラスメイトからもらったお土産のお菓子だよ。東雲くんも食べるかい?」
東雲くんにお菓子を差し出すと、少し乱暴に取り上げられた。
「…俺、これあんま好きじゃないです。」
そう言うなりお菓子をゴミ箱の方に放り投げた。
お菓子は綺麗な放物線を描き、見事にゴミ箱に入る。
「ち、ちょっと、東雲くん?!急に何するんだい?」
突然のことに怒りよりも驚きが勝ち、その理由を知りたくて仕方なかった。
「?センパイが俺の好きじゃないもの食べようとしてたから止めただけですけど…?」
悪びれもせず、キョトンとした顔で彼はそう言い放った。
「は、はぁ…??」
イマイチ理解が出来ず、間抜けた声を出してしまう。
「だって、俺センパイのこと好きなんですもん。好きな人には、好きな物だけ食べて貰いたいじゃないですか。」
自分は正しいと信じて疑わない彼の様子を不審に思うよりも、「好き」という言葉に顔を赤らめてしまった。
「それよりもセンパイ。俺もお菓子持ってきたんで、これ一緒に食べましょ。」
「…あぁ、そうだね。」
彼に無邪気な狂気を感じながらも、僕はそれに気付かないフリをした。
それからだっただろうか。
段々と、彼の束縛…とまではいかないかもしれないが、食べる物を制限されることになった。
一つ、前提として人参は絶対に食べないこと。(これに関しては願ったり叶ったりだ。)
二つ、彼が許可したもの以外は絶対に口にしないこと。(ただ、母さんの手料理なら何でも食べていいらしい。理由は、”好きな人の母親が作ったものなら俺も好きなはずだから”だそうだ。)
そして、更に付け加えると青柳くんから貰ったものも食べていいらしい。
理由は”冬弥が俺の嫌いなものを渡す訳が無いから”だそうだ。
そこまで信頼されている青柳くんが、ほんの少し羨ましい。
ただ、彼の言う通り青柳くんがたまにくれるお菓子や食べ物は、全て東雲くんの好きそうなものばかりだった。
東雲くんはどうやら、司くんの事があまり好きではないみたいだ。
本当は僕が彼と会話するのも嫌らしいが、ショーの事もあるので渋々容認してくれている。
僕は司くんを”ショーの仲間で友人”としか思っていないから、安心して欲しいのだけれど…
「む、類。お腹空いたのか?飴ならあるぞ!」
ある練習の日の合間、司くんに小袋に入った市販の飴を貰った。
「あぁ、すまないね。ありがとう。頂くよ。」
飴は市販の物だったし、味もイチゴで彼は嫌いじゃないはずだから素直に受け取った。
だが、それが間違いだったみたいだ。
翌日、何故か彼には気付かれてしまい、問い詰められた。
「センパイ、約束しましたよね?俺が許可したもの以外は絶対に食べないって。」
どうやら怒っている様子の彼を見て、不安になり必死に弁明した。
「ご、ごめん…!市販のものだったし、イチゴ味で君も嫌いじゃないと思ったから…」
そう言うと、彼の顔が一気に明るくなった。
「え…食べる時、俺のこと考えてくれたんですか…?」
彼の問いかけに頷くと、彼はさっきまで怒っていたのが嘘のように笑顔になった。
「ならいいです!あ、でも、これからは約束破らないで下さいね。」
一気に機嫌が良さそうになったと思えば、そう言って”次は無い”と釘を刺される。
「そうだ。センパイ、今日はチーズケーキ食べに行きません?美味しい店見つけたんです!」
「ふふ、それは楽しみだね。もちろん行くよ。」
最近は2日に1回程の頻度で、東雲くんとスイーツを食べに行っている気がする。
流石に食べ過ぎかとも思うが、お腹と同時に心も満たされるから中々断れない。
「センパイ、いいですか?」
2人でカフェに行った帰り、必ず彼はキスをしたがる。
「…あぁ、もちろん。」
少し恥ずかしいけれど、僕がそれを拒む理由は無かった。
「ん…ふ…っ♡」
ゆっくり、まるで味わうような深いキス。
思わず洩れてしまう自分の嬌声が、何とも聞いてられない。
好きな人とのキス一つで、僕はいっぱいいっぱいになってしまうのに対して、相も変わらず東雲くんは余裕そうだ。
いつものようにペロッと唇を舐め、美味しそうな顔をする。
「センパイ…その状態で帰れます?」
「ん……え?」
まだキスの余韻が抜けず、間抜けた声を出してしまう。
「俺は帰したく無いんですけど。」
余裕そうだと思っていた彼の顔は、よく見ると何かを必死に抑えているような顔をしていた。
(ま、まさかそのまま東雲くんの家にお邪魔させて頂けるとは…!)
カフェ帰り、東雲くんに誘われるがまま彼の家へとお邪魔していた。
(ご両親とお姉さんも今日はいないから泊まっていいですよ…って、これって”そういう”お誘い、だよね…!?)
部屋に来る前からもずっと心臓がドキドキしていて、このまま一生分の心拍数を使い切ってしまうんじゃないかと思うほどだ。
「センパイ。」
「は、はいっ!?」
声をかけられた方へ振り返ると、そのまま唇を奪われた。
「んっ…!?♡」
キスをしながら、流れるようにベッドの方へ押し倒された。
「え、ちょ、東雲くん?!///」
恥ずかしさと驚きで思わず顔を隠してしまった。
「なんですか?」
彼は顔を隠したことに対して少し不満そうな顔をしている。
「い、いや。そういうのはまだ早いんじゃないかな〜…とか、思ったり…僕らまだ高校生だし…」
ごにょごにょと、在り来りな言い訳を並べてみたが、すぐ東雲くんに口を塞がれた。
「センパイは、嫌なんですか?家に来て、泊まるって…”そういうコト”って分かってたんでしょ?」
真っ直ぐ甘えるような目で見られると、何でも受け入れたくなってしまう。
「ぅ…わ、分かってたけど…僕、初めてだから…」
自分で言ってて恥ずかしくなり、また手で顔を覆った。
「それに、女の子でも無いし…君を満足させられる自信が無いんだよ、」
反応を見るのが怖くて、ギュッと固く目を閉じた。
少しの沈黙があり、流石に女々しいと呆れられたかと不安になった時…
「大丈夫ですよ。センパイは今、誰よりも俺好みで美味しいハズですから。」
「…え?」
予想外の返答に、思わず目を開けた。
さっきは気が動転していて気が付かなかったが、何故かベッド付近の机上に包丁が置かれている。
「やっぱこういうのはお互いの同意が無いと…と思って、ヤってる最中にしようと思ったんですけど、」
僕が包丁の存在に気付いたことを察してか、彼は包丁に手を伸ばした。
「センパイ、俺のこと好きですか?」
包丁を片手に、ニコッと微笑んでそう聞かれた。
頭の中は混乱していて、言葉が見つからない。
「す……好き…だよ、」
やっと絞り出した声は少し震えていて、か細かった。
「俺も大好きです♡」
「大好きで大好きで…本っ当に……今のセンパイ、俺の大好きなものでいっぱいで美味しそう…♡」
こちらを見る彼は、パンケーキやチーズケーキを前にした時よりももっと蕩けていて、紅潮している。
「ねぇセンパイ…♡そろそろイイですか…?俺、ずっとずっと我慢してきたんですよ、」
包丁の柄の部分で、首筋をすぅっとなぞられた。
ひんやりとした感覚が首筋から伝わる。
「君は…僕を食べたいのかい?」
「はい♡」
僕の確認に、間髪入れずに答えられた。
僕は変なのだろうか。
先程から胸の高鳴りが激しくなっている。
初めは恐怖でドキドキしているのかとも思ったが、これは違う。
期待してしまっているんだ。僕は、彼に食べられるのを。
僕は、彼に食べられたいと思ってしまっている。
「…東雲くん、」
僕は彼のシャツを引っ張って顔を近づけ、そのまま口付けた。
「食べてよ。君の好きな僕のまま、全部あげるから。」
彼は一瞬驚いたような顔をしたと思ったら、泣き出してしまいそうな、心底嬉しそうな顔になった。
「…やっぱり、センパイのこと好きになって良かった、」
ポツリと一言呟いて、また真っ直ぐこちらに向き直った。
やはり、僕は彼が好きだ。
きっと、僕はずっと前からこれを望んでいたんだろう。
いつものように、彼はペロッと唇を舐めた。
「いただきます♡」
コメント
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ケーキバース!?と思ったら違ったけどしっかり面白くて今語彙力消し飛んでる…😫好き…🫶💕💕💕
今まで彰人くんが好きなものを食べさせてたのって、いつか類くんを本当に"食べる"ため…? 包丁取り出したってことは、類くんの体をひとつ残らず"食べる"ってことだから、好きな物で埋めつくして美味しく食べようってことかしら…? だとしたら怖いわ…そしてホラー書くの上手すぎなあかまるちゃんすごぉ…背筋ひんやりとしたわ
大好きです…😭 最後の方で「センパイを好きになってよかった」って言っていたのは今まで食べさせてくれる人がいなかったのと、その食べさせてくれなかった人の中に🌟がいたんじゃないかな…(あかまる様の地雷を突き抜けたら本当にごめんなさい)って一人で妄想して発狂してます