「聖くん。起きて。1時だよー」
ユッサユッサと揺さぶられる。
「うーん。ご飯の時間か?」
「もう!寝ぼけてないで起きて!お月様にお願いする時間だよ!」
はっ!そうだった。
「わかった。シャワーを浴びてくるよ。後、もし向こうに行けたら一度こっちに戻れるか試すからな?
今日は4時に月が沈むから、向こうで朝を待たないと行けない。
ちゃんと準備しといてくれよ」
「任せなさい!もう出来てるよ!」
なんか変なポーズをとってたけど、俺はそれを無視して風呂場に向かった。
シャワーから上がった俺は月を見る。
「もう中天から大分外れているな。準備して始めるか」
寝室に着替えのために入ったら、何故か聖奈さんもついてきた。
「着替えるんだけど?」
「だって…もしかしたら、置いていかれるかもしれないし…」
「そんなことするわけないだろ?
むしろ聖奈が転移出来なかったら俺の方が落ち込むぞ?」
「ありがとう!わかった!」
そういって聖奈は居座った。
「…何で?」
「だって、片付けている私のパンツとか、こっそり見られるかもしれないし」
「見んわっ!」
「きゃー。たすけてー」
バタンッ
聖奈は出て行った。
相変わらずの棒演技だな……
準備を終えた俺は、聖奈を寝室に呼ぶ。
「遂に、結ばれる時が来たんだね!」
「何か語弊があるからやめろ。
準備はいいな?」
「うん!」
その返事を聞き、俺は月を見上げて語りかける。
「月の神様。聞こえるか?お願いがあるんだ。応えて欲しい」
『あれ?なんか部屋が変わったね。それに知らない人もいるし』
「月の神様!良かった!おい。聖奈。お願いしろ」
俺は聖奈を見るが、聖奈はピクリともしない。
『無駄だよ。今は私と貴方の時間だから。お願いって何かな?』
そうなのか……
「願いはこの隣にいる女性にも、転移と翻訳の能力を授けて欲しいんだ」
『それは無理。転移の力を与えられるほど、私に■■▼がまだ溜まっていないの。
言葉の能力は与えたわ。後は貴方が連れて行ってあげて。
他の人では試さないでね。死んじゃうから。
この子も少し特別な……時間ね。またね』
「あっ!ちょっ!」
それから月の神様の声は聞こえなくなり、代わりに……
「あちょ?あちょー!って、真面目にしてよ!」
聖奈さんの拗ねた口調に、俺は神妙な面持ちで答える。
「もう終わった」
「えっ…終わったって?」
「聖奈に転移の能力は与えられないって言われた」
普段、揶揄われてるからお返しだぜっ!
「そ、そう…なの」
そろそろバラそうかと思った時。
「ご、ごめんね。役立たずで。
でもっ!こっちで頑張るからっ!私!頑張って聖くんを支えるからっ!」
月明かりに照らされ、涙を流しながら必死に言葉を紡ぐ聖奈さんがあまりにも綺麗で…俺はすぐに言葉が出てこなかった。
「ごめん。言葉が足りなかった。
能力は与えられないけど、俺が転移させられるって言ってたよ。
聖奈も特別なんだって。
他の人は転移させたら死んじゃうんだって」
それを聞いた聖奈さんは、きつく抱きついてきて大泣きをした。
俺も貰い泣きしかけたのは、ここだけの秘密だ。
5分くらいそうしていたら泣き止んだ聖奈さんが、幼児の様な拗ねた表情を向けてきた。
「もう!聖くんの意地悪っ!」
「ごめんって!異世界に連れていくから許してくれよ」
「し、しかたないなぁ?そこまで言うなら…」
異世界って聞いた瞬間機嫌が直るとは……
異世界パワーすげぇな。
「じゃあ、気を取り直して行きますか!」
「うん!それで?私はどうしたらいいの?」
しまった……
「…聞いてない」
「そ、そう。でも、こういう時はくっついていたら大丈夫だと思うよ。
それでいこ!」
某有名アニメの瞬間移動理論か。
「わかった。じゃあ気を取り直して」
俺がそう言うと、聖奈さんは俺の腕に抱きついてきた。
「異世界に行きたい」
月に願った言葉は、いつも通り聞き遂げられた。
「ん?目は開けていても大丈夫だぞ?」
満天の星空で照らされた街道と、遠くに街の城壁が見える。
「うわーすごーいっ!」
恐る恐る目を開いた聖奈さんは、大きな声をあげた。
小学生並みの語彙力になった聖奈さんの口を、俺は慌てて塞ぐ。
「静かに。近くに人がいないとも限らないからな」
腕の中の聖奈さんがコクコクと頷いたので、手を離した。
「あれが、聖くんの言っていた街?」
「そうだ。夜が明けたらあの中にいくぞ」
「やっとだね!楽しみ!」
「設定は忘れてないよな?」
「私が考えたんだから忘れる訳ないよ」
設定とは、聖奈さん自身と二人の関係のことだ。
「やっぱり兄妹にしないか?名前の響も近いし」
「ダメっ!兄妹だと、聖くんにつく虫を撃退出来ないじゃない!」
俺に付く虫はホントの虫だけだぞ……
まあ、聖奈さんに付く虫除けに俺がなれるからいいのか。
「それと、俺の呼び名はセイな。こっちではいつもそう呼ぶようにしてくれ。
後、月の神様が、こっちの言葉がわかる能力を与えてくれたぞ。
日本で使ってる単位で通じるから、凄く助かるぞ」
「やった!月の神さまに感謝しなきゃだね!」
一通り話したら、次の行動へと移る。
「とりあえず確認の為、一度戻ろう」
そう告げて、月が沈む前に往復した。
聖奈さんが無事に往復できることを確認した俺は、朝日を待った。
「あっ!セイくん。日が出てきたよ!」
太陽はまだ出ていないが、早く街へ行きたい聖奈さんは、空が明るくなってきて待ちきれなくなっていた。
「わかったよ。行こうか。でも、はしゃぎ過ぎないようにな」
「うん!」
元気な聖奈さんの返事と共に、俺たちは街へと向かった。
あれ?聖奈さんこっちにきてからキャラ変わった?なんか妹キャラっぽい……
いかん!聖奈さんはしっかり者のお姉さんキャラだっ!
決して、俺の庇護欲を擽る妹キャラではないのだ!
「何してるのー!早く行こーよ!」
断じて違うのだ……多分……
街の入り口に着いた俺は、いつもの兵士に挨拶をする。
「おはようございます。今日は連れもいますが、まだ登録していないので入市税を」
俺はお金と自分のカードを出した。
カードを返してもらいながら、兵士が聞いてくる。
「美人さんだな。奥さんか?」
「いえ。まだプロポーズしてくれないのですよ」
兵士の問いに、聖奈さんがとんでもない言葉を返した。
「はははっ!そうか。セイに愛想を尽かしたらいつでも声をかけてくれ。若い兵士を紹介するよ」
「ふふっ。ありがとうございます」
俺は置いてけぼりの会話だった。
街に入ると見るもの全てが新鮮な聖奈さんは、興奮のバロメーターを振り切っていた。
「可愛い!見て、セイくん!お家に煙突がついてるよっ!レンガの煙突があるお家なんて素敵っ!」
テンションたけぇ……
「聖奈。まだ朝早いから、静かにな。一先ず宿で部屋を取ろう」
「セイくんが言ってたご飯の美味しいところだねっ!やったぁ!」
妹キャラ出さないで下さい……
宿に着いた俺は、注文の前におばちゃんに話しかける。
「今日は空いてるかな?二人なんだけど」
聖奈のことを二度見したおばちゃんは、目を丸くした。
「あらあら。セイくんも隅に置けないわね。奥さんかしら?」
またこのやりとりかよ……
「いえ。仕事が同じで、まだお付き合いしてるところなんです。
よろしくお願いしますね」
「そうなのぉ。わかったわ。じゃあ同じ部屋で大丈夫ね。
2階の一番奥の部屋だからね」
話には入らないが、言わなきゃならないことは伝える。
「4日分部屋をキープしたいけどいいかな?泊まれない時もあると思うけど」
「料金が貰えたらこっちは構わないよ。二人だけど一部屋だから一泊7,000ギルだね」
俺は大銀貨3枚を出し、おつりを受け取った。
「おまけで今日の朝食をつけてあげるから、準備が出来たら降りておいでよ」
二人で感謝の言葉を伝えたら、部屋へと向かう。
「宿の人。いい人だね」
部屋で荷物を下ろし、ベッドに腰掛けた聖奈さんが感想を漏らした。
「そうだな。ここの目玉はご飯だから楽しみにな。
その前に、カバンに砂糖を詰めに帰るぞ」
聖奈さんがカバンに余計な物ばかり詰めてくれていたので、砂糖を入れに帰ることにした。
なんでカバンにトランプが入っているんだよ……
必要なものだけ宿に置き、鞄の中身を白砂糖の入った瓶で埋めた俺達は、宿に戻って朝食の席に着いた。
「ホントだ!美味しいねっ!」
「ああ。夕食はもっと美味いぞ」
「楽しみっ!」
無邪気に喜ぶ聖奈さんと手が止まらない俺に、近くにいたおばちゃんが声をかけてきた。
「そんなに喜んで貰えたならサービスした甲斐があったね!
これはおまけだから食べな」
おばちゃんがカットフルーツをオマケしてくれた。
俺だけの時と対応が違い過ぎませんか…?
朝食を食べた後は商人組合まで歩いていく。
途中の市場にフラフラと吸い寄せられていく聖奈さんを止めたりしながらも、なんとか目的地に辿り着いた。
「おはようございます。ハーリーさん。こちらは仲間のセーナです。
いつもの部屋は空いてますか?」
「おはようございます。セイさん。
美人な方を連れていたので、一瞬誰だかわかりませんでしたよ」
ハーリーさんも軽口を叩いてから、部屋へと案内された。
「初めまして。セーナと言います」
聖奈さんはペコリとお辞儀して挨拶をした。
「初めまして。セイさんにはお世話になっています。奥様ですか?」
またこの話題かよ……
テンプレと化した話しが終わり、商売の話へ。
「これが今日の入荷分です。売れ行きはどうですか?」
テーブルに白砂糖を並べて問う。
「順調ですよ。予定通り大口の注文が入っていますが、希少価値を出す為にも販売は組合ごとに同じ分にしています。
それと今回までの売り上げですが、2,900,000ギルになります。どうしますか?」
「以前にお願いしていた馬車を買いたいのですが、その前に二つお願いがあります」
「二つですか。なんでしょう?」
「まずはこちらのセーナを商人組合の組合員に登録してください。二つ目は、私たちが不要の時に馬車を預かって欲しいのです」
「それでしたら、預かり料を頂ければ制度としてありますよ。セーナさんの登録ですね。わかりました。
登録費も売り上げから引いておきます」
「わかりました。ありがとうございます。ではそれらを引いた売り上げを頂きます」
ハーリーさんはお辞儀をした後、部屋を出ていった。
「セイくん!凄いね!本物の商人さんみたいだったよ!」
一応本物の商人さんなんですが……
金払えば誰でもなれるけどなっ!
褒めているのか揶揄っているのか分からない言葉を受け流していると、ハーリーさんが戻ってきた。
「では、こちらが残りの売り上げと新しい預かり証、セーナさんのカードになります」
ジャラッ…
「2,900,000ギルから1,210,000ギルを引いた1,690,000ギルになります。お確かめ下さい」
金貨16枚と小金貨1枚、大銀貨4枚と証書を受け取った。
聖奈さんは大切そうにカードをしまった。
「では、馬車まで案内します」
そう告げたハーリーさんに付いて行く。
どうやら馬車置き場は、商人組合の裏手にあるようだ。
「こちらの馬車になります。馬はあちらの馬ですね」
馬車は丈夫そうな革の幌がついた、真新しい立派な物だった。
馬は手前の馬房に入れられている、まだまだ若くて元気そうな馬だ。
馬の見た目なんて知らんけど……
組合が今更俺に変なものを掴ませることはないだろう。
信じてるぞっ!
「ありがとうございます。とりあえず今は預かっていて下さい。預かり料はいつ払いますか?」
「少し待って下さいね。
トムっ!こっちにきてくれ!」
男性が近づいてくる。
「こちらは馬の世話係のトムです。預かり料は引き取る時にトムに渡して下さい。
トム。こちらは若いが、凄い人だから失礼のないようにな」
「トムといいます。馬車と馬は大切にお預かりします」
「セイです」「セーナです」
一先ず馬車を預け、俺達はその場を後にした。
だって、街中に行きたい聖奈さんを抑えられそうにないんだもん。
残金
1,440,000円
100,000+1,690,000-28,000=1,762,000ギル
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