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部屋の外では、マルチーズが戸をガリガリやっている。犬は頭がよい。ああしていれば、健太が開けなくても父か母のどちらかが開けにきてくれることを知っている。
「わかった。待て」
ついに健太は引戸をずらした。幅1センチに満たない縦長の空間から、居間側に白い物体が動いているのが見える。犬が身体をくねらせて尻尾を振っている様子までは、健太には見えていない。
彼はベッドの枕元にある「コンソメ風味」と書かれたアルミ袋をつまみ上げた。口を縛っている洗濯ばさみをはずし、袋を逆さにする。手のひらに降りてきたものは、細かい葉切ればかりだ。それでも、彼の小さな手のひらを埋めるくらいにはなった。
戸際に戻ると縦長の隙間は広がっていて、そこにマルチーズの黒い鼻が食い込んでいる。鼻息が荒い。低音が響く。
「ウー……」
しーっとくちびるに人差し指を立てるが、効き目は全くなかった。戸をもう少しだけずらすと、川の決壊のごとく、犬は身体をくねらせ一気に部屋に侵入してきた。絨毯の上を弧を描いて二週、三週と回り、ポテトチップスを包む健太のこぶしめがけて立ち上がる、ジャンプする。手のひらの隙間からいくつか欠片がこぼれると真剣な目でそれを追い、ぺロッと一口しては健太のひざ、胴、腕をチョイチョイする。
「待て、まて」
自分の、いや犬の好物をつつんだこぶしだけ戸の向こうの居間へ持っていくと、マルチーズは部屋を出た。手を開き逆さにすると、揚げたじゃがいものかけらが、畳の上にこぼれる。手のひらに残る粉っぽい油脂を、スラックスの腿で拭いた。
戸を閉める。台所側にいる母の顔と父の背が一瞬見えた。健太は肩をなでおろす気分になる。
ところがマルチーズは瞬く間に食べ終わり、低音で唸り始めた。ここ掘れワンワン、両親に気づかれては困る。健太は絨毯に膝をつき、背をかがめ、ベッドの下から缶を拾って蓋を開けた。楽しみに取っておいたビスケットをそこから二枚まで割る。一枚を四つに砕いたから、欠片は八個ほどになった。ひとつずつ部屋の外に投げるたび、マルチーズはゴムまりのように飛んでいく。全部投げて、部屋に戻ってベッドの下に缶を戻す。
大人しいので居間を見ると、さっき健太が座っていた座布団の上で横になっていた。