業界の事や、色々捏造しまくりなので、ご容赦ください。
【Loneliness】
その日は、どこか妙に晴れていた。
スタジオ入りの少し前、元貴はコートの襟を立ててビルのガラスに映った自分の顔を見つめていた。
痩せた。
目の下にうっすら影がある。
唇は乾いて、表情がうまく作れない。
それでも、足は止まらなかった。
止まれなかった。
それがプロだから。求められるものに応え続けるのが、自分の“仕事”だから。
部屋の奥で例の社長が腕を組んでいた。
「で?また持ってきたの?」
「はい……修正したものを」
提出した音源が再生される。
さわやかで繊細なメロディ。だが、空気は冷えたままだった。
「……ふうん。まぁ、悪くはないけどさ。なんか、前の方がマシだったんじゃない?」
「……」
「いや、それ以前に……なんか“こもってる”感じがするんだよね。音に抜けがない。歌詞も、今回のCMには似合わないっていうか……うん、全体的に“浅い”。わかる?」
それは音楽の話ではなく、個人攻撃に近い言葉だった。
だが元貴はただ、スマホを開いて、何も言わずメモを取ろうとしていた。
「……どうなんだ? 何か言ったらどうだ?」
「……」
頭を下げる。
すみません――そう言おうとした。
だが、喉が詰まった。
何も出てこない。
口は動いた。だけど、空気しか出なかった。
声帯が凍りついたみたいに、乾いた息音だけが漏れる。
(……あれ……?)
体の奥にあるはずの“言葉”が、まるで霧の向こうに消えたようだった。
「おい、なんだよ。返事もできないのか?礼儀まで失ったのか?」
その瞬間、胸がひゅっと狭くなった。
肺が膨らまない。酸素が入ってこない。音が聞こえなくなる。
(まただ……)
(……やだ、やだ、やだ……)
指が震え、体がかすかに揺れたと思った次の瞬間、元貴の体はゆっくりと、真後ろへと倒れ込んだ。
社長の声も、スタッフの叫びも、何も届かなかった。
⸻
病院・夜
病室の前の長い廊下に、滉人の足音だけが響いていた。
呼び出されたとき、何が起きたのか、言葉では説明されなかった。
「大森さんは現在、心因性の失語症の疑いがあります」
医師の言葉が重く、鈍く、脳に沈んでいった。
「精神的ストレスが極度に高まった結果、“話す”という行為そのものに脳がブレーキをかけてしまった状態です」
「……治りますか?」
「絶対ではありません。ですが、まずは休息が必要です。長期間、強いプレッシャーや自己否定を抱え続けると、こうした状態になることはあります」
(……そこまで、だったんだ)
病室のドアを開けると、ベッドに横たわる元貴がいた。
目は開いていたが、虚ろだった。何も見ていないような、でもずっと何かを見つめているような、そんな目。
滉人は、何も言えなかった。
だって――言葉をかけるたびに、その重さで彼を潰していたのかもしれないと、思ったから。
(俺はずっと、隣にいたつもりだったのに)
(なのに、元貴は……独りだったんだ)
ふと、視線が交差した。
「……元貴……」
小さく呼んでみる。
でも彼は、声では返してこない。
代わりに、指先が、ゆっくりと毛布を掴んだ。
(ちゃんと、届いてる)
滉人はベッドの脇に膝をつき、彼の手にそっと自分の手を重ねた。
「もう、言葉なんかいらないよ。喋れなくても、元貴は元貴だ」
「お前の代わりに、俺がしゃべってやる。お前が戻ってくるまで、ずっと横にいる」
「お前が声を失っても、俺がお前の声になる」
その言葉に、元貴の瞳がかすかに揺れた。
そして、一筋の涙が、頬を伝った。
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