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───魔王ハーデスは隠しきれぬ困惑を露にしていた。
メインがその疲れを取るため村にあった唯一宿に向かい、疲れてすらないハーデスはカルラ村を見て回る事にした。
そして、奇しくも2人は会遇してしまった。
黄昏の勇者アルフォート。
『destiny』の主人公にして、ハーデスの記憶にもある不倶戴天の敵。
ハーデスの記憶によれば、勇者はあっさりと殺されているがそれは大幅な弱体化があったからだ。
神の加護が充分にあった勇者であればハーデスにすら傷を与えたであろう。
それでもあまり強い印象を抱けないのは、ゲームの所為か。
だが、目の前にいる勇者から発せられる強大なオーラと威圧感からその考えは簡単に消えた。
目の前にいるのは、弱体化した勇者などではなく全盛期の頃の勇者。
ハーデスに匹敵する存在感からそう判断した。
だからこそハーデスは困惑を隠しきれずにいた。
勇者のあまりにちぐはぐな姿に。
金糸のように細く繊細な柔らかな金髪。
まるで海ののようなマリンブルーの優しげな瞳。
本から出てきた王子様のように、その顔は美しく無駄なく整っている。
180cmほどの長身に程よく筋肉のついた健康的な肌。
そのあまりに完成された姿は、神が自ら造形したかのような非の打ち所のない美青年といった印象を受ける。
そうここまではいい。
問題なのは、この次である。
王子様のような端麗な顔を台無しにする頭に巻かれた黒いあまりにダサいバンダナ。
『明日から本気出す』と文字の入った黒いTシャツに同色のズボン。
サム・ブラウン・ベルト、又は刀帯と呼ばれる刀や拳銃を携帯する為に使用されるもので何故か帯刀している木刀。
───例えハーデスで無くても、その不似合いな格好に困惑を隠す事は出来ないであろう。
神の手掛けたものが人の手によって汚されていくのを見るような気持ちである。
ハーデスの記憶にも、佐藤 淳の記憶にはない明らかに浮いている勇者の服装。
知っている人物だ、だかこんな格好の奴は知らない。
と言うか関わりたくない。
ハーデスは今すぐにでも踵を返したい気分であった。
それでもそうさせないのは、勇者の放つ存在感故。
可笑しな格好をしていようと目の前にいるのは勇者なのだ。
魔王の最大の宿敵と言える存在に無防備に背を向かるような馬鹿な真似は出来ない。
気を引き締め、目の前の勇者を見るとある変化に気付く。
勇者の顔が引きつっている。
そこから見る見るうちに青ざめていき、見ているこちらが可哀想になるぐらいその顔は恐怖に染まっていた。
そして───。
「何故、『destiny』のラスボス、ハーデスが此処にいるでござる!」
───その一言にハーデスは固まった。
「むむ、無理でござるぅ!
某が魔王と闘うなど蛙にバク転を強要するが如く所業でござる!
このような話、某は聞いていないでござるよ」
はっ、とあまりに間抜けな声がよもやハーデスから出るとは思わなかった。
勇者の言葉に固まるハーデスを気にすること無く、否気にする余裕すらなく勇者は続ける。
「どういう事でござる。
『destiny』の勇者の体で転生する事は知っていたでござるが全く別の異世界に魔王がいるなど某は聞いていないでござるよ。
女神アリア氏は某に嘘をついたでござるか?
某が何時も来ている服装の方がいいと女神の親切を拒否したから⋯⋯なんという事でござる!
だからといって、魔王がいるなど酷すぎるのではなかろうか!」
怒っているような嘆いているようなよく分からない勇者を見て、ハーデスは落ち着きを取り戻していた。
そして勇者の口から漏れた幾つかの情報から、ある結論に至っていた。
(こいつ、俺と同じ世界のやつだ)
その上、クソゲーと名高い『destiny』をプレイした事があると見える。
しかも少なくともある程度はゲームをこなしている。
出なければ『擬態』前のハーデスならともかく、今のハーデスを見て魔王だと分かる奴はそういない。
それこそ、『destiny』のイベントで『擬態』したハーデスを見ない限りは。
(俺と同じゲーマーか、あるいはただのオタクか。
どっちかは分からないが俺とハーデスの記憶にある|勇者《アルフォート》ではないのは確かだ。
勇者の姿をした、俺と同じ世界の人間。
だが、俺とは境遇が違うようだな⋯⋯。
幾つか聞き慣れない単語が出てきたし)
転生、女神、その言葉で自分とは違うというのはよく分かった。
だが、それでも情報が足りない。
せめてあと少し情報が欲しい所であるが、うわぁぁぁと叫んでいる目の前の|勇者《ソレ》にこれ以上の情報は期待出来ない。
後、煩い。
(勇者が勝手に喋るより、俺が聞いた方が早そうだな)
尚、遠巻きに見ていたカルラ村の村人達は勇者が叫び出した辺りから2人を避けるように移動していた。
誰でも関わりたくないものはある。
「貴様、その煩い口を今すぐ閉じよ。
さもなくば殺す」
「はいっ!」
ちょっと煩いと言っただけでこれである。
ハーデス通訳はやたら物騒なのが困りもの。
ともかくとして、ビクッと震えながら死にたくないのか勇者は素直に従った。
その様子に最初に感じたような威圧感などなく、ハーデスからすればそこら辺にいる人間と同じように見えた。
「貴様、アルフォートではないな」
確信を含んだハーデスのその問いに勇者は首を激しく縦に振って肯定を示す。
あまりに情けない勇者の姿である。
『ディストピア』の皆が見たらきっと涙する事だろう。
「ならば、貴様は誰だ?
何故、アルフォートの姿をしている」
答えろ、と有無を言わさぬ鋭い瞳が勇者を射抜く。
それだけで勇者はガクガクと体を震わし従順な僕のように素直に喋り出した。
「そ、某は・・・私は鈴木 太郎と言います。
今はアルフォートと、名乗って・・・名乗らせて頂いています。
えっと、私は地球の・・・えっと、別の世界で生きてて・・・死んで気付いたら女神様の前にいたんです・・・いました」
「女神・・・」
「は、はい。私は・・・女神アリア様のミスで死んだとかで・・・、そのお詫びとして、異世界に転生させてくれると言ってました、はい。
そ、それで死ぬ前、やっていたゲームの主人公の見た目で・・・えっと、転生する事になって・・・えっと、今の姿をしています」
「訳の分からぬ事を口にするな、貴様は」
「えっと、決して嘘なんかではなくて・・・えっと、あの―――」
「つまり貴様は、アルフォートではないと申すのだな」
「は、はい!」
「アルフォートではなく、その力を持った別人か。
ククク、同じ姿をしているというのに何と情けない姿よ」
蔑むような視線に射抜かれながら勇者、アルフォートはガクガクと震える。
その身に抱くのは既に恐怖だけである。
この世界に来た当初は格好はともかくとして、ゲームの主人公として転生した事もあり、自信に溢れハーレムを作るぞぉなどを口にしていたものだ。
女神アリアのお詫びで転生し、未知の異世界に胸をときめかせていたが1日も立たずにそれが恐怖と絶望の変わるとは鈴木 太郎は思ってもいなかった。
人間の姿をしているがゲームで見た事もあり、それがハーデスであると分かったまでは良かった。
目の前にハーデスが立ち、口を開けば絶対に勝てないと思わず悟ってしまった。
その肉体は全盛期の勇者のものであるが中身が凡人の為、諦めるのも心が折れるのもあまりに早かった。
今はどうやったら生きられるかを考えるのに必死であった。
故に───。
「去ね、アルフォートではない貴様に用はない」
「はいぃっ!」
その言葉を聞いて、勇者の肉体を存分に使って逃げ出したのは仕方のない事だ。
(参ったな、自分も似たようなものだと言ったつもりなのに全く伝わらない。
予想以上に厄介だなこの通訳)
オマケに勇者の姿を見ているだけで殺意が湧くという。
このまま対峙していたら確実に勇者を殺していただろう。
流石に同じような境遇の者を殺す訳にはいかない。
この身は何かと不便だと心中でごちり、小さくなっていく勇者の姿にハーデスはため息をついた。
───勇者と魔王、『ディストピア』における宿敵の2人の会遇は何とも締まらない形で終わった。