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───同じような境遇者であるアルフォートに特大の死亡フラグが立った頃、ハーデスは村に唯一ある宿屋に足を運んでいた。
村に特に見るものが無かった為、完全に暇を持て余したハーデスがこの場でいても仕方がないとメインのいる宿屋に向かった為だ。
どうやらメインがハーデスの分も部屋を取っていたらしく、ハーデスが宿屋に着くと名を尋ねられ答えると部屋に案内された。
お世辞にも大きいとは言えない部屋には、ベッドと丸い小さなテーブルと椅子のみがあった。
テーブルの上に水入れと木で出来たコップと思わしき入れ物があるのを確認すると、宿屋の男の言葉を思い出してから水を入れ物に注ぎ口に含む。
(普通の水だな)
当然である。
宿屋に置いてある水に何を期待したというのか。
何故か落胆しながら飲み終わったハーデスは入れ物をテーブルの上に置くとベッドに腰掛け、小さく言葉を紡いだ。
「【次元箱】」
魔法の効力で虚空より現れた1冊の本をハーデスは手に取り表紙を確認してから本を開いた。
本のタイトルは『戦闘の心得』、主に初心者が見て闘い方をまず頭で覚える為のものである。
少なくとも魔王が見るようなものではないのは確かだ。
(ハーデスの記憶と経験があるからか、この本で覚えるようなものは特にないな)
ペラペラと、数ページ捲ってからそう結論を出す。
そもそも人間と悪魔では体格や種族の特徴の違いから闘い方が大きく変わる。
その為、人間の為の闘い方を書いた本がハーデスの参考になる事はまず有り得ない。
にも関わらず、その本を読んだのはただの確認の為だ。
(だが、まぁ闘い方の知識も経験もない勇者が読むには十分か)
自分ではなくアルフォートが読んだなら為になるかその確認である。
何故そんな事をするのか、僕達が見れば至極疑問に思う事だろう。
ハーデスがそのような考えに至ったのは同じような境遇であるからというのもある。
だがそれ以上に。
(何というか|勇者《あいつ》、運が悪そうなんだよな)
転生して直ぐに|魔王《ハーデス》に会ったのもそうだが、『destiny』の主人公は非常に運が悪い。
行く先々では必ず事件に巻き込まれ、運の絡むミニゲームやサブイベントでは必ず失敗する。
職業で『遊人』を選んだ際に覚える運に左右られるが敵に大ダメージを与える事の出来るスキル『一か八か』は大抵ミスる。
とにかく運の絡む要素において主人公はクソでおる。
ゲームにおいてもハーデスに貴様は運に見放されているな、と同情された程である。
その点はハーデスの記憶にあるアルフォートも同じである。
不幸の星の下に生まれたとしか言いようのない運の悪さ。
もしそれも引き継いだ転生ならアルフォートは確実に苦労する。
それを不憫に思った同情からの親切心である。
(さて、この本をアルフォートにどうやって渡すか・・・)
問題はそれに尽きる。
今何処にいるかも分かっていないアルフォートに本を渡すのもそうだが、宿敵の間柄であるハーデスから素直に本を受け取るとは思えない。
というか、あった瞬間に逃げ出しそうな雰囲気である。
僕に任す訳にもいかない。
この世界の知り合いがメインしかいない以上、他の者に頼むのも難しい。
どうしたものか、思考を巡らし。
(ま、勇者だし大丈夫だろう)
結局、面倒になって投げた。
少なくない時間が完全に無駄になった瞬間である。
といっても、暇を持て余したハーデスにとっては何の問題のない事だが。
(何か、騒がしいな)
『次元箱』に本を仕舞った所でふと異変に気付いたハーデスは部屋の外に出た。
すると何故か慌てたような宿屋の男が部屋の直ぐに側に立っており、男はハーデスの姿を確認すると小走りで近寄ってきた。
その顔には恐怖や焦燥といった感情が浮かんでおり、何かあった事を雄弁に語っていた。
「お客様、急いでお連れのお客様と一緒に逃げる支度を!」
「何故だ」
「詳しく説明は出来ませんが、ゴブリンの群れがこちらに迫ってきていると冒険者の方が申していました。
どうもここから東にある『クオンの森』より出てきたものでその数は百を超すとか!
冒険者の方が、足止めをして下さるとの事なので今の内にお逃げを!」
「不要だ」
「へっ?」
───事の発端は『音速』の異名を誇る冒険者マッハ・スピードの警告であった。
『クオンの森』付近で仕事をしていたマッハが百を優に超すゴブリンの群れが『クオンの森』からまるで逃げ出すように出てきたのを発見し、ゴブリン達が向かった方角にカルラ村がある事に気付いたマッハはその異名に恥じない快速をとばしゴブリン達よりも遥かに早く村に着き村の者に警告して回った。
マッハがそこそこ名の知れた冒険者であったのと、その人柄を知っていた事もありカルラ村の皆はその言葉を信じ逃げる準備をしていた。
モンスターとしてはあまり強くない部類のゴブリンであるが百を越した大規模なものとなると国の騎士団や1流の冒険者でなければ対処出来ない。
ましてや大した武力を持たない村人が相手を出来る訳がない。
マッハの仲間の一人がオリオンにある冒険者組合にこの事を知らせに行っている事もあり逃げ出す事に迷いは無かった。
誰だって死ぬことは怖いのだ。
その為、この事を知った宿屋の男も運悪くこの宿に泊ったお客様に逃げるよう伝えに来たのだが、メインが泥のように眠っていてどんなに声をかけても起きる様子がなかった。
ならばと、お連れの方に協力を頼もうとこの事を伝えたが返ってきたのは威厳に満ちた短い一言であった。
ハーデスのその態度と言葉に宿屋の男が一瞬固まるも、直ぐ我に返った男がハーデスに何か言う前に赤く鋭い瞳が男を睨んだ。
蛇に睨まれた蛙のように、その身を言いようのない恐怖に襲われ固まる男を尻目にハーデスは笑っていた。
村にとっての危機でもハーデスにとっては大した事ではない。
その上、丁度暇を持て余していた所に起きた|出来事《イベント》だ。
存分に楽しもうではないか。
───そう考える辺り、随分と毒されているようにも見えるが残念ながら素でこれである。
片やゲーム脳、片や暇つぶし。
共に暇を持て余した故の考えである。
「さて、行くとしよう」
その顔に獰猛な笑みを浮かべたハーデスは『次元箱』から白狼剣と呼ばれる黒い軍刀を取り出し、ゴブリンの群れを相手にするべく動き出した。
✱
───ゴブリンは生きる残る為に必死で逃げていた。
住処としていた縄張りも捨てただ生きる為に必死であった。
彼らに悲劇が起きたのはあまりに突然であった。
何時ものように『クオンの森』に住む狼などの獲物を確保して縄張りに帰還していた際、それは現れた。
一閃、紫電が走ったと思えば始めから其処にいたかのように一人の人間の姿がそこにあった。
否、それは人間のように見えてそれは人間ではなかった。
黒いメイド服を身に纏った人間の姿をしたそれの背中には巨大な蝿の羽があり、それが|人外《ひとならざるもの》であると雄弁に語っていた。
腰元にまで届く淡い青色の髪をポニーテールにし、顔の半分を覆い隠す長い前髪の下には奇妙な文字の刻まれた黒い布が両目を覆い隠していた。
口紅を塗ったかのような赤い唇は弧を描き、楽しげ微笑んでいる。
───ちなみに彼女は貧乳である。
その笑みを見た時、ゴブリン達の間に言いようのない恐怖が走り、今すぐにでも逃げ出したかったが目の前にいるその存在がそうさせなかった。
「ハーデス様の命令だから私は情報を集めないといけないの。
だから、貴女達の情報を私にちょうだい」
幼い少女のような声と共に彼女の周りを紫電が走った。
それにゴブリンが反応する暇を与えず、紫電はゴブリン達を貫きその動きを止めた。
浮かべていた笑みを深くすると、彼女は動きを止めたゴブリンの頭を徐に掴み、引きちぎった。
「貴女達は大した情報を持っていないのね。
役立たず」
ゴブリンの鮮血を浴びても不思議と彼女が着るメイド服が汚れる事は無かった。
ただ、それは服だけのようでゴブリンの血で真っ赤に染まった手を見て彼女は不機嫌そうに顔を歪める。
「それに、私の手が汚れてしまったわ。
本当にどうしてくれるのかしら?」
何処までも冷たい笑みを浮かべる彼女の言葉と共にゴブリン達の鮮血が散った。
『クオン森』に紫電が走る。
それだけで森に住む生物は動きを止め恐怖に震えながら死を待つのみであった。
得体のしれない化け物の登場で『クオンの森』は地獄に変わった。
多く生物が紫電に貫かれその命を落とす中、幸運にもゴブリンの集団が『クオンの森』を抜ける事が出来た。
その中にゴブリンではない種族も多くいたが彼らはそんな事を気にする事なく、ただ逃げるようにその場を離れて行った。
故に彼らが出て行ってから暫く立った後に、『クオンの森』全体に走った紫電により森が死に絶え、そこに住む生物が全滅した事を彼らは知らない。
変わり果てた『クオン森』に彼女の笑い声のみが木霊した。