テラーノベル
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夕方六時過ぎ。
部活終わりの生徒たちが、校門から吐き出されるみたいにぞろぞろ出てくる時間帯だった。
美術部の片付けを終えた本田菊は、鞄を肩に掛けて校門へ向かう。
「菊ー、腹減ったんだぜ」
その声に、菊は小さく肩を落とした。
「またですか」
振り返れば、案の定、イム・ヨンスがへらっと笑っている。
スポーツバッグを片肩に引っ掛け、ネクタイは緩い。シャツも少し出ている。どう見ても風紀委員に目をつけられる側の生徒のようだが、こう見えて成績は優秀なのだった。
「今日は寄らずに帰りますよ。明日、小テストありますし」
「えー。五分だけ」
「昨日も五分って言っておきながら結局…」
「今日はほんとのほんとに五分だけなんだぜ!」
信用がない。
だが結局、菊は断りきれない。
学校から駅までの道の途中にあるコンビニは、夕方になると学生が溜まりがちで、菊は本当はあまり好きではなかった。騒がしいし、制服姿で長居するのも落ち着かない。
なのに。
自動ドアが開く音を聞きながら、今日も当然みたいにヨンスと一緒に店に入っていく自分がいる。
「うわ、新作出てる」
「毎週なにかしら出ていますね…」
「期間限定って言葉、強すぎるんだぜ」
ヨンスはお菓子棚の前でしゃがみ込み、真剣な顔で新作スナックを見比べ始めた。
菊はそこを素通りし、冷蔵庫からペットボトルのお茶を一本取る。
「菊はなんかお菓子買わないんだぜ?」
「別に…」
「またそうやって飲み物だけ」
「充分です」
「育ち盛りなのにもったいねー」
なにか言い返しかけて、やめた。
ヨンスは妙に距離が近い。
ぐいぐい来るくせに、嫌がれば意外とあっさり引く。だから完全に拒絶するタイミングを失って、そのままずるずる隣にいる。
レジを済ませ、店の横のベンチに座る。
夕暮れの空は薄紫色で、住宅街からは微かに晩ごはんの匂いが漂ってきている気がした。
「はい」
ぽい、と投げられたのは温かい肉まんだった。
「…え」
「おごりなんだぜ!」
「いや、自分で払います」
「いいって。昨日ノート見せてもらったし」
湯気の立つそれを両手で受け取りながら、菊は少し黙った。
「…ありがとうございます」
「素直でよろしいなんだぜ」
ヨンスはいつも買っているお気に入りの炭酸飲料の蓋を開けながら笑う。
菊は小さく肉まんを齧った。
「っ、熱…」
「猫舌なんだぜ?」
「…うるさいです」
くく、とヨンスが笑う。
その笑い方が妙に楽しそうで、菊はなんとなく視線を逸らした。
最初は、本当にただの寄り道だったはずなのだ。
けれど気付けば、
「菊、今日も寄る?」
「…五分だけですよ」
そんなやり取りが、ほとんど毎日になっていた。
ある日のことだった。
ヨンスは部活の顧問に呼び止められていて、珍しく帰りが遅かった。
先に校門を出た菊は、無意識にあのコンビニへ向かっていた。
途中で、自分の行動に気付く。
「……いや、別に…」
別に待っているわけではない。
たまたま喉が渇いただけだ。
自分に言い訳しながら店に入る。
冷蔵棚を開けて、お茶を取る。
その近くに並んでいた炭酸飲料に手が伸びた。
――ヨンスさんがよく飲んでいるやつだ。
何気なく、それも一緒にカゴへ入れる。
その瞬間。
「菊」
背後から声がした。
びくりとして振り返る。
いつの間に来たのか、ヨンスが立っていた。
そして視線は、菊のカゴの中に落ちている。
炭酸飲料と、お茶。
「………」
「………」
数秒の沈黙の後、 菊は気まずそうに視線を逸らした。
「こ、これは」
「俺のじゃん」
「違います」
「いや俺のなんだぜ。お前、炭酸苦手じゃん」
「たまには…」
「ふーん?2本も飲むの?」
ヨンスが、にや、と笑う。
その顔を見た瞬間、菊はしまったと思った。
「菊さぁ」
「…なんですか」
「俺といるの、結構好きだろ」
どく、と心臓が跳ねた。
「なっ…」
「顔真っ赤」
「赤くないです!」
「いや赤いんだぜ」
逃げるようにレジへ向かおうとした腕を、ヨンスが軽く掴む。
強くはない。
振り払おうと思えば簡単に離れられる程度の力。
なのに。
「今日、五分じゃなくて十分くらい付き合えよ」
その声が、少しだけ嬉しそうで。
菊は結局、
「…十分だけですからね」
と、小さく答えてしまうのだった。
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NARURI
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ただの猫好き
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