テラーノベル
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――しゅんは、何も知らないから、そんな綺麗なことが言えるんだ。
重苦しい沈黙がふたりの間に落ちる。
僕の心がこれ以上暗闇に囚われないようにと察したのか、しゅんは僕の肩からそっと手を離し、優しく微笑んだ。
「コーヒー淹れ直すから、じゅうはソファーに座っといて?」
「あ、う、うん……ありがと」
窓際のソファーに深く腰掛け、キッチンで新しいコーヒーを準備してくれている彼の後ろ姿をぼんやりと見つめる。
お湯を沸かす微かな音を聴きながら、僕はさっきの思考の続きを、ずっとぐるぐると考えていた。
今思い出しても息が詰まるほど苦しくなる、この手で完全に消し去ってしまいたい記憶。
でも、しゅんには知ってもらいたかった。
知られる恐怖よりも、彼に嘘の自分、綺麗な部分だけを取り繕った自分を見せ続けていることのほうが、今の僕には何倍も耐え難くて嫌だったから。
結局のところ、これは僕の自己満足なのかもしれない。
けれど……こんな地獄を通ってきた僕でも、しゅんは変わらずに愛してくれるのだろうか。
そうだといいな。
本当に、そうだといいな……。
ゴリゴリと豆を挽く規則正しい音。
トトト、とお湯が注がれる音。
先ほどよりもさらに深く、芳醇な香りが部屋中に広がっていく。
「ほんま、コーヒーっていい香りやなぁ」
いつの間にかいつもの柔らかい顔に戻ったしゅんが、コーヒーカップを2つ持って歩いてくる。
そのうちの片方を、僕の目の前に差し出してくれた。
「本当、いい香り。ありがとね」
「うん、あったまるなぁ」
何からどうやって話そうか、彼がコーヒーを淹れている間にずっと頭の中で組み立てていたのに。
いざ、その瞬間が目の前に迫ると、言葉の破片がバラバラに飛び散って、頭の中が真っ白に染まっていく。
喉の奥がカラカラに乾いて、声が出ない。
カップを持つ僕の指先が、ガタガタと目に見えて震え出した。
「じゅう? ……なんも無理に話そうとしなくてもええんやで?」
僕の異変に気づいたしゅんが、ひどく穏やかな、包み込むような声で僕の名前を呼んだ。
「……でもな、俺はじゅうの力になりたいし。じゅうが抱えてる苦しみをな……少しでも俺に分けてほしいんさ。そんなことで過去の傷が完全に癒えるとは思わんけど、世界に一人だけでも、本当の自分を『知ってる人』がいるってだけで、ちょっとは心が軽くなると思うんよ」
しゅんは僕の震える手からコーヒーカップをそっと取り上げ、サイドテーブルに置いた。
そして、自由になった僕の両手を、自分の大きな両手で、壊れ物を包むように優しく包み込んでくれた。
さっきまで持っていた熱いコーヒーカップなんかより、ずっと、ずっと温かくて心地いい体温。
その手の平の温もりが、僕の心の最後のストッパーを外してくれた。
もう、この人に隠すものは何もない。
僕は深く息を吸い込み、あの日、あの暗闇のなかで僕のすべてを引き裂いた過去を、ありのまま話し始めた。
to be continued…
コメント
3件

更新早すぎてびっくりしました! ついに話す時が、、、