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沢山の悪魔を殺し、竜殺しを助けたあの日から時間が流れ、俺は遂に家というものを手に入れた。犀川というか、西園寺の用意したものではあるが。悪くないマンションの一部屋だ。
「……良いな」
窓から見える東京の景色にも、慣れ始めた頃合いだ。夜なのに死ぬ程明るいのも、慣れれば悪くない。
「家族、か」
家の中で暮らしていると、思い出す。忌まわしいだけの、あの記憶を。
「……忘れろ。覚えていたところで、良いことなんて無い」
それでも魔術で記憶を消さないのは、腐ってもたった二人の両親であるという情からだろうか。それとも、自分の行為の責任を忘れることを俺の正義感が許さないからだろうか。
「どうでも良いな」
俺は冷蔵庫を開き、缶ビールを一本取り出した。続けてつまみも取り、机に運ぶ。
「飲むか」
どうせ、アルコール依存症になるような体じゃない。好きなだけ飲めばいい。
「カァ」
「あぁ、お前も飲むか?」
どこからか入り込んできたカラス。カラスって酒飲めるのか? 生ゴミを漁って食うくらいだからな、胃は強そうだが。
「仕込んだ魔術も随分馴染んできたな……これなら、少し余裕がある」
俺はカラスの頭に手を乗せ、その|構《・》|造《・》を弄った。
「……こんなもんか」
前回ほど大きく弄った訳じゃないからな。時間はそうかからなかった。
「カァ、何したんだ?」
「分解能力を高めた。色々食えるようになったのに加えて、大抵の毒なら無効化できる」
カラスは頷くと、机の上に乗り、影で作った手で缶ビールを開けて勝手に飲み始めた。
「そっちは俺のなんだが……まぁ良いか」
俺は冷蔵庫から新たに缶ビールを取り出し、カーペットの敷かれた床に座り込んだ。
「美味いか?」
「カァ……」
カラスは缶ビールを前に難しそうな顔で固まっている。まぁ、最初はそんなもんだろう。
「酒は……アレだな。嫌な経験を積む度に美味くなる飲み物だからな。歳を取れば美味くなる」
「……カァ」
カラスは頷くと、勝手に冷蔵庫を漁り始めた。口直しに何か食うつもり何だろう。
「ペットを飼ってる奴の気持ちが分かるな」
何というか、一挙手一投足を観察してしまう。
「……漸く、か」
望んでいた平穏、そういうものが戻ってきた感覚がある。この日常が続けば、俺は欠けてしまった人間性のようなものを取り戻せるかもしれない。
「その為にも、だ」
ソロモン。こいつは殺す必要がある。この前の事件を引き起こしたアイツが言っていた、もう直ぐソロモンが復活するという言葉……それが本当ならば、平和が終わる時は近いだろう。
「あぁ」
何というか、不安になってきた。この窓から見える景色、明日も今日と同じであるとは限らない。
「疲れない程度に、やるか」
思い立ったが吉日だ。少しだけ、備えをしておこう。
「一気飲みは良くないが……景気付けには良いだろう」
缶ビールを一気に飲み干し、立ち上がる。
「カラス、ちょっと出かけてくる」
「カァ~」
片羽をパタパタと振るカラスに手を上げて応え、俺はマンションの部屋を出た。
♢
夜の街、ビルからビルへと飛び移りながら考える。
「情報だな。何よりも」
蘆屋とカラスから得られた情報によると、既にソロモンの魔の手は街に巡らされているらしい。だが、その正確な動きは掴めずにいる。
蘆屋から得られる情報は飽くまでも人伝い、カラスから得られる情報は範囲こそ広いものの、屋内の情報は得づらく、飽くまでも噂話を聞きつける程度だ。
「どちらも悪い訳ではないが……ルートを増やす必要がある」
その為に、俺は今異界へと向かっている。中でも、人気の無い異界だ。
「使い魔を作るのが一番、だな」
カラスと違い、完全に一から使い魔を作るデメリットとして、術者の特定がしやすいことが挙げられる。
「着いたな」
空中から異界に入り込み、着地する。暗く茂った森だ。
「聞いてはいたが、暗いな」
静岡の伊東市にある異界。そこは朝や夜に関わらず、異常に暗いのだ。月の光も届かず、遮断されているかのようだ。
「明かりを付けても意味が無いらしいからな」
暗視の魔術を使える俺にとっては問題ないが、大抵のハンターにとっては嫌われる異界だろう。
「もう少し奥が良いな」
この異界に人は居ないように思えるが、念の為に奥でやろう。
「……ここらで良いな」
蝙蝠や狼の形をした魔物達をスルーし、俺はその森の奥で座り込んだ。
「――――おい、貴様」
あぁ、やっぱり気付かれてたのか。
「何だ?」
突如溢れ出した霧。その中から現れたのは一人の男……吸血鬼だ。
「ここは我が領域。何人足りとも踏み入ることは許されん」
「そうか。悪かったな」
俺は立ち上がり、踵を返そうとする。が、吸血鬼は俺の行く手を阻むように立った。
「もう遅いぞ、只人。ここに踏み入ったからには……我が餌となって貰おう」
「結局、そうなるのか」
まぁ、別に良いが。
「吸血鬼、か……」
「ほぅ、良く気付いたな」
吸血鬼は血の気配とか何とか言って、隠形を見破って来るからな。悪魔も似たようなノリで、魂の気配で気付かれたりする。
「支配して使い魔にするか? いや……」
プライドがかなり高そうだからな。配下にしても面倒になるだろう。
「貴様、今の言葉……まさか我に言ったのではあるまいな?」
「あぁ、そのまさかだ」
少し挑発して見ると、吸血鬼はその表情を憤怒に染めて俺に飛び掛かって来た。
「遅いな」
ゼパルと比べれば半分以下だ。単純な殴打であれば回避は容易い。
「ッ!! 我が……この我がッ、遅いだとッ!? 我こそは夜の支配者ッ、偉大なる吸血鬼ッ! 人風情がッ、調子に――――」
聖なる斬撃が吸血鬼を襲い、一撃で消滅させた。
「夜の支配者、か……こんな異界に引っ込んでる時点でお察しだな」
吸血鬼は無駄に尊大な奴が多いが、どいつもこいつも日陰に隠れて暮らしている。その癖、帝王だとか支配者だとかの言葉を好む。
「何はともあれ、だ」
邪魔者は去った。使い魔作りを始めよう。