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「父を愛した」父を憎んだ。

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「父を愛した」父を憎んだ。

24 - 第24話「父を殺した」弟とのキャッチボール。

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2024年02月16日

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段ボール箱を見ていた。・・・母がボクのためにまとめてくれたやつだ。

 

懐かしいミニカーやマンガの本・・・・ボクが幼かった頃のオモチャ・・・どこへいったのかと思っていた物が次々に出てきた。

いつの間にやら遊ばなくなり、目の前から消えたオモチャの類がつまっていた。

 

 

・・・・その中に入っていた。

いつの間にかなくなっていたもの・・・・どこへいったかと思っていたもの・・・

 

 

祭壇を見た。

父の遺影。・・・・笑っている。いい笑顔だ。

別の写真から顔だけを取り取られて、無理やり喪服を着させられている。

 

ずいぶん若いような気がする・・・・・

 

祭壇の前に、胡坐をかいて座った。

 

・・・・この写真は・・・・

 

たぶん、家族で遊園地に行った時の写真だ。

まだ、父の羽振りの良かった頃・・・・父は休みになるとボクたちを遊園地に連れて行った。

この写真の胸には弟が・・・・そして、隣にはボクが立っているはずだ。

 

 

さっきの子供たちが飾っていった花。

祭壇には多くの花が飾られていた。全てが判で押したように同じ小さな花たちだった・・・小さい・・・・一番安いものということだと思う。

 

・・・・しかし、その全てが、同じように子供たちが・・・・お金を出し合って買ったものなんだろう。

・・・・そして、ここまで持ってきて飾っていった花たちだ。

 

 

小さな花たちに囲まれた父の遺影。いい笑顔で笑っている。

 

 

玄関が開いて、弟が帰ってきた。

 

 

 

GTRを走らせる。

助手席に弟が乗っている。

 

酒屋に寄った。

弟を助手席に残したまま店に入った。

・・・・すぐに終わる。買うものは決まっている。

 

 

「鳴門鯛」の大吟醸を買った。・・・誰もが知ってる地元の銘酒だ。

 

運転席に乗り込む。

後部座席に紙袋を置いた。・・・・弟が見ていた。

 

クラッチを切ってギアを2速に入れる。

GTRはトルクが太い。

発進時にも1速は必要ない。2速発進で充分だ。

 

走り出した。

2速の次には4速に入れる。

街中を走るならこのふたつのギアで事足りる。走り出してしまえば4速でオートマ気分で乗れる。

5速まで使うことはまずない。6速は高速専用だと言っていい。

 

 

「お父さん殺したん、ボクかもしれへん・・・・」

 

 

唐突に弟が言った・・・・もちろん、冗談だという言い方。

 

 

弟は毎日病院に顔を出した。・・・・特に日曜日は、母が仕事でいないため、ひとりで病院にいた。・・・・父といろんな話をしたらしい。

もちろん、父は死を覚悟していた。

もうダメなんだろうとは覚悟していた。けれども淡々としていたらしい。

死に対する恐怖や、人生の後悔といった姿は見せなかった。

淡々と・・・・まるで、電車の待ち時間を潰すように過ごしていったらしい・・・・弟の前でカッコをつけていただけかもしれないが。

 

 

・・・・死ぬのはいい。しかし、ひとつ、心残りがあるという。

 

 

「息子たちと酒を飲みたかった・・・・」

 

 

そしてこう言った。

 

「酒買ってこいや・・・末期の酒や・・・」

 

 

「末期の酒」

 

その言葉には、ダメだと言えない響きがある。・・・・もう、死期が近いことは弟の目にも明らかだった。死にゆく者の切なる願いの響きがある。

 

 

海岸線の道路だ。

窓の外には瀬戸内海が見えた。

青い海。夏の陽射しに水面が輝いていた。

青い空。真っ白な雲が浮かんでる。

 

 

「飲ませたんか?」

 

弟は小さな日本酒の瓶を買った。・・・「鳴門鯛」の小瓶。・・・父が好んで飲んでいたことを知ってたからだ。

 

「末期の酒」

 

せめてもの思いから、こずかいから大吟醸を奮発して買った。

 

しかし、飲ませるのは身体に悪い・・・身体に悪いのはいい。どーせ死ぬんだから・・・・でも、バレて自分が怒られるのは嫌だ。

 

・・・そのとき、テーブルの上の綿棒が目についた・・・・耳を掃除する綿棒だ。

 

弟は綿棒に「鳴門鯛」を染み込ませ父の口に入れた。

 

「ありがとうな・・・」

 

弟曰く、何とも言えない良い顔だったらしい。痩せた病人の顔・・・・しばらく父の笑った顔を見ていなかった。何とも言えない穏やかな笑顔だったという。

 

「お前も飲め・・・・」

 

・・・・しょうがなく、弟も綿棒に「鳴門鯛」を染み込ませて口に入れた。嬉しそうに見ている父。

 

「・・・・もう、思い残すことないわ・・・・」

 

父が笑った。

 

弟は「鳴門鯛」の瓶を父のベッドの裏にガムテープで貼って隠した。見舞いの度・・・・誰もいない時を見計らって父に綿棒の酒を飲ませた・・・・そして自分も。

 

「アホやな・・・」

 

ボクは言った・・・・・しかし、笑えてきた。

アホだと思った。・・・・これまでに、さんざん「酒」で人生を狂わせてきた。「酒」で、さんざんにまわりに迷惑をかけてきた・・・・

その父の、最後の望みが「酒」だった。

 

 

「末期の酒」・・・・もっともらしい言葉だ・・・・もっともらしく飾った言葉だ・・・・

 

「息子と酒を飲みたかった」

 

 

・・・・これも、額面通りに信じることはできない・・・・ただ、自分が・・・病床の自分が「酒」を飲みたかっただけ・・・・弟に「酒」を買いに行かせるための口実に使っただけの言葉じゃないのか・・・・

 

・・・それでも、どこか憎めない思いがあった・・・・どこかで笑ってしまう感情が湧いた。

 

「うん、アホや・・・・」

 

弟も笑った。

弟と、ふたりで笑った。

・・・・父が、弟に酒をせがむシーンを想像した・・・・そして綿棒で酒を飲む父・・・・アホだ。ギャグだ。バカバカしい。

 

 

キラキラと海岸線が輝いていた。

東京にも海はある。

会社から車で10分も走れば海に行けた・・・・・しかし、そこに砂浜はない。泳げる海でもない。

ボクの知ってる海じゃなかった。

 

・・・・やっぱり、徳島の海は綺麗だ。美しい・・・・・

 

 

「そういやぁ・・・お前が最初に歩いたのも、酒飲まされた時やったな・・・・・」

 

弟が1歳になり・・・・つかまり立ちから初めて歩いたのは、父が、グラスのビールを弟に舐めさせた時だった。

舐めたビールから気が大きくなった弟は・・・たぶん酔ってた・笑・・・見事に歩いた。

・・・・しかし、1歳の赤ん坊にビールを飲ませる父親、おるんかなぁ・・・・

 

「アホやな・・・・」

 

ふたりとも笑いが止まらなくなった。・・・・ツボに入った。

最後の最後まで「酒」だった・・・・酒で人生をダメにして・・・酒で身体を壊し・・・・それでも最後に「末期の酒」だと・・・・親子で酒を飲みたかったと、アホな、もっともらしい口実をつけて、まだ中学生だった弟に・・・・こずかいで酒を買ってこさせて飲ませた・・・・そして死んでいった。

アホで、クズで・・・どうしようもない父だった。

 

 

ふたりで笑い転げた。

 

 

海岸脇にある公園にGTRを停めた。

 

 

弟とキャッチボールをする。

 

ボクは古いグローブで・・・青いグローブで。弟は新しいグローブだ。

 

「使い心地はどうだ?」

 

「すんごい捕りやすいわ・・・革が柔らかいわ」

 

 

海風に吹かれて、弟とキャッチボールをした。

 

ボクが徳島にいたときには、まだ小学生だった・・・・小さかったな・・・

幼稚園・・・・小学校・・・・大きなランドセルを背負って・・・・後ろから見てるとランドセルが歩いてるようだった・・・・

 

こうして・・・・小学生だった弟とキャッチボールをしたことがある。

キャッチボールの球も山なりだったな・・・

それが、今は、真っすぐな、おじぎをしないストレートを投げてくる。背も伸びた。

 

「藪みたいなピッチャーになりたいんや」

 

阪神の若きエース。右の本格派だ。

 

 

弟の投げる球がグローブに吸い込まれていく・・・・いい球だ。

 

・・・・ボクは座った。キャッチャーの姿勢をとる。

真ん中にグローブを構える。

 

ワインドアップで弟が投げる。

見事なストライクが決まる。

 

 

・・・・むかし、父がしてくれた・・・・

父が、座ったままキャッチボールの相手をしてくれた。

 

長距離運転で・・・・1週間の航海を終えて帰ってきて・・・・ボクが、学校から帰ってきたらキャッチボールをしてくれた。

いつまでもいつまでも・・・何時間でも、座って相手をしてくれた。

ボクは、阪神の抑えのエース、中西の真似をして、思いっきり父のグローブ目がけて投げこんだ。

 

 

・・・・風に乗って、二拍子が聞こえてくる・・・・

 

阿波踊りも本番を迎える。

 

リストバンドで汗を拭った。

 

夏の匂い・・・・海の香り・・・・阿波踊りの二拍子・・・・・

 

身体の隅々までが徳島に戻っていく・・・・

 

 

 

「父を愛した」父を憎んだ。

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