典晶は唇を噛んだ。彼が不憫で仕方なかった。
「この世とあの世の境界線みたいな場所だから、霊感のない典晶君達にもぼんやりと幽霊の姿が見えるのよ。害はない幽霊だけど、此処にいるとやばいわね。凶霊のエサになりかねない」
「よし! ゲットだ典晶!」
「ゲームじゃないんだからさ……」
言いながら、典晶は画面の下段中央に映し出されたボール、『霊魂封入手鞠』とかいう、例のあのボールそっくりなボールを指先でタッチする。指先の動きに合わせ、ボールを動かせる。典晶は指先で弾くようにしてボールを投げると、大きな円弧を描いて、男子生徒の頭に当たる。ボールは弾け、男子生徒を虹色の光が包み込み、ボールの中に封じ込めた。
「………失敗すると、飛び出してくるのかな?」
「そこまで似せてるかな?」
「あっちはプログラムだけど、こっちは生き物だしな。抵抗とかするんじゃないのか?」
文也の生き物という表現に、典晶は少しホッとした。イナリやハロと違い、文也は幽霊を人格のある一人だと認識してくれている。
典晶達の心配は無用だった。ボールは幽霊を封じ込めると、画面が切り替わり、プロフィールの詳細が現れる。
『霊格 Cクラス ノーマルタイプ 地縛霊
竹中 湊人(みなと) 高校三年生 大学受験の最中、交通事故に遭い死亡。本人はまだ生きているつもりで、毎日学校に通い勉強をしている。性格は穏やか。趣味 読書。好きなタイプは、メガネ巨乳』
霊格というのは何を示しているのか分からないが、趣味や性格までも書いてある。典晶は八意の遊び心にイラッとしながらも、この竹中湊人が可愛そうに思えた。彼は、玲奈と同じように、毎日毎日、同じ行動を繰り返しているのだ。玲奈はプールだったが、彼の場合、受験勉強という思いが強すぎて、交通事故に遭った場所ではなく、この学校に魂が引きつけられたのだろう。来ることのない受験日を、ひたすら勉強して待っているのだ。
「地獄だな。毎日、勉強かよ」
うんざりとしたように文也が吐き捨てる。
「典晶君、大丈夫?」
いつになく神妙な表情を浮かべていたのだろう。ボロボロのハロに心配されてしまった。
「大丈夫だよ、俺よりもイナリとハロさんは自分の心配をしてよ」
「自分の心配よりも、私は典晶が心配だ」
「そうね……、休憩もそろそろ終わりみたいだし、また少し時間を稼がないとね……」
深い溜息をつき、ハロは重そうに剣を持った。グールを切り裂いた刃は、脂と血液で異様な輝きを放っていた。
ドンッッッ!
突然、教室のドアが叩かれた。ハロが破壊したドアではなく、その向こう側、離れた場所にあるドアだった。
ドンッ! ドンッッッ!
叩かれたという生やさしいものではない。巨大な何かが、体当たりをしているかのような音と衝撃だ。
ドンンンンッッッッッッ!
その音はどんどん早く、大きく強くなっていく。扉が軋み、イナリとハロが典晶を押し退け前に立った。
ドンッッッッッッッッッッッッ!
思わず首を竦めるほど巨大な音が響いた。唾を飲み込み、典晶は扉から出てくる物を待った。
「グールなのか?」
「いや、違うわね」
文也の時に、ハロが答えた。
「タイミングが良いんだか、悪いんだか、どうやら向こうから来てくれたみたい」
「そのようだな」
イナリの言葉を理解するよりも早く、ドアが破られた。文字通り、ドアが彼方へ吹き飛ばされていく。
殺意、怒り、恐怖、嫉妬、妬み、思いつく限りのあらゆる負の感情が一緒くたになった空気。気配。言葉にすれば、『邪気』。それが一番しっくりくるかも知れない。空気を侵食してくる闇の気配。触れただけで、肌が凍り付きそうな冷気を秘めている。
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