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篠原愛紀
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食後に淹れた温かい紅茶
アールグレイを啜りながら
しばし余韻に浸りながら
しばし談笑する
一緒に作り
一緒に食べた
夕飯の余韻に浸りながら
人狼
ビリオネア
普通じゃない彼と卓を囲み
普通じゃない彼に感じる
普通の幸せ
協力して食器をさげ
協力して洗い物をする
キッチンでは
不慣れなリュカが
私の部下
私の洗ったお皿を
不慣れな手つきでリュカが拭く
私の指示に従順に
言われた事に奔走する
人狼
ビリオネア
普通じゃない彼が
一生懸命に頑張る
少し天然で
少しドジな
その姿が堪らなく愛おしく
私の口角を上げる
「たまには自炊してちゃんとしたモノ食べたほうが良いですよ」
「作り置きした分のハンバーグ食べちゃいましたけど……」
「ありもので何か作っておきましょうか?」
会社での彼と違い
自宅では不器用な彼が
私は少し心配だった
「もうこんな時間だしいいよ」
そうだった
ガチガチに緊張してお邪魔したリュカ宅
いつの間にか
すっかり馴染んでしまい
すっかり忘れてしまい
逆に
リュカに心配されてしまった
——帰らなきゃ
シンデレラの魔法はいずれ解ける
いつかは現実に戻らなければいけない
途端に押し寄せる現実の波
ここは自宅じゃない
私は既婚者
自宅には夫が居る——
いや……
今日は土曜日だ
きっと居ない
帰ってくるかさえ怪しい
帰りが遅いのは今に始まった事ではないが
ここのところ
朝帰りや
帰ってこない事さえ増えた
でもそれが現実
そんな純也と
私は婚姻を交わしたんだ
私は
そんな彼の嫁なんだ
それが私が選んだ人生なんだ
「——奈、瑠奈!」
「……え?」
気付くとまた私は自分の殻に籠っていた
振り向くと目の前にはリュカの顔
僅か数十センチの距離にある
真剣なリュカの顔
「……大丈夫?」
朗らかで
どこか天然だった表情はそこにはなく
まるで
私を心を
私の深層を
見透かしたような目で
私の目を
じっと見つめるリュカ
“ 狼は嗅覚と視覚を駆使して相手の感情や状態を敏感に察知する—— ”
そうだ
リュカはきっと分かっているんだ
私の事を
分かろうとしてくれているんだ
“ オスの狼はメスの反応を注意深く観察し、その受容度を確認する—— ”
無理に強いる事なく
私の事を
待ってくれているんだ
こうして
ただ無駄に時間が流れる間も
何も言わず
ただただひたすらに
私の事を
待ってくれているんだ
でも……
良いのかな……
まるでDNAに施された鍵の様に
前に進む事を拒む心
ずっとそうだった
ずっとそうして来た今までの私
それがきっと
定められた私の人生だと
定められた私の運命だと
自分自身に言い聞かせて
自分を誤魔化し
自分に嘘をつき続けてきた
差し伸べらた手や
巡って来た機会が
あったかもしれない
それを
自分を誤魔化し
自分に嘘をつき続け
自分で見ないふりをしてきただけ
良いのかな……
良いのかも……
この人になら——
「良いんだよ」
「え?」
私の心の中の
私自身の自問自答に突然割り込んでくるリュカ
それに驚きつつ
でも
もう驚かない
リュカは分かるんだ
リュカは分かってくれるんだ
私を
分かろうとしてくれているんだ
「……あのね、リュカ」
自分自身の
堅牢で
分厚い
運命の殻を破り
一歩踏み出す私
一線を越えてしまう私
でも
この人になら——
それが
今日
私が選んだ
私の決断
私の人生
「作り置きしてくれた分のハンバーグ食べちゃったし、代わりに何か作って貰おうかな」
(……え?)
それは
リュカはきっと
私がここにいる
私がここに留まれる
言い訳をくれたんだ
それを
断る事もできた
でも……
断らない
それが
今日
私が選ぶ
私の決断
「分かりました、何が良いですかね……リクエストありますか?」
「とは言っても材料も限られるのでその範囲内で何か……」
私が下した
私の決断
嫁の勤めの殻を破り
今日
私は
リュカとの時間を優先する
帰りが遅くなろうとも
私はリュカ宅に留まり
リュカの為に料理をする
「来てから料理しっぱなしだし今日はもういいよ」
「作るのは明日でいいから」
(——え?!)