テラーノベル
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世界は、ひどく騒がしい「色」で溢れている。
僕の目には、すれ違う人々の感情が、どろりとした原色の絵具をぶちまけたように見えてしまう。怒りは刺すような赤、嘘は濁ったドブネズミ色の紫。大学の講義室は、いつもそんな不協和音の色彩で満たされていて、僕はただ、視線を足元に落として生きるしかなかった。
「……ねえ、君。それ、綺麗だね」
六月の、湿り気を帯びた風が吹き抜けた午後。
海を見下ろす高台の公園で、その声はした。
僕がスケッチブックに走らせていた鉛筆を止めると、目の前に彼女が立っていた。
息が止まった。
彼女には、「色」がなかった。
感情の色彩を一切持たず、背景の海に溶けてしまいそうなほど、透き通った無色透明。
人々が放つどぎつい色に酔い続けていた僕にとって、彼女は、この世界で唯一見つけた「静寂」だった。
「……何が?」
声を絞り出す。彼女は僕の手元にある、真っ白なままのスケッチブックを指差して笑った。
「その白。何にも染まってなくて、一番優しい色をしてる」
彼女の名前はセナと言った。
この町に降るという『六月の雪』の噂を信じて、遠くから来たのだという。
彼女の指が、僕の手に触れた。その瞬間、一瞬だけ、モノクロだった僕の視界に、見たこともないような鮮やかな青が閃いた。
「私ね、一ヶ月後にはいなくなっちゃうの。だから、お願い。ハルくん、私に『本当の色』を教えてくれないかな」
それが、僕たちの「嘘」の始まりだった。
彼女がすでに、自分のすべての色を僕の中に流し込み始めていたなんて、この時の僕は知る理由もなかったんだ。
どう?それではバイバイー
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翡翠💫🫧🦭フォロバ💯
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