魔竜の恩返し

ゴキン、グチャ、バキバキ……ゴクン。

ご飯が喉を通って胃に収まるたびに、ずっと溜め込まれていた飢えや渇きが薄れていくようだった。

枯れた大地に水が流れ、緑が芽吹く。

まさにそんな感じ。

「らっだぁー？どんな感じ〜？」

「いま、来ルナ……！」

「おっけぇ〜、待ってるね」

みどりには見つからないようにと、あちこちに溜め込んでいた食料を全て口に詰め込んでいる。

腐っているものもあったけど、胃が強い今なら何とでもなるだろう。

たちまち死臭が立ち込める部屋の真ん中で、ただ本能を抑えるためだけに動く。

みどりに嫌われたく無い一心で痩せ我慢したせいで、一番気にかけていたみどりに怪我をさせるなんてちっとも笑えない。

コンちゃんがあの時あと少しでも手加減をしていたら、きっとみどりは今頃俺の胃の中だった。

「んぐ……はぁぁ……コンちゃん、開けて」

「わ、すっごい匂い……すぐ水浴びして？」

「ぁい……」

コンちゃんはニコニコといつも通りで、少しも嫌そうな様子はない。

「何で？気持ち悪くないの？」って聞いてみたら、コンちゃんはあっけらかんといった様子で「え、だってそうしないと生きていけないんでしょ？じゃあ仕方ないよね。恨むならそういう作りにした神様を恨まなきゃ」と言っていた。

「…はぁ…おいしかった……」

飢えが満たされると、途端に余裕が生まれてくる。

やわらかくて美味しそうな肌に歯を食いしばる必要も無くなるし…

そんな事を考えていたら、風呂場の壁をぶち抜いてダイレクトに侵入してきた人物が一人…いや、二人。

「きょーさん！？それはマズイって！！」

「うるせー！一大事や！らっだぁ！！」

顔面蒼白、鬼気迫る面持ちで大事なところを隠してしゃがみ込む俺の顔を覗き込んだきょーさん。

爆音になんだなんだと顔を覗かせたコンちゃんも、きょーさんの表情に目をぱちくりとさせていた。

「な、なにがあったの？」

「どりみーが…どりみーとぺんさんが！！」

「え？……ぺいんと？」

コンちゃんによって肩にかけられた服に袖を通しながら帯を締める。

「奴隷商に誘拐されたんや！！！！」

「ハ？」

ギッ、と締めすぎた帯が悲鳴を上げた。

奴隷商…奴隷商……？

そんなものまだ存在していた？

文化の発達が遅くとも、天と地が入り混じったこの現在の世の中に？

乾いた笑い声と共に「まさか」と現実を受け入れまいとした言葉が溢れた。

「だ、だって…奴隷商は…俺が……」

困惑したままの俺の手を引いて、きょーさんがバサリと翼を広げた。

そのまま人目を憚る事もなく人のいる山の下の町まで飛び始める。

浮遊感に声すら出せず縮み上がった俺に、後ろから追ってきたレウとコンちゃんが何か言っているのが聞こえたけど、正直何も頭に入ってこない。

「乗って！！」

言葉に従って手足を広げると、足の裏に何かが触れた。

そのまま後ろに倒れ込むと、聞いた事すらない生き物の鳴き声が聞こえた……それも足元から。

恐る恐る見下ろすと、豆腐のような四角くて白い生き物の上に乗って空を進んでいる。

きょーさんが「もっとスピード出せや」とレウに圧をかけているのを見るに、コレはレウが用意した乗り物？…なのだろう。

「奴隷商の目星はついてるから、このまま行くよ！ガストの爆発で建物の中に入るから、衝撃に気をつけて！！」

「じゃあ目眩しは俺ときょーさんがやるね」

「らっだぁは、特攻しろ！！」

ひやりと違和感が脳を掠めた。

きょーさん達が人外である事は俺だって知ってる。みんな隠す気がなさそうだったから。

でも、なんで俺も同じだとバレてる？

コンちゃんは何故か知ってたから置いといて、きょーさんとレウは何で……

「言っとくけど、コンちゃんからは何とも言われてないで！俺が天使やから、魂の色で何となくわかんねん！」

「俺も、似たような理由かな…ごめんね、隠してるっぽかったから、言わなかった」

「…！」

みんなの申し訳なさそうな顔と、俺が人外であるかどうかも関係ないと言いたげな様子に俺は少し肩の荷が降りた気がした。

少なくとも、こいつらの前では俺のままでいいんだって思えるくらいには。

「俺、青鬼なんだ…人外も人も、等しく喰らう化け物なんだよ」

でも、それ以前に……

「それでも、俺は俺だから…今は俺がやるべき事を、俺がやりたい事をする……！！」

ガストが鳴き声と共に火球を吐き出した。

「しゃーない！サポートしたる！」

「みどりくん達は俺が保護するから！」

「暴走しすぎないようにねー！」

バガァン、と激しい音と黒煙が上がる。

炎と血の匂いに本能が燻られる気がした。

「全員、殺しちゃうよー」

…その時、天を見上げ狼狽える奴隷商達の耳に、恐ろしい程柔らかな声が届いた。

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