テラーノベル
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それから、時間はちゃんと流れた。
りうらは、9歳になって、10歳になって、
身長が伸びて、声が少し低くなって、
ランドセルが小さく感じるようになった。
好きなものも、少しずつ増えた。
友達とゲームをして笑って、
部活の見学に行って、
「将来なにになりたい?」なんて聞かれて、少し考えるようになった。
でも。
胸の奥にある名前だけは、変わらなかった。
――ないちゃん。
⸻
ないこも、時間の中を歩いていた。
高校を卒業して、専門学校に進んで、
アルバイトをして、
大人の世界の理不尽さを知って、
恋も、いくつか経験した。
楽しい恋もあった。
傷つく恋もあった。
でも、ふとした瞬間に思い出す。
夕焼けの公園。
8歳の男の子の、まっすぐな目。
「りうら、ないちゃんが好き」
あれは、恋だったのか。
それとも、もっと別の、純粋な何かだったのか。
答えは、今も出ていない。
⸻
高校三年の春。
りうらは、中学二年生になっていた。
制服を着て、
少し照れくさそうに鏡を見る朝。
「……悪くない」
自分でそう思えるくらいには、成長した。
家を出ると、向かいの家のドアが開く。
「おはよ」
懐かしい声。
「……おはよう」
ないちゃん――じゃない。
今は、ないこさん。
そう呼ぶようになったのは、いつからだったか。
「今日、入学式だっけ?」
「はい」
「そっか。中学生かぁ」
笑いながら言う、その横顔は、
昔と変わらないのに、
どこか大人びて見えた。
(……当たり前だ)
りうらは、少しだけ拳を握った。
⸻
それからも、二人は“近所の知り合い”として、関わり続けた。
深く踏み込まない。
でも、切れない距離。
りうらは、無理に想いを押し殺さなかった。
ないこも、無理に線を引きすぎなかった。
「今は、今」
そう言い聞かせながら。
⸻
月日は流れ――。
りうらは、高校三年生になった。
背は、ないこより少し高くなっていた。
声も、すっかり大人のそれになっていた。
ある夏の日。
りうらは、久しぶりに公園に足を運んだ。
ブランコ。
すべり台。
変わらない景色。
「……懐かし」
一人で笑った、そのとき。
「りうら?」
振り向く。
そこにいたのは、
見慣れた笑顔。
「……ないこさん」
「ひっさしぶり! てか、でっか!」
ないこは、相変わらず明るく笑う。
「高校生?」
「はい。もうすぐ卒業です」
「えー、早。時間こわ」
並んで、ベンチに座る。
沈黙が、心地いい。
⸻
「……ねぇ」
ないこが、ぽつりと言った。
「覚えてる?」
りうらは、少しだけ息を吸った。
「……はい」
「8歳のときのこと」
「忘れるわけないです」
ないこは、空を見上げた。
「……あのときさ」
少し間を置いて。
「あたし、正しいこと言ったつもりだった」
「はい」
「でも、ちょっとだけ……後悔してた」
りうらは、驚いて隣を見る。
「……後悔?」
「うん」
ないこは、苦笑した。
「受け取れないのは当然だったけどさ。
でも、ちゃんと向き合えてたかって言われると……」
りうらは、首を横に振った。
「向き合ってくれました」
「……ほんと?」
「はい」
はっきり言う。
「だから、今まで待てました」
その言葉に、ないこは目を見開いた。
「……待ってたの?」
「ずっと、じゃないです」
りうらは、正直に言った。
「他の人を好きになったこともあります。
でも……最後に戻るのは、いつも」
胸に手を当てる。
「ここでした」
ないこは、言葉を失った。
⸻
「……りうら」
静かな声。
「もう一回、聞いていい?」
りうらは、立ち上がった。
あの日と同じ公園。
でも、今度は――対等な高さ。
「はい」
深く息を吸う。
「りうらは」
一瞬、間を置いて。
「ないこさんが、好きです」
子どもの告白じゃない。
逃げ道も、言い訳もない。
ないこは、しばらく黙っていた。
そして。
「……ずる」
そう言って、笑った。
「そんな顔で言われたらさ」
立ち上がって、りうらの前に立つ。
「断れないじゃん」
「……それは」
「年齢、立場、全部」
一つずつ、確認するように言う。
「もう、問題ないよね」
りうらは、まっすぐにうなずいた。
「はい」
ないこは、少し照れたように視線を逸らしてから。
「……じゃあ」
りうらの手を、そっと取った。
「今度は、あたしが言う番」
目を見て。
「好きだよ、りうら」
世界が、静かになる。
「ずっと、忘れられなかった」
胸が、いっぱいになる。
「……ありがとうございます」
思わず、そう言ってしまう。
「なにそれ」
ないこは笑って、でも目は潤んでいた。
「8歳の恋がさ」
手を握ったまま、言う。
「ちゃんと大人になって戻ってくるとか、反則でしょ」
りうらも、笑った。
「……待つの、得意なんで」
⸻
夕焼けが、公園を染める。
あの日と同じ色。
でも、今は――違う。
二人は、並んで歩き出した。
「これから、どうする?」
ないこが聞く。
「ゆっくりでいいです」
りうらは言った。
「今まで、ずっとそうだったから」
ないこは、ぎゅっと手を握り返した。
「……うん」
8歳の恋は、
消えなかった。
時間に預けて、
大事に守って、
ちゃんと――実った。
番外編はまた今度
コメント
2件
年の差がある恋愛っていいですね〜!!💕