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カクテルを二杯程度飲むと、「そろそろハイヤーを呼ぼうか?」と、彼から問いかけられた。
「でもまだ電車もあるので、それで帰れますから」
時刻は九時に差し掛かろうとしていて、自分でもそろそろ帰ろうかなとは思っていたけれど、さすがに車を呼んでまで送ってもらう程ではなくてと断った。
「いや酔って公共機関で帰るのは心配だから、乗っていきなさい」
すると、そう過保護な調子で押し切られて、そんな風に私を大切に思ってくれる彼に、手放しにキュンとさせられてしまった。
「ありがとうございます。では、せっかくだからお願いしますね。あのそれと、一つだけ質問なのですが、ハイヤーとタクシーの違いって、何なのでしょう?」
タクシーに比べると、ハイヤーは高級志向であることなどはわかっていたけれど、実際に乗った経験もなく知識はそれぐらいでしかなかった。
「そうだな、ハイヤーは元々契約利用が多く予約が必至で、その場で捕まえて乗るようなことはできないのが、主な相違点かもしれないな」
「そう、なんですね」外で手を挙げて乗るものじゃないんだと、ぼんやりと思う。
「ああ、要はチャーターだ」
移動手段一つとってもハイクラスだなんて、やっぱり私とはレベルが桁違いなように感じる。
彼は、こういう世界が当たり前で、ずっと生きてきたんだよね? だったら、今まで過ごしてきたお互いの価値観は違えども、たとえ少しずつでも擦り合わせていけたらいいなと思えた。
……だって彼は、今日の普通のデートを、あんなに楽しんでくれたんだもの。
乗る時にもだったけれど、降りる際には運転手さんが車を一旦降りてドアを開けてくれて、ハイヤーではそれが一般的らしかったが、そういったことには慣れていないせいで緊張しきりでいると、奥に座る私より先に降りていた彼が、「ゆっくり降りたらいい」と、手をすっと差し伸べてくれた。
そんなささやかなエスコートにさえも、胸がキュンとしてしまう。
「今日は、ありがとうございました。それでは、また」
再び車に乗り込んだ彼に、ちょこっと頭を下げる。
「ああまた。私から連絡する」
そう言って、彼が手を振ると、黒塗りのハイヤーは走り去って行った──。
車が見えなくなるまで見送っても、まだ胸がドキドキと高鳴っていた。
今日一日デートをしてみて、時には子供みたいに可愛かったり、かと思えば紳士的でスマートな対応だったり、加えてダーツをする姿もすごく決まっていて格好良くて……と、どの場面を切り取っても、彼はとても魅力的に感じられた。
「貴仁さんの、もっといろんな顔が見てみたい……」
高鳴りが収まらない胸に手を当てて呟くと、これからも彼のことをたくさん知っていけたらと、心から思わずにはいられなかった……。
……部屋に帰って来て、ハァーとひと息をつく。
「いい一日だったな……。けど前半は平凡なデートだったのが、後半では貴仁さん主導の割りとハイクラスな感じになっていて……」
食事の際にちょっとだけ見えた領収証を思い出しても、なんだかまだ目がチカチカしてくるみたいだった。
もっといろんなところに、一緒に行ってみたいな……。そんなにデートをしたことはなくてという彼に、もっともっとお付き合いの普通を教えてあげられたらとも思うし……。
だけど貴仁さんって、あんまり経験はなくっても、スマートなレディーファーストぶりは忘れないっていうか……。ハイヤーから降りる時に差し出された手の温もりが、今も自分の手の平には残っているみたいで……。
でもそれも、帝王学の流れなのかな? クラブでの交流までも、よもや教え込まれてたようだったから。
なんだかこんな風に考えていると、彼にはまだまだ私の知らない様々な面がありそうで、全部を引き出してみたくなる。
それには、より仲を深めていかないと──。
貴仁さんのことを思うにつれ、また胸が高ぶってきて、今別れたばっかりなのに、もう会いたくてたまらなくなっていた……。