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──会いたいと思ってはいても、彼は忙しい身で、なかなか次に会う機会は持てなかった。
何の音沙汰もないまま、一週間が過ぎ二週間が過ぎる。
貴仁さんの仕事は大変でということはもちろんわかってはいたけれど、やっぱりちょっと寂しい気持ちは隠せないでいた。
「……さやちゃん」
名前を呼ばれて、「はいっ」と、とっさに顔を上げる。
「また私、こぼして?」
慌ててデスク周りを見回す。
「ううん、こぼしたりはしていないけど」と、菜子さんは前置いて、「なんだかまた悩んでいるみたいだから」そう言って、私の顔をやや心配げに覗き込んだ。
「ああいえ、すいません。なんでもないんです」
手を振って否定をする私に、
「ねぇさやちゃん、何か辛いことでもあって?」
菜子さんが、気づかうように眉を寄せたままで尋ねてきた。
「いいえ、辛いことではないですから、本当に」
と、笑って見せる。
彼だってきっと仕事を頑張っているに違いないんだもの、私も頑張らなくちゃだよねと、溜まった寂しさをぐっと呑み込んだ。
「そう、それならいいんだけど。そろそろ開発中の猫の香水も佳境に入っていて、もしかして根を詰めているんじゃないかとも思って」
お客様からの要望で作り始めた猫のフレグランスは、調香のパターンもほぼ決まって、そろそろテスト商品を仕上げる段階にもなっていた。
「それは、大丈夫ですから。新しい香りを精製するのは、とても楽しいことなので」
「それならよかった、疲れすぎないようにはしてね」
「はい!」と、菜子さんだけではなく自らにも言い聞かせるように声を張って元気さをアピールして、私ももっと気合を入れなきゃと、ほっぺたを両手でパンッと叩いて自分自身に活を入れた。