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仕事を終えた時、時計はもう日付が変わる寸前だった。
「悪いな、こんな時間まで」
低く落ち着いた声でそう言ったのは、社長であり、そしてちょんまげの恋人でもあるターボーだ。
長身で肩幅が広く、日焼けした肌。上着を脱いだだけでもがっしりした体格がよく分かる。
それに比べて、ちょんまげは小柄で色白。前髪をいつものように結んだまま、パソコンを閉じて伸びをした。
「いや…僕ニートだったの雇ってもらった身だし」
元々幼馴染。
再会した時、ちょんまげは職もなくふらふらしていた。
そんな彼を拾ってくれたのがターボーだった。 会社に雇い、面倒を見て、そしてある日――。
『ずっと好きだった』
そう告白されて、今に至る。
ちょんまげにとって三十四歳にして初めてできた恋人がターボーだった。
「この時間だと帰るのもしんどいな」
ターボーは腕時計を見て言った。
「そうだね」
「近くで泊まるか」
「うん、ホテルなら…」
そうしてターボーに連れてこられた場所を見て、ちょんまげは固まった。
ネオンの看板。妙に派手な外観。 そして、どこか大人っぽく、甘ったるい雰囲気。
「……」
「どうした?」
「…ここ」
ちょんまげは小声で言った。
「ラブホじゃ…」
ターボーは一瞬きょとんとして、それから笑った。
「普通のホテル埋まってたんだよ」
「いやでも!」
ちょんまげは顔を赤くした。
「僕、こういうとこ初めてだし!」
「そうなのか?」
「そうなのかって…!」
ターボーは少し考えてから、肩をすくめた。
「泊まるだけでもいいだろ」
「……」
「嫌なら帰るか?」
そう言われると、ちょんまげは困る。
終電もない。疲れている。
「…泊まるだけ、だからね」
「はいはい」
ターボーはくすっと笑った。
部屋に入った瞬間、ちょんまげは更に落ち着かなくなった。
広いベッド。ムード照明。やたら豪華な浴室。
「すごい…」
「まあ、ラブホだからな」
ターボーは慣れた様子で上着を脱いでいる。
その様子を見て、ちょんまげはふと考えた。
(……慣れてる)
当然かもしれない。
ターボーは昔からモテる。 会社の社長で、背も高くて、顔も良い。
(そりゃ…)
胸の奥がちくっとした。
(女とラブホくらい行ったことあるよね)
そう思うと、なぜか少し面白くない。
「先に風呂入るか?」
「…うん」
風呂は想像以上に広かった。
ちょんまげは湯船に浸かりながら、顔を熱くしていた。
(ターボーとラブホ…)
恋人同士だから当たり前なのに、場所が場所だけに妙に意識してしまう。
風呂から出ると、ターボーが既に上がっていた。 バスローブ姿だった。
濡れた髪。色黒の肌。胸元が少し開いている。
「……」
ちょんまげは思わず目を逸らした。
「どうした?」
「いや別に…」
声が少し上ずる。
ターボーはソファから立ち上がり、近づいてきた。
体格差のせいで、ちょんまげは自然と見上げる形になる。
「緊張してる?」
「……してない」
「嘘つけ」
照れ隠しで後ろを向くと低い声で笑われる。
次の瞬間。
後ろから腕が回された。
「…っ!」
背中にターボーの胸が当たる。
大きな体に包まれる感覚。
「タ、ターボー」
「ん?」
「泊まるだけって…」
「気が変わった」
耳元でそう言われ、ちょんまげの顔は一気に赤くなる。
普段、二人はちょんまげのアパートで夜を過ごすことが多い。
だが――
アパートは古くて壁が薄い。隣の生活音が聞こえるくらいだ。
その為ちょんまげはいつも、声を我慢していた。
ターボーはそれを知っている。
後ろから抱きしめたまま、ターボーが耳元で囁く。
「今日は声我慢しなくていいぞ」
「……っ」
心臓が跳ねた。
「ここ、誰も気にしない」
そのまま軽々と体を持ち上げられる。
「ターボー!?」
そして――
ベッドに押し倒され、ふかふかのシーツが沈む。
ターボーが上から覗き込んでいた。
「顔真っ赤」
「……うるさい」
「可愛い」
「っ」
大きな手が頬に触れる。
優しく、でも逃がさないように。
「ちょんまげ」
「…なに」
「嫉妬してた?」
図星だった。
「…してない」
「俺が女と来たことありそうだから?」
黙る。
ターボーは少し笑った。
「まあ、否定はしない」
「……!」
胸がぎゅっとなる。
だが次の言葉は思っていたのと違った。
「でも」
ターボーは額を軽くくっつけてきた。
「今、ここにいるのはお前だろ」
「……」
「それでいい」
ちょんまげの胸の奥がじんわり温かくなる。
「初めてのラブホが俺で良かったな」
「…バカ」
「なんで」
「そういうこと言うな」
恥ずかしくて顔を覆うと、ターボーが笑った。
手を取られ、深い口付け。
「今日はいっぱい声聞かせろ」
部屋の灯りが少し落ちて、静かな夜が二人を包んでいった。
ちょんまげは思った。
こんな夜を、自分が迎えるなんて昔は想像もしていなかったと。
だけど――
ターボーの腕の中は、不思議なくらい安心する。
その夜、ラブホテルの部屋には、 いつもより少しだけ素直な声が響いた。
そして朝。
ターボーは満足そうに笑いながら言った。
「やっぱり我慢してたんだな」
「別にそういうわけじゃ…!」
「また来るか?」
「来ない!」
そう言いながらも、ちょんまげは少しだけ昨日より素直な顔で笑っていた。
END