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後半になっても、前半同様に厳しい防戦を強いられていた。俊介のセービングで何とか失点を免れたシーンもあった。朔太郎が時折り足を引き摺りながら、的確な位置どりで相手の攻撃の芽を摘む。0対0をキープ出来ているのは、一人少ない俺たちにとって上出来な結果だった。
俺は、後半から、得意とする相手ディフェンスの裏への走りに特化したポジショニングをしていた。瑞奈が得意とする中盤からの繋ぎは、大河に任せる。
すると、今まで俺が張っていた右サイドにスペースが生まれ、右サイドバックの朔太郎と、右インサイドハーフの大河の連携がスムーズにいくようになった。
攻撃を形成できる一本の道筋が通ったのだ。
時間が経つにつれ、シュートにたどり着けるリズムが整っていく。点を取らなければ。ますはシュートだ。
俺がワントップで中央の高い位置にい続けることにより、警戒した水沼が高い位置をとらなくなった。ゴールマウス近辺でポジションをとりだす。水沼だけでなく、相手チームのディフェンスラインが俺に押されるように後方に下がっていた。
そうして、両者無得点のまま、後半三十分に突入した時。
ウイングバックの役割が機能し始めていた朔太郎が、大河とのワンツーでサイドを駆けあがることに成功した。
「削れぇっ!」
水沼の号令で、相手選手が朔太郎めがけてスライディングタックルをする。足先が浮いている。このままでは、ボールではなく、朔太郎の足首が刈られてしまう。ボールを奪うのではなく、朔太郎を転ばすためのタックルだ。
朔太郎に向けられたスパイクの裏が、太陽光を反射して牙のように光った。躊躇などを微塵にも感じさせない勢いで、相手が芝上を滑っていく。朔太郎は相手のタックルに気付いていないのか、避ける素振りを見せない。
「朔太郎!」
思わず叫んだ瞬間、朔太郎が決死の目を俺に向けた。
朔太郎は気付いていた。
でも、――避けない。
何故なら、ボールを繋ぐため。俺にクロスをあげるため。
あえてタックルを受けようとしていた。相手選手をかわす選択をすると、ボールが暴れ、質の良いクロスをあげられない――。
ボールを朔太郎が蹴った。直後、耳が、朔太郎の悲鳴を拾う。
朔太郎はタックルの直撃を受けて倒れているだろう。しかし、ここで朔太郎を見てはいけない。
朔太郎がその身を犠牲にしてまで繋ごうとしたボールが、俺のもとに飛んできていた。もう間近だ。俺が見るべきはボールだ。
横回転がかかったボールが空中で緩やかな弧を描いている。少し高い。俺は跳んだ。背を反らせる。ボールの真芯を見る。太陽が眩しい。目を瞑るな。額に神経を集中させる。頭をボールに向けて、力強く振った。ヘディング――……眼前が暗くなった。額で弾いたはずのボールに、キーパーグローブがかかっていた。
手!?
突如として現れた大きな壁、身体。俺のヘディングを、いや、俺達の希望を打ち砕く、――水沼。
背中からピッチに落ちる直前、がっちりとボールをセーブしている水沼と目が合った。
笑っていた。このサッカーが茶番だと言わんばかりに、瞳に揶揄の色を浮かべている。
遅れて笛が吹かれた。
審判が足首を指さし、のたうち回っている朔太郎のもとへ走っていく。ファールを受けながらも朔太郎がクロスをあげたため、審判がアドバンテージをとってファールを流していた。水沼がボールをセービングしたことでゲームを一時中断させ、改めて審判が笛を吹いた。
朔太郎のもとへ味方の選手が次々と駆けつける。タックルをした相手選手は、審判からイエローカードを提示されていた。相手選手は不服そうに表情を歪ませて、その場から離れていく。朔太郎を一瞥もせずに。
俺は尻を芝につけたまま、その一連の出来事を見ていた。どこかふわふわした感触が意識の奥底で漂っていた。頭がぼうっとする。現実を直視できず、寝苦しい夢の中にいるみたいだ。
拓真さんが審判に向かって激しく抗議する。タックルがイエローカードではなくレッドカードだと主張している。
どうして……俺は立ち上がらないのだ。どうして傍観しているのだ。どうして朔太郎のもとへ駆けつけないのだ。どうして拓真さんと一緒に審判に詰め寄らないのだ。どうして、どうして……。
力が、入らなかった。
目の前に暗幕をおろされた気分だった。いや、これは、……絶望だ。
朔太郎が身を犠牲にしてあげたクロスへの、俺のヘディングのタイミングは完璧だった。額がボールの真芯を捉え、そのボールはゴールネットを揺らすはずだった。はずだったのに……、――水沼。失点率0.00。全試合無失点。
どうしたらゴールを奪えるのだ? 考えるそばから、気持ちが萎えていく。
拓真さんが荒げる声を、朔太郎が痛がる声を知覚しながら、俺はうな垂れていた。やがて何も聞こえなくなった。目を瞑る。深く濃い澱みの中へ引きずり込まれていく……。
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