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『……ん……………』
焚火とその近くしか見えない闇夜の中、ゆっくりと目を覚ました。
「あ、気が付いた?」
声のした方を見ると、ミューゼが微笑んでいる。眠れないパフィによって遅めに起こされたお陰で、かなり疲れが取れている様子だった。
少しだけ離れた場所では、パフィが少女をチラチラ見ながら何かを作っている。
(あれ……これって……)
いつもに比べて動きにくい体を見ると、外套が被せられ包帯でぐるぐる巻きになっていた。
外套はともかく、包帯は知っているのと同じ物だったため、手当てをしてくれたのは少女にとっても一目瞭然だった。
自分の状態を理解した少女は、ミューゼの方を向いて、お礼を言う事にした。
『手当てしてくれてありがとうございます。まだちょっと痛むけど、大丈夫です』
「…………えっ」
その言葉を聞いたミューゼは、驚愕の顔で固まってしまう。
「その子起きたのよね? 無事なのよね?」
離れた所からお皿を持ってやってきたパフィ。少女が目を覚ました時の為に、柔らかい肉料理を作っていたのだった。
「パフィ、この子が泉に入ってた理由を話せない原因が分かったよ」
2人の会話を聞いて、またしても驚く少女。
(あ、しまった。そういえば……)
それは少女にとっても、2人にとっても、困惑するのに充分な原因だった。
「……何言ってるか……言葉が分からないの」
「……えっ?」
(何言ってるか分からないな。さっきの僕の言った事も分かってないよなぁ、絶対)
そう、言語が通じないのが、今回の事件の原因の1つだった。
ナイフをつきつけられ、質問されて、何言ってるかが分からない少女は、恐怖と困惑でリアクションが出来なかっただけである。
そこにディーゾルという生物が飛び込んでくるという、不幸が重なってしまったのだ。
それを知ったパフィは、食器を持ったまま、その場にへたり込んでしまった。
「じゃあ何なのよ? 私は言葉が分からない小さな女の子に言葉で問いかけて、勝手に怒って斬ったって事なのよ?」
「パフィ……」
「……ごめん。少し立ち直れそうにないから、この食事はお願いするのよ……」
「うん、横になっててもいいからね」
皿を渡すと、パフィはフラフラと焚火の反対側に移動して、蹲ってしまった。眠ったわけではなく、ただ顔が上げられないのだ。
受け取った皿を近くに置き、起き上がろうとする少女を優しく起こすミューゼ。ディーゾルに裂かれた腕を診ていたから、自力で起きるのは困難だと分かっていた。
「言葉は通じなくても、今はあたしが食べさせてあげるね。口を開けてくれると嬉しいけど……」
肉をミンチにして味をつけて野草と一緒に焼いただけの簡単な料理。その匂いで食べ物だと認識したのか、家を出てから何も食べていない少女のお腹が反応した。
その様子を見て、肉を乗せたスプーンを少女の顔の前に持って行くと、すぐにそれを咥えこんだ。
「お腹空いてたんだねー。よかった簡単に食べてくれて」
(この肉美味しいなぁ。左腕痛いから助かるけど、あ~んは恥ずかしいなぁ……)
考えている事は違えど、行動が一致した2人は、この後も仲良く静かに食事を楽しんでいった。
(ドタバタしてて気づかなかったけど……この子、滅茶苦茶可愛くない? どうしてこんな危ない森にいるんだろう)
目の前で美味しそうに肉を頬張る少女の事を考えてみるも、もちろん何も分からない。
(何か話してる雰囲気はあったから、あたし達とは違う言葉なのかな? でもそんな存在聞いた事無いし……こんなにも可愛いから、案外本当に天使だったりして?)
「けぷっ……」
(……ゲップまで可愛いとか、間違いなくあたしの天使ね。このままお持ち帰りしちゃいたいな)
考えながら様子を観ているうちに、ミューゼはすっかり虜になっていた。
(流石に放ってはおけないから、この仕事は延長ね。パフィもこのままじゃ帰れないって言いだしそうな雰囲気だし。せめてこの子の住んでる所には送ってあげないと)
背中を優しくさすりながら、この後の事を考えていく。
一方、目が覚めてからずっとミューゼの優しさに触れている少女はというと……
(絶対今のゲップ聞かれた! こんな綺麗な人に聞かれた! 恥ずかしいし緊張する……。でも前と違っていやらしい気分にはならないかも。やっぱり体がもう女だから色々違うんだろうか。っていうか、体に包帯巻かれてるって事は、全部見られちゃってるよね。最初から裸だったし……うぅ……)
自分に対しての疑問から、羞恥やら安心やらで少し顔が赤くなっていた。
料理を食べ終えた少女は、すぐにうつらうつらとし始める。
「まだ起きるだけでも負担かな? 今はゆっくり休んでね」
血は止めたものの、決して軽い怪我ではなかった事もあり、幼い体はすぐに休息を求めた。
手を握りながら、地面に寝かせると、少女はすぐに寝息を立て始める。
ミューゼはその姿をデレ~っとだらしなく眺めつつ、パフィに声をかけた。
「ねぇ……」
「いいのよ」
「……まだ何も言ってないよ?」
「どうせこんな怪我で放っておけないから、その子をどうにかしたいって話なのよ」
「正解。最悪連れて帰ってでも、ちゃんと歩けるまでは面倒見てあげたいね」
「……養う事で罪滅ぼしになるなら、よろこんで養うのよ」
「あたしは罪滅ぼしとか関係無しに養いたいけどね」
「どうにかしてその子から、森から出るかどうか聞くのよ」
「パフィってばもう面倒見る気満々ね」
「……うるさいのよ」
罪悪感で胸がいっぱいのパフィは、俯いたまま今後の事を受け入れた。
次に少女が目覚めたのは、うっすらと空が明るくなってきた夜明け直前だった。
「あ、起きた。ごはん出来てるよー…って分かんないか」
意味は分からないものの、声と匂いに導かれて、ミューゼの方へ行こうと立ち上がろうとする。が、
「ぅあっ!?」
左足のふくらはぎに強烈な痛みを感じ、顔をしかめて倒れてしまう。
「あっ! 立ち上がっちゃ駄目! 傷が!」
慌ててミューゼが立ち上がるが、それよりも早くパフィが少女へと駆けつけていた。
「大丈夫なのよ?」
通じないと分かっていても、思わず声をかけてしまうパフィ。その声は消え入りそうな程、優しかった。まるで触っただけで死んでしまう、小動物の赤ちゃんを扱うような光景である。
怪我の部分に気をつけ、そっと抱き上げて、そのまま焚火の傍のミューゼの元へと移動する。
「………………」
「何なのよ、その顔は」
信じられない物を見たという顔のミューゼ。
そんなミューゼをジト目で牽制し、食べかけの朝食のある場所に、少女を抱えたまま座る。
その少女は全く動かない。自分を斬った女性に怯えている……かと思いきや、
(やわ……柔らかいっ! おっきい! 当たってるから! すっごい当たってるっ! 体埋まってるうっ!)
内心大混乱しているだけだった。ちょっと前まで成人男性をやっていて、今は脳を含めた身体全体が情緒安定前の子供な訳だから、こんなものである。
そんな事とはつゆ知らず、自分が怖がられていると思っているパフィは、抱いている腕に決して力を込めず、腕の中から逃げた時の為に、ミューゼの横でやさしく少女を撫でている。
ミューゼはそんなパフィをからかいたかったが、状況が状況だった為、頑張って静かにしているのだった。
それでも食事だけは取らせないといけないので、一応声をかける。
「それじゃあその子がごはん食べれないから、体勢変えてあげようよ」
「そっか、分かったのよ」
(あの生き物にやられた傷が痛いから助かるけど、この助けてくれたお姉さんのボディの破壊力が凄すぎて、余計ヤバイって!)
少女はこの豊かなボディの持ち主が、自分の足を斬りつけたという事には気付いていなかった。足の傷もあの狂暴な生き物によってつけられたと思っている。
対して、自分が睨んだり斬りつけたりした事に怯えられていると思っているパフィ。そんな認識のズレに気づく事は、言葉が通じない現状では訂正も不可能だった。
なんとか食事を終えた頃には、日も昇り、辺りは明るくなっていた。
かなりの時間を休んだ少女は、ケガの痛みはあるものの、目が覚めてすっかり元気になっている。
「名前知りたいけど、どうしたものかなぁ」
「それに、今までどこに住んでいたのかも気になるのよ」
どうやって情報を得ようかと悩む2人。
(うーん、思考も口調も大分男っぽさが取れたと思ったら、まさか言語が違うなんて。練習したのが無駄になっちゃったよ)
柔らかいクッションに包まれるのにも少し慣れた少女は、言葉の違いという悲しい事実について考えていた。
(まぁ言葉は人がいれば身につくよね。この人達について行っていいのかな? 今はそれよりも、脱いだ服の回収と、あんな獣がいるなら野宿は危ないから、家に案内してあげなきゃ)
思い立ったら行動あるのみ。知らない場所なら尚更だと考え、少女はパフィの服をクイクイっと引っ張った。
「どうしたの…よ?」
「……パフィがどうしたのよ?」
服を引っ張った少女の方を見たパフィが固まってしまった。
すぐに目を逸らしたが、顔が赤い。
「……可愛すぎるのよ」
「やっぱりそう思う?」
今までチラチラと横から見ていただけだったから気付かなかったのだろう、正面からの眼差しに当てられ、見とれてしまったが、正気を保つ為に目を逸らしてしまったのだ。
なおも服をチョイチョイっと引っ張る少女に、覚悟を決めて目を合わせる。初見や不意打ちでなければ耐えられると自分に言い聞かせての行動だった。
可愛い顔に負けじと、優しい笑みを浮かべて応答すると、服から手を放し、少し離れた岩の方を指差した。
「あっちに何かあるのかな? 行ってみよう」
2人は立ち上がり、少女の指差す方向へと向かってみる。そこには少し痛んでいる汚れた服が落ちていた。
「これ…この子の服?」
「きっとここで脱ぎ捨てて、水浴びしていたのよ」
「そうね……はい、これ貴女の服よね」
少女は嬉しそうにその服を受け取った。
(よかったー、裸に包帯と布ってマニアックな姿だったから、ちょっと落ち着かなかったんだー。あとは一度家まで案内すればいいかな。うまくいくかな?)
このままの流れで、茂みの向こうを指差した。少女がやってきた方向である。
「あっちに何かあるの? またどこかに案内しようとしてるのかな」
「行ってみるのよ。悪いけど荷物持ってきてほしいのよ」
「うん、ちょっと待ってて」
杖、ナイフ、他の荷物を取りに行き、移動の準備が終わった。
もし獣が襲ってきたら、基本的にパフィが前に出る為、ここからはミューゼが少女を抱きかかえる事になる。
「軽いし可愛いし、このままずっと抱きしめていたいなぁ」
「何言ってるのよ……私も抱きたいのよ」
「ん? 何か言った?」
「何でも無いのよ」
(……?)
こうして2人は、少女の指を頼りに、人の手が入っていない茂みの中へと入って行った。