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程なくして彼が私の部屋を訪れると、
「……君に、会いたかった」
着ているスーツから、あのオリエンタルなフレグランスが、ふわりと匂い立った。
甘い香りが鼻孔をくすぐって、
「……私も、会いたくて」
高ぶる気持ちのままに、ワイシャツの胸に頬を寄せる。
「そう抱きつかれては、私もセーブができなくなってしまう……」
「いいの、セーブなんてしないで」
胸元に顔をうずめ、スーツの背に腕を回すと、
「……彩花」
彼の切なく掠れた呼び声とともに、ギュッときつく抱き寄せられ、勢い余って玄関の壁際に身体が押し当てられるかっこうになった。
「貴仁さん……、ん……」
その黒く濡れたように煌めく虹彩を見つめ、名前を呼び返した刹那、
息を継ぐ間も惜しむようなキスが、私の唇を塞いだ。
「こんなにも抑えが効かないほどに、私は君が好きで」
彼の言葉はいつも甘く蜜のように、私を蕩かせて……。
「……貴仁さん」
熱に浮かされ、もう一度名前を呼ぶ。
「うん?」
唇を離して応える彼を、私の方から誘惑したくもなる。
ただ、焦れて駆り立てられるような心に、せめてもの余裕が欲しくて、
なんとか気持ちをとどめ、「どうぞ、部屋へ」と、彼を中へ招き入れた。
テーブルに着いてもらって、胸の奥で燻る想いを、どうして落ち着かせたらと頭を巡らせていると、ふと浮かんだことがあり、「あの、」と、口に出した。
「あの、ワインをいっしょに飲んでくれませんか?」
唐突な私の問いかけに、「ワインを?」と、彼から訝しげに聞き返される。
「ええ、特別な日に飲もうと思って、前に買って置いといたものがあるんです。それを今日、飲みたいなって」
「今日で、いいのか?」
彼に、「はい、せっかくなので」と、返して、初めてのボーナスで買った自分の生まれ年のヴィンテージワインを、棚から取り出した。