テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
昼過ぎ、思わぬ来客があった。屈強な体躯に無骨な風貌—まさに農民上がりの出世街道を進む典型のような男だった。
「拙者は木下藤吉郎と申す!いや〜、ついに会えて嬉しい限りじゃ」
その快活な声と裏腹に、この男の底知れぬ野心が垣間見える。後世、豊臣秀吉として天下を取るこの男の目に、俺はどう映っているのだろうか。
「こんな汚い場所までわざわざ来てくださってありがとうございます」
皮肉混じりに言うと、藤吉郎は豪快に笑った。
「何を言う!あんたのような天才が埃塗れになっているのが惜しくてしょうがないんじゃ!」
この男の直感力と行動力は本物だ。史実では彼は後の世で最も成功を収めた戦国大名になる。ならば彼の耳に入れるべき情報がある。
「実は桶狭間のことですが……」
俺が切り出すと、藤吉郎の目の色が変わった。
「ほう?何か知っとるんかいな?」
「知ってますとも。敵の大将……つまり今川義元が最も注意を怠るタイミングがあります。そして、その時を逃せば勝機はありません」
「……詳しく聞かせてくれ」
それから俺は、雨雲の動きと気象条件、さらには地形の特性について詳細に説明した。すべては前世の教科書知識と、俊之助の予知能力で補完したものだ。
藤吉郎は熱心に聞き入り、最後には何度も頷いていた。
「そいつはええ話じゃった。早速信長様にお伝えしよう」
彼が帰った後、俺は一人考える。十兵衛、藤吉郎……二人とも違うアプローチで同じ目的に向かって動いている。果たしてどちらの案が採用されるのか。それともまったく別の展開になるのか。
夕暮れ時、今日もまた新しい影が牢獄に落ちた。緊張感漂う足音と共に現れたのは、若くて整った顔立ちの青年だった。その眼光は鋭く、しかしどこか憂いを帯びている。
「私は石田佐吉と申します。お噂はかねがね……」
後に三成として知られる天才官僚の登場だ。彼もまた信長の命令で俺のもとを訪れている。
「どのような御用向きで?」
「率直に申し上げます。桶狭間での戦を勝利に導くため、あなたの知恵を借りたく……」
俺は内心で笑った。昨日までの二度の訪問者と同じ要求だ。それぞれ個性的だが、最終的には皆同じ場所を目指している。
「一つだけ条件があります」
三成は眉を上げた。
「どのような?」
「万が一、私のアドバイスによって勝利を得た場合、私は必ず自由の身になります。それが叶わないなら、何も言いません」
しばしの沈黙の後、三成は苦渋の表情で頷いた。
「約束しましょう。信長様のご裁可があれば……」
「結構です」
その後、俺は極めて慎重に情報提供を行った。具体的な戦術の詳細ではなく、大局的な視点からの助言を中心にして。あまり露骨な歴史改変は避けなければならない。
夜も更けて、四人の歴史的英傑との邂逅が終わった。十兵衛の用心深さ、藤吉郎の抜け目のなさ、三成の几帳面さ—それぞれが異なる性格を持ちながら、信長のために尽くそうとする姿は見ていて興味深いものがあった。
そして最後に、主役たる織田信長本人がやってくるのは時間の問題だろう。
桶狭間の戦いまで残り五日。運命の歯車は静かに、しかし確実に回転速度を上げていった。
四人が去った翌日、土牢の扉が再び開いた。しかし入ってきたのは以前の三人とは明らかに雰囲気が違っていた。
「おぅ、なかなか悪くない居心地そうじゃねぇか」
荒々しいが洗練された声。廊下を照らす松明の明かりの中、立っていたのはまさに想像通りの人物だった。
濃紺の羽織に白い装束、燃えるような黒髪が揺れる。織田信長、後の第六天魔王と呼ばれる男がそこにいた。ただ、この時点での彼はまだ二十代後半。世間一般からは「うつけ者」と揶揄される存在だ。
「……信長様?」
「何でお前が驚くんだよ。オレが会いに来ちゃいけないのか?」
不敵に笑いながら、信長は狭い土牢に入ってくる。従者の一人も連れていない。完全な単独行動だ。
「他の者はどうしました?」
「全部追い払った。オレはお前とサシで話がしたかったんだ」
信長は胡坐をかいて座り、真正面から俺を見据える。その瞳は好奇心と探究心で溢れていた。
「昨日聞いたぞ。十兵衛や藤吉郎、それから佐吉までお前を訪ねたらしいじゃないか。みんな興奮して戻ってきてなぁ……一体何を吹き込まれたんだろうねぇ?」
信長の態度はリラックスしていたが、その言葉の一つ一つに試すような意図が含まれている。俺は心臓が高鳴るのを感じながらも平静を装った。
「彼らが求めたことに答えただけです」
「ほぉ?で、オレには何を求めている?」
率直な問いかけに、俺は少し考え込んだ。ここまで来て正直に全てを打ち明けるべきか。それとも徐々に信頼を築いてから……
「自由を」
はっきりと言った。
信長の眉毛がピクリと動いた。期待していた回答と違っていたのだろうか。
「自由、ねぇ……」
しばらく黙考した後、信長は突如大声で笑い出した。
「ハッハッハ!こいつは面白い!まさか牢屋の中で自由を求める奴がいるとはなぁ!」
腹を抱えて笑う信長に、俺は少し苛立ちを感じながらも耐える。この男の気まぐれには付いていくのに苦労しそうだ。
「当然の要求だと思いますが」
「まぁそうだな。お前の親父さんも大概酷いことしてくれたもんだ」
意外にも同情的な反応だった。信長は立ち上がり、土牢の壁に拳を当てながら続ける。
「だがな、俊之助……いや、お前は何か特別なものを持っている。俺には分かる」
突然、真面目な口調になった信長の言葉に、俺はドキリとした。
「十兵衛たちは言ってたぜ。お前の考え方は凡人とは違うってな。特に、雨を利用した戦略は見事だって褒めてた」
やはり情報は筒抜けだったか。こうなったら隠す意味もない。
「私はただ、自然の摂理を読んでいるだけです」
「ふーん……」
信長はじっと俺の目を見つめる。まるで魂を見透かされているような気分だった。
「面白い。お前みたいな変わり種が好きなんだよ、オレは」
そして驚くべきことを言い放った。
「よし、決めた!桶狭間が終わったらお前を解放する。それどころか、正式にオレの配下として召し抱える」
「……本当に?」
「あぁ。その代わり条件がある。今回の戦いに全面協力してもらう。それで勝てたら、お前の望みは全てかなえてやるよ」
俺の喉仏が上下するのが自分で分かった。これは千載一遇のチャンスだ。信長の信用を得られれば、この時代で自由に生きていける。
「承知しました。全力を尽くします」
信長は満足気に頷くと、懐から小さな袋を取り出した。
「これを持ってけ。ちょっとした贈り物だ」
受け取って開けてみると、そこには小銭と乾燥した薬草の包み、そして一枚の紙切れが入っていた。紙には簡単な地図と数字が記されており、どうやら秘密の合図のようだ。
「これをきっかけに、作戦期間中は自由に出入りできるようにしてやる。使えるものは使ってこそ意味があるからな」
それだけ言うと、信長は颯爽と牢獄を去っていった。
꒰ঌソラ໒꒱
1,200
232
ロブロ愛の塊2世
101
コメント
1件
ああ、ついに信長本人が来たね…!「面白い」って笑いながら自由を条件に持ちかけるとこ、本当に信長らしいなって思った。十兵衛、藤吉郎、三成と順番に来て、最後にボス登場って流れが熱かった。でも一番気になるのは、俊之助がどこまで歴史を変えちゃうかってとこ。信長に「特別なものを持っている」って見抜かれたシーン、ゾクッとしたよ…。続きが待ちきれない!