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〇月×日
(雨)
あの女に会った。名前は分からない。俺を見ているようで見ていない、何か別のものを眺めて笑っているような目だった。薄気味悪いヤツだと思った。
あの女の後ろ姿を見ただけで全身が粟立った。すぐにその場を離れようとした。なのに目が離せなかった。まるで蛇に睨まれた蛙のように、俺は動けなかった。
声が出なかった。身体が動かなかった。俺はどうしようもなく怖かったんだと思う。何をされるのかも分からず、このまま殺されるか、それともこの身を汚されてしまうのではないかと思っていた。だからあのままあの場にいるのが嫌で仕方がなかった。早く逃げ出したくて仕方がなかった。しかしそれはできなかった。何故なら、俺が逃げ出したら誰が皆を守るというのだ。俺は戦士だ。女子供を守らなければならない立場なのだ。恐怖に打ち勝つことが戦士として最も大切なことだと言うことも理解している。でも、それでも俺は心の底から恐怖を感じていた。逃げ出して、あいつらに蹂躙されて、殺されてしまうかもしれない。そんなことを想像するととても恐ろしかった。自分が情けなくてたまらなかった。
だがそれと同時に、別の感情もあった。心のどこかで期待をしている自分がいた。もしこの行為が終わってしまえば、何かが変わるのではないかと、変化を求めている自分がいた。俺は一体何を求めていたのだろう。こんなことになってしまった以上、何も変わらないことなど分かりきっているはずなのに。
ふと目を覚ますと、そこには見慣れぬ天井があった。ここはどこなのだろうか。意識がはっきりとしない。体を動かそうとするが、上手く力が入らない。まだ眠いのか……そう思い再び眠りに落ちようとするが、何か違和感を覚えた。
それは視覚的なものだけではない。鼻孔を刺激する匂い、肌に触れる布地の手触り、口内に広がる味など、あらゆる情報が脳へと刺激を与えているような感覚だ。自分の身に何が起きたか分からず混乱するが、同時にそれが決して悪いものではないとも理解できた。
記憶を呼び起こそうと試みるが何も思い出せない。ただ1つ分かるのは、自分が今見知らぬ場所にいるという事実だけである。自分はどうしてこんなところにいるのだろう。何故この場所で寝ていたのだろう。分からないことだらけではあるが、不思議と不安はなかった。