shk視点
飲み会は嫌いだ。
「え、シャケってあだ名なの?」
上下関係なんて面倒くさいし、大人数で飲むのも苦手。
知らない人に囲まれながら飲むなんて、何も楽しくない。
「…まぁ。」
強引な友人に引きずられるがまま入ったこのサークル。
飲みサーらしいし、サボっても平気そうだったから、今回の新歓で挨拶だけしたら幽霊部員になろうと思ってた。
…でも、目の前でジンジャーエールを飲んでいるこの男が…きんときがいたから、もう少しだけ、ここにいようと思った。
「ごめん、めっちゃ勘違いしてた…」
「別にいい。みんなにそう呼ばれるし。」
きんときにそう返しながら、当たり前のように出されたビールをおそるおそる口に運ぶ。
決して美味しいとは言えない味に顔を顰める。
初めて飲んだその味は、舌にこびりついてなかなかとれない。
やっぱり俺には少し早かったようだ。
口直しにお冷やを飲みながら、正面に座っている男を見る。
…先日、店の閉店作業をしてるときに出会ったこの男。
あの時、顔を上げて俺を見る瞳からは涙が溢れてて、なんとなくほっとけなくて声をかけた。
今日のきんときはこの間よりかは余裕があるように見えた。
…同じ大学だったのか。
しかもサークルまで同じ。
慣れない大人数の場と、驚きの連発で自身の体の動きがぎこちなくなるのを感じる。
「…緊張してる?」
「!」
キョロキョロと辺りを見ていると、きんときに顔を覗き込まれた。
「なん、で…」
「見てれば分かるよ。」
「っ…」
「初めての飲み会って緊張するよね、分かる。」
そう言って優しくはにかんだきんときは、自身の隣にある椅子を指差した。
「俺の隣座りなよ。」
「…!」
「その席の方がいい?」
「いや…、そっち、座る。」
慣れない雰囲気に戸惑っているのがバレて少し恥ずかしいが、この雰囲気が苦手なのは事実なので、大人しく促されるがままきんときの隣の席に座る。
逆隣は壁で、きんときと壁に挟まれて先程よりかは居心地が良くなったように感じた。
飲み会のワイワイした空気から少しだけ隔離されたような気がして、ホッと息をつく。
「…あんがと。」
「ん、どーいたしまして。気ぃ抜いてると酔った先輩に絡まれるから気をつけてね。」
遠慮がちにお礼を言うと、きんときはなんてことないようにそう言った。
カフェであったときの雰囲気とは違い、余裕を感じるきんときの横顔に思わず見惚れる。
「…!…なぁ、」
「ん?」
「…酒は飲まねぇの?」
きんときを見ていると、ジョッキに入ったジンジャーエールが目に入った。
そういえばさっきからきんときがアルコールを飲んでいるところを見ない気がする。
「あー、、」
「?」
俺の質問にきんときは気まずそうに視線を逸らした。
「俺、酒飲めないんだよねー…、」
「は…?」
飲めないって…
「ここ、飲みサーだろ?」
「いやー、そうなんだけどさ〜、、」
苦笑いを浮かべるきんときに首を傾げる。
酒が飲めないのに飲みサーに入ることなんてあるのか。
ましてや飲み会に参加するなんて。
…いや、もしかしたら、きんときも俺と同じで適当にこのサークルに入った人間なのかもしれない。
「…飲めないのにこのサークル入るのってやっぱ変だよねー、、」
「!」
自分で勝手に結論つけていると、きんときが目線を下げながらそう言った。
哀しげに伏せられたその目が、なんとなく初めてあった日の目に似てる気がして、動きが止まった。
「…酒飲めないと居酒屋も楽しくないし、ほんと困ったもんだよ。」
ハハッ、と自虐風に笑ったきんときの雰囲気がどこか寂しげで…なんとなくほっとけなかった。
気づいたら、考えるより先に声を出してた。
「…酒が飲めなくても楽しめる店、知ってる。」
「え?」
「料理がメインの店だから、きんときでも楽しめるんじゃねぇの…」
そこまで言って後悔した。
「あ…」
後悔すると同時に、自身の発言に顔に熱が集まるのを感じた。
きんときは俺の言葉を聞いて、驚いたように目を見開いている。
いやいやこんなん『一緒に行きましょう』って言ってるようなもんじゃねぇか…!
頭の中の冷静な自分がツッコミを入れる。
「え…」
ほら、きんときだって引いてる。
出会ったばかりの奴フツー誘わねえだろ。
いつもは、こんな大胆じゃないのに。
自分の発言が恥ずかしくなり、慌てて首を振る。
「やっぱ今のなしっ…」
「…あははっ!」
「……え?」
赤くなった頬を隠すように俯いていると、頭上からきんときの楽しそうな声が聞こえた。
顔を上げると、優しく微笑むきんときがいた。
「ふふ、優しいね、シャケは。」
「は…」
「俺、酒が飲めないせいでノリ悪いって言われること多かったからさぁ、そう言ってくれるの嬉しい。」
「いや…別に…」
「それに、その料理が美味しい店も気になるな。今度連れてってよ。」
「っ…」
…なんだよ、その言い方。
優しいのはアンタの方だろ。
「…べ、つに、この後でも、いい、けど、、、」
「え…」
目を逸らし、声を震わせてそう言った。
…顔、赤いかもしれない。
……いや、もういい。
この鼓動の高鳴りも、赤く染まる頬も、俺らしくない積極的なこの行動も、
全部、酒のせいにしてしまえ。
「この辺にあるし、、」
「いいの…?」
「ん…」
「じゃあ、行こうかな。」
きんときが頬を緩ませて優しく笑う。
その笑顔により一層心臓がドクンと跳ねた。
(あ、れ…)
心臓がうるさいぐらいにバクバクいって、気づけばきんときの笑顔に釘付けになっていた。
…出会った時から、きんときは何か惹かれる雰囲気があった。
たった一歳年上なだけなのに余裕があって、でもどこか危なっかしい。
…もしかしたら、俺は、
「なぁ、きんとき…」
「きんさ〜ん!!」
「!」
俺がきんときの名前を呼ぶと同時に、遠くから声が聞こえた。
見れば少し離れたテーブルから手招きをしている、ブルゾンを羽織ったタレ目の男がいた。
「っ…」
その男を見た瞬間、きんときの動きが止まった。
きんときは男の方を見ながら固まっている。
「…?きんとき、?」
「ごめん、ちょっと席外す。」
「え…?」
不思議に思って顔を覗き込むと、きんときはそれを払うように席をたった。
席を立ったきんときはそのまま真っ直ぐタレ目の男の元へ行く。
「あ…」
突然のことで頭が混乱した。
ひとり残された俺は、声も出せず、二人のやり取りをただ見ていることしかできなかった。
…あの後、
戻ってきたきんときに『急用ができた。』と言われ、誘いを断られてしまった。
自身の気分が明らかに下がっていることを感じながら、帰りの支度を始める。
誘いを断られたことは別にいい。
俺が急に誘ったことだから気にしてない。
問題はあのタレ目の男だった。
…きんときが、あの男に呼ばれたとき。
きんときの様子がいつもと違った。
驚きと期待が入り混じったようなあの横顔。
俺と話してる時には見せなかった顔だ。
…きんときは、もしかしたら、
……いや、今は考えない方がいいか。
「あ…」
会費を置いて店を出ようと入り口に向かっていると、お手洗いのあたりに壁に寄りかかっているあのタレ目の男が見えた。
スマホを弄っているからか、俺の存在には気づいていない。
「…」
もうサークルに来ることはないからと、挨拶せずに横を通り抜けようとしたとき。
「あ、遅れてきた1年の子じゃん!」
「っ…」
横を通った瞬間、男に声をかけられた。
急に声をかけられて、思わず肩がビクリとはねる。
見ると、さっきまでスマホを弄っていた男が顔を上げて俺の方を見ていた。
「…こんばんは。」
「名前なんて言うの?」
「…シャークんです。」
「シャークんね!僕、Broooock。よろしく~」
背も高くて、目も優しげ。
ふわふわとした高めの声に、余裕がある言動。
…ぜんぶ、俺とは真反対だ。
「シャークんって、きんときと話してた子だよね?」
「え、」
きんときの名前が出てきて一瞬呼吸が止まった。
驚いて男の方を見る。
変わらず、余裕ありげな笑みが返ってきた。
「…はい。」
「きんときとは仲いいの?」
「いや、まぁ……知り合い、です…」
「ふーん?…え、もう帰るの?」
「まぁ…はい…」
「もっと楽しんでったら?お酒もあるよ~?」
「いや…遠慮します…」
テーブルに置かれた大量の酒を見て、慌てて首を振る。
「…俺、もう行くんで。」
強引に話を切り上げる。
早く帰ろう。
これ以上話していたらペースに呑まれてしまいそうだ。
そう思って、Broooockさんに背中を向けたときだった。
「……シャークんってさ、」
「きんときのこと、狙ってるでしょ?」
「……は?」
後ろから聞こえてきた言葉に思わず振り返る。
振り返ると、何を考えているか分からない青色の瞳とバチッと目が合った。
「な、んで…」
体がガクガクと震える。
口から出る声も、震えていた。
「あ、その反応もしかして図星~?」
Broooockさんが俺との距離を縮める。
1歩後ずさると、背中が壁にあたった。
狭い居酒屋の通路に俺の逃げ場は無い。
驚く俺を無視して、Broooockさんは変わらぬトーンで話を続けた。
「なんでバレたんだって思ってる?」
「っ…」
「見てれば分かるよ~!シャークん、きんときのこと見すぎだもん!」
「は、…」
「いつから好きになったの?出会いは~?」
俺に質問するBroooockの口調は柔らかいのに、目がどこか底冷えして見えた。
違和感しかない、貼っつけたような笑みに体が固まった。
「いや、べつ、に…」
「あ、でもごめんね~!」
「?」
「きんとき、君との予定より僕との予定を優先しちゃったみたい~!」
「……は?」
周りの騒がしい音が遮断されて、何も聞こえなくなる。
今、なんて…?
Broooockさんは、言動とは裏腹になんの悪びれのない声色でヘラヘラ笑いながらそう言った。
俺の反応を楽しむような、響かない笑い声が鼓膜に張り付く。
「な、にいって…」
「…Broooock?」
「!」
「あ、きんさ~ん!」
Broooockさんに問いただそうとしたら、遠くから、きんときの声が聞こえた。
そこでやっと遮断していた周りの音が聞こえてくる。
声のした方をみれば、ショルダーバッグを肩にかけたきんときが立っていた。
俺らの方を見て、不思議そうに首を傾げている。
「シャークんも…ふたりで何してるの?」
「きんとき…」
「ちょっと2人で話してただけだよ~」
Broooockさんがなんてことないように笑顔で答える。
「そう…?」
「そうそう!それよりきんさんに話があってさ、」
完全には納得していないきんときの方にBroooockさんが駆け寄る。
駆け寄る拍子に、俺の横を通ったBroooockさんが俺の耳元で囁いた。
「…僕ときんときの関係が知りたければ、きんときに聞けばいいよ。」
「…は、」
「じゃあね、シャークん!」
Broooockさんが俺の肩をポンっと叩いて、そのままきんときに駆け寄って、2人で店の入口に向かう。
放心状態の俺は、その2人の様子を黙って見ることしかできなかった。
コメント
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初コメ&フォロー失礼します! 以前から拝見させていただいていました。土筆様のお話めっちゃ好きです(*´艸`*)続き楽しみに待ってます…!