テラーノベル
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家族。
それは生まれたときにほとんどの人が当たり前にそこにいるのだ。
だけど、そのほとんどの人に当てはまらない人もいる。
家族からもらえるはずの無償の愛をわたしは知らない。
人の運命や人生というのは一体いつから決まっているのか。
生まれる前からかはたまた生まれてから決まるのか。
それは前世での行いが今世に影響があるのか。
もしあるとするならば、わたしは前世で大悪事をやらかしたんだろう。
この世に神様なんて、いないと思う。
もし本当にいるのならわたしは神様にひどく嫌われている。
そうじゃなきゃ、今わたしはここにいない。
わたしが今過ごしているのは家族が待つ家ではなく、複数人で生活する児童施設だ。
捨て子。
世でいうわたしはそれにあたる。
つまり、親がいない。親戚もいない。天涯孤独。
生まれてすぐ捨てられていたから親の顔も当然知らない。
名前だって施設長がつけてくれたらしい。
もちろん、施設にはわたしと同じような理由かそれよりも残酷な理由でここで生活している子供もいる。
だけど、みんな見た目が髪の毛が黒くて、わたしを映す瞳も黒色かアーモンドのような茶色。
それなのにわたしの髪の毛は派手な金色で、瞳は青色。
どうみたって、日本人離れの顔。
わたしを捨てた親のどちらかが外国の人なのだろう。 だからわたしに里親は現れなかった。
こんな派手で日本人離れした子供はいらないのはわかる。
それもあってわたしは早々のうちに里親が現れることを諦めた。
家族の温かみに触れる、そんなごく普通のありふれた幸せは夢で終わらせた。
だって、現れることに期待して待ち続けるなんて無理だと思ったから。
期待したって叶わない。
何度も何度も期待してはそんな淡い期待は打ち砕かれた。
誰もわたしを救ってはくれない。
誰もわたしをこの小さな世界から連れ出してはくれない。
だから、わたしは早くもっと広い世界で生きていけるよう毎日のようにバイトに明け暮れている。
施設の子ためにも早く独り立ちしたいと告げると無理しない程度にね、と雇ってくれた店長には感謝している。
基本的に高校を卒業したら施設からは出ないといけない。
そこから大学に行くか就職するかはどちらでもいいけど、とりあえず施設から卒業という形になる。
わたしが卒業するまであと1年程。
わたしはなるべく施設に帰りたくない。
と言っても帰る場所もないから帰るんだけどね。
ウイーン、と自動ドアが開き人が入ってくるのが見えた。
さあ、考え事してないで働こう。
「いらっしゃいませ。何名様でしょうか?」
バイト先であるファミレスはピークを過ぎ、手が空く時間になった頃にカラフルな髪の毛をしたわたしと同じくらいの男の子たちが入ってきた。
「3人で」
「お席までご案内いたします」
そう言って、慣れた手つきでお水の入ったコップを3つお盆に乗せて席まで案内する。
「こちらのお席でお願いいたします。ご注文がお決まりになりましたらそちらのタッチパネルよりご注文くださいませ。失礼いたします」
その言葉を発しながら3人の前にお冷を置き、他の作業をしようとキッチンへ戻る。
「藍原さん、今日上がり変わってもらえませんか?」
わたしに話しかけてきたのは同じホールで先月入ったばかりの女の子。山田さんだ。
よくこうして上がる時間を交代して欲しいと頼まれる。
たぶん、いいように使われているんだと自分でもわかってる。
「何時だっけ?」
「17時半です!」
17時半かー。
施設での夜ご飯は18時からだから間に合うとは思うけど手伝ったりしてあげたかったのにできそうにないなあ。
うーん、どうしよっかな。
「……」
「無理そうですか?大丈夫ですよね?もうわたしいけるって言っちゃったんです!お願いします!」
なかなか返答しないわたしに山田さんが畳み掛けるように話しかけてくる。
いけるって言っちゃったってわたしが断ることは想定してなかったの?
はあ、どこまでも自己中というかなんというか。
わたしの本当の上がりは16時だ。
あと1時間ほどで上がれるのだけれどこの流れだと変わってあげないと後で面倒くさそうだなあ。
「無理なら無理って言わねえとダメだぞ」
そう言って、後ろから現れたのはキッチンでバイトをしている1つ上の工藤さんだ。
みんなに分け隔てなく接してくれる優しい人。
「工藤さん!余計なこと言わないで!」
「……いいよ。変わってあげる」
「お前、なんか用事あるんじゃねえの?」
「大丈夫です」
「やっぱり藍原さんってば、優しい!ありがとうございます!」
彼女はパァと明るい笑顔を見せると、ルンルンと調子よくホールへと出ていった。
「よかったのか?」
工藤さんが心配そうにわたしを見ている。
「大丈夫です。大した用事じゃないんで」
わたしはバイトをしてるからご飯当番は免除になっているし、特に迷惑がかかるわけじゃない。
ただわたしが勝手に手伝おうと思っていただけ。
それが潰れてしまってもなんの問題もない。
「ちゃんと断っていいんだからな?」
「わかってます。ありがとうございます」
そう言って、貼り付けた笑顔を向けた。
嘘だけが上手くなっていく。
本当の笑顔なんてどこかへ行ってしまった。
どうしてこんなわたしの心配をしてくれるのかはわからないけど、やっぱり工藤さんが優しい人なんだからだよね。
「おい!お前が持ってきたこの料理に毛が入ってたぞ!」
ホールから男性の怒りを含んだ声が聞こえてきてわたしは急いで声のした方へ向かった。
すると、そこには料理を指さして立っている男性に山田さんが目に涙を浮かべながら困惑した様子が見えた。
「も、申し訳ございません」
山田さんの恐怖に滲んだ震える声が聞こえる。
先程までルンルンだったのにたった数分で地獄にきたみたいな雰囲気だ。
「謝って済むと思うなよ!」
はあ、またクレーマーか。
最近、意味の分からないクレームをつけてくる人が増えていて困る。
店長は休憩に行ってるし、わたしが対処するのが一番早いだろう。
そう思い、男性の前まで行き、震える彼女の前に立った。
そんなわたしを見て男性は怪訝そうに眉間に皺を寄せた。
「なんだお前?」
「お客様、この度は大変申し訳ございません。料理の方は新しいものにお取替えさせて頂きます。本日は料金は頂きませんので。こちらの不手際でご迷惑をおかけし申し訳ございません」
入職した際にもらったクレーム対応はバッチリ頭に入っている。
本来ならお金はもらうべきだが、よっぽどの時は代金は頂かなくていいそうだ。
そして、今がそのよっぽどの時だとわたしは思った。
どう見てもこの人、ややこしそうだし。
タダにしたら怒りも沈めてくれるだろう。
「はあ?それじゃあ俺がクレーマーみたいじゃねえか」
クレーマーなんだよ。
どう考えてもその短い髪の毛は山田さんのじゃないし、キッチンの人は衛生面も考慮して髪の毛を出さずに帽子を被っているから髪の毛なんて入らない。
おそらく、自分で入れたのだろう。
なんてめんどくさい奴に引っ掛かっちゃったんだろう。
「とんでもございません、お客様にはご迷惑を……」
言葉の途中でグッと掴まれた腕にビックリして下げていた頭を思わず上げた。
ぞくり、と身体に嫌悪感が走る。
気持ち悪い。離して欲しい。
そんなのお客様には言えない。
それをこの人もわかっているのか、じっとりした気持ちの悪い目がわたしを見つめ、にやりと口角を上げた。
「姉ちゃんが身体で支払ってくれるなら許してやってもいいよ。その代わりそれがダメなら訴えてやる」
わたしとその少し周りにいた人にしか聞こえないくらいの声で言ってきた男性。
ああ、どうしよう。
きっと初めからそれが目的だったんだろう。
わたしまで震えそうになるけど、掴まれていない方の腕をぎゅっと握りしめて何とか耐える。
頑張れ、わたし。
訴えられなんかでもしたら施設の人にも店長にも迷惑がかかるし、何よりバイトなんてやめさせられる。
そうなれば、またわたしは振り出しに戻ってしまう。
どうしよう。ほんとに どうしよう。
頭をフルで回転させているつもりなのに動揺からか何もいい案が思いつかない。
「あ、の」
「良い歳した大人がそんなかっこ悪いことしちゃダメですよ」
わたしが必死に言葉を絞り出そうとした瞬間、そんな言葉と共に横から伸びてきた手がわたしの腕を掴んでいる男性の腕を掴み、ぐいっと持ち上げられた。
パッとそちら見れば、先程わたしが案内した3人組の内の一人、燃えるような深みのある赤い髪をした人だった。
「な、なんだお前は!」
「俺さっきオジサンが自分の髪の毛入れんの見てたからね」
「っ、」
「あと、女の子怖がらすようなこともしちゃダメですよ」
そう言って、彼はグッと掴んでいた手に力を入れたのか「うぅ!」と男性が痛みを堪えるような声を上げた。
彼は呆れたように笑って、男性を見つめていた。
その瞳に温度はなく思わず背筋が凍りそうな、ゾクッとしてしまうほど冷たいものだった。
それからしばらくして店長が騒ぎを聞きつけたのかこちらにきて男性の対応をしてくれ、結果的に男性は自分でクレームの原因を作ったことを白状し、その場は何とかなった。
「山田さん、大丈夫?」
「はい、何とか……っ」
そう言いながらポロポロと大きな瞳から涙がこぼれ落ちていく。
「ごめんね、怖い思いさせて」
そう言いながら彼女の震えた背中をさする。
こんなことしか言えない。
もっと気の利いた事が言えたら良かったんだけど。
「助けてくれてありがとうございました。お兄さんも」
そう言って、わたしと助けてくれた男性に頭を下げた。
「とんでもないです。怪我とかがなくてよかった」
男性が先程の冷たい瞳とは打って変わって、彼女にふわり、と柔らかい笑顔を向け、それを見た彼女はビックリしたように目を丸くし、ほんのりと頬を赤らめてもう一度頭を下げるとキッチンへと戻って行った。
「あ、ありがとうございました。助かりました」
わたしも助けてもらったことに変わりは無いのだから彼に頭を下げる。
彼がいなかったら今頃騒ぎはもっと大きくなっていただろうし、わたしだってどうなっていたかわからない。
「大丈夫。もうアイツはいないから」
その言葉と共に頭に乗せられた手がわしゃわしゃとわたしの頭を撫でた。
突然のことに目を丸くして彼を見つめる。
どうしてわたしにはそんな砕けたように話すのだろう。
山田さんにはそんなことはなかったのに。
「どうして、」
「君だって怖かったんでしょ。こんなに震えてさ」
そう言ってわたしの手をすっと持ち上げると自分の手で包み込み、ぎゅっと握られた。
自分じゃない人の体温に触れたのは久しぶりでそれに安堵したのか、ポタリ、とその手に我慢していたはずの涙がこぼれ落ちた。
泣いちゃダメなのに。
わたしは泣いても慰めてくれる人がいないから。一人でどうにかしなくちゃダメなのに。
そう思うのに堰を切ったように次々と溢れ出てくる涙を止める術がわたしにはわからない。
お客様がまだいるのに、とか頭ではわかっているのに涙を止めることが出来ない。
ただ、わたしの手を包み込むその温度がわたしには暖かすぎたのだ。
そしてそんなわたしを見て、彼は呆れるでもなく、取り乱すわけでもなく、そっと向けられた微笑みが心地よく、わたしを映す深い緋色ひいろの瞳が陽だまりのように優しくて全てを包み込んでくれているようなそんな気持ちになる。
「バイト、何時まで?」
「……ご、17時半です……っ」
そう聞かれて、なんとか絞り出した声。
どうして上がりの時間なんて聞いてくるのだろう。
「そっか。よかったら送ろうか?まだ怖いだろうし」
「い、いえ……。すぐそこだし大丈夫です」
徒歩15分程度。
だけど、わたしの帰る場所はただの家じゃない。
とてもじゃないけど、人に送ってもらうなんてできない。
施設で生活していることが恥ずかしいわけじゃないけど、あんまり自分の素性を知られるのが嫌だった。
「じゃあ、気を付けて帰って」
断ったわたしに嫌な顔をすることもなく、そう言って柔らかい笑みを浮かべた彼にわたしは頭を下げてキッチンへ戻った。
それから店長がわたしたちに怖い思いをさせてしまったからと気を利かせてくれて、わたしと山田さんは早く上がっていいことになり、こんな状態で仕事はできないと自己判断し、お言葉に甘えて早く上がらせてもらった。
ただ、その足で徒歩15分のわたしが帰る場所へは帰らなかった。
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