テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
レンジはゆっくりと家に向かって歩いていた。アスファルトが一歩ごとに抵抗しているかのようだった。
まだ学校の制服にはトイレの安い石鹸の匂い、濡れたタイルの匂い、そしてどうしても消えない何か金属的な臭いが染みついていた。
彼は傷ついていなかった。本当に。
でも体は全部覚えていた。
突き飛ばされた瞬間。背中が壁にぶつかった衝撃。学校には似つかわしくないほど年老いた男の、掠れた声。
彼は振り返らなかった。
今この瞬間も——振り返らなかった。
耳鳴りは殴られたせいじゃない。
言葉のせいだ。
「自分の分をわきまえろ」
レンジはポケットの中で拳を握りしめた。爪が掌に食い込んだ。彼は息を吐くことを許さなかった——吐くことは弱さで、今日は弱さなど許されない。
予想より早く、家が見えた。
窓に明かりがついている。
アキオはもう帰っていた。
なぜかそれがひどく苛立たしかった。
彼は静かに、ほとんど音を立てずに靴を脱いだが、一枚の床板がやはり鋭い軋みを上げた。
次の瞬間、台所から声がした。
「遅かったな」
穏やか。平静。
あまりにも平静すぎる。
「学校に残ってた」
レンジは顔を上げずに答えた。ジャケットをフックにかけようとしたが、滑り落ちて床に落ちた。
レンジはすぐには拾わなかった。ただそれを見つめていた。まるで服ではなく、自分が落としてしまった何か生き物のように。
アキオが台所から出てきて、タオルで手を拭きながら現れた。兄の姿はまるで普通の一日を過ごした人間のようだった。きれいなシャツ、落ち着いた表情、疲れの欠片もない。それが余計に腹立たしかった。
「また喧嘩したのか?」
アキオが言った。
それは質問というより確認だった。
アキオは答えを知らずに尋ねたりしない。
「してない」
短く。切り捨てるように。
アキオはもう少し注意深く彼を見た。その視線はいつもそうだった——人間ではなく、その内側にあるひび割れを見ているような。
「肩が張ってるぞ」
「ただ疲れてるだけ」
「レンジ」
名前が重く響いた。錨のように。
レンジは彼をすり抜けて自分の部屋に入り、鞄を床に投げ捨てた。椅子がテーブルに鈍く擦れた音を立てた。彼はベッドに腰を下ろし、肘を膝に押し付けた。
「学校は問題ないよ」
彼は床を見つめながら言った。
沈黙が長く続いた。
アキオが入ってきて、近づかずに壁に寄りかかった。彼はいつもこの距離を保った。なぜかそれが、圧力をかけるより辛かった。
「学校のトイレか?」
アキオが静かに尋ねた。
レンジは勢いよく顔を上げた。
「お前、つけてきたのか?」
「違う」
間。
「でもお前、嘘が下手だな」
レンジは歪んだ笑みを浮かべた。
「俺って悪い生徒だな」
「俺の弟だろ」
その言葉は、さっきの男の言葉よりも深く刺さった。
レンジは目を逸らした。
「……大人だった」
ようやく彼は呟いた。
「先生じゃない。誰か……別の奴」
「学校で何してたんだ?」
「話してた」
「何て言われた?」
レンジは黙った。
胸の奥で何かがまた締め付けられた。暗いもの——怒り、恥、壁を殴りつけたい衝動——がせり上がってくるのを感じた。
「どうでもいいことだ」
アキオは一歩近づき、彼の正面に座った。視線が同じ高さになるように。
「もう一度『どうでもいい』って言ったら」
アキオは静かに言った。
「俺が直接そこに行ってやる」
レンジは凍りついた。
「やめろ」
「じゃあ話せ」
長い沈黙。
秒が果てしなく伸びた。
「……俺が自分を過大評価してるって」
レンジはようやく小さな声で言った。
「俺みたいな奴は、自分の分をわきまえるべきだって」
アキオはすぐには答えなかった。顔は平静を保っていたが、顎の筋がわずかに浮いた。
「で、お前は何をした?」
「何も」
「お前、嘘ついてるな」
「倒れてないよ、もしそれが言いたいことなら」
アキオは息を吐いた。
「レンジ……」
「俺は大丈夫だ」
レンジは鋭く言い返した。
「いつも乗り越えてきただろ」
「いつか乗り越えられなくなる日が来る」
部屋にまた静寂が落ちた。
レンジは立ち上がった。
「もう話終わったなら、一人にさせてくれ」
アキオも立ち上がった。
「一人で抱え込む必要はない」
レンジは窓の前で止まった。外は普通の夕暮れだった。
「わかってる」
彼は小さく言った。
「でも俺は、やっぱり自分で返すよ」
アキオは振り返った。
「なら、せめてこれだけは覚えておけ」
彼は言った。
「返すって決めたら……怒りに任せず、ちゃんと意識してやれ」
レンジは何も答えなかった。
彼はガラスに映る自分の姿を見つめながら思った——
怒りだけが、今の俺を立たせているんだ、と。