テラーノベル
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鈴奈は困惑していた。
ようやく悪夢のような1週間が終わり、ヘトヘトになって金曜の夜にベッドに入ったのだが、目が覚めたら日曜の朝だったからだ。
精神的に酷く疲れていたからとは言え、さすがに丸一日すっかり寝てしまうとは考えにくい。
それにお腹も空いてないし、寝過ぎで頭痛がするといった症状もない。
そこではっと気づく。
土曜日は、丸一日別人格に乗っ取られていたに違いない。おそらく、タカシと会っていたのだろう。
500万を受け取った見返りに、どんなお返しをタカシにしたのか想像すると……いや、そんなの考えたくもない。
他にも気がかりなことがあった。
前より別人格にからだを乗っ取られる時間が長くなっているような気がする。
このままだと、別人格が言っていた通り、やがて自分はすっかり消え去ってしまうのではないか。
そう思うと、ずっしりと重い不安がのしかかってくる。
スマホを見ると、恒生からラインが来ていた。
『明日、ランチでもどう?』
受信の時間を見ると、昨日の夕方だ。ずっと無視していたことになる。これは、とってもまずい。
気づくと鈴奈は、何も考えずにあせって恒生に電話していた。
「こ、恒生さん。すみません! ライン、今見ました。スマホが故障してたんです。やっと直してもらって」
言ってすぐに、しまったと思う。
朝の7時に携帯ショップが開いているはずがないのに。
それに、こんなに朝早く電話するのも失礼だった。まったく私はどうしようもないにもほどがある。
だが、恒生はいつもと変わらずクールな声で返してきた。
『おはよう、リサさん。それは大変だったね。返事がないから、なにかあったんじゃないかと心配していたんだ。とりあえず、無事でよかったよ』
おそらく嘘に気づいているのだろう。だけど、さらりと受け流してくれる。
「ほ、本当にすみませんっ! それで、ランチのお誘いは、まだ有効でしょうか?」
『もちろんだよ。有効期間は無期限なんだ。11時に銀座に来れる?』
「はい! 行けます行けます。ぜひ行かせてください!」
『じゃあ、楽しみにしてるよ』
電話を切ると、急いで支度に取り掛かる。
まずはシャワーを浴びた。恒生と会えると思うと、気分が上がってくる。
だが、シャワーを終えてバスタオルで濡れたからだを拭きながら鏡を見た途端、愕然とした。
首筋から胸にかけて、たくさんのキスマークが残されている。
おそらく、昨夜の別人格とタカシとのアレによる痕跡に違いない。とたんに高揚していた気持ちが一気に萎んでいく。
タカシとなにをしたのか考えたくもないが……それより、このキスマークはどうやっても隠せない。
冬ならハイネックとか着る方法もあるが、今は盛夏。どうしてたって首筋は露出してしまう。
悩みあぐねた挙句、絆創膏を貼ってキスマークを隠蔽することにした。
とても目立つが恒生には、野良猫と遊んでいたら引っ掻かれて、とか言い訳するしかないだろう。
期待しているわけじゃないのに……恒生と今日、甘い流れとならないと確定したことに、どうしても残念な気持ちとなってしまう。いや、本当に、そんなことがあるわけないのに。
念入りにメイクして、数少ない服のなかから一番マシなブルーのショートワンピを着て、9時に部屋を出た。
11時の待ち合せには早すぎるが、行ったこともない銀座というハイソな街を偵察しておく必要もある。
外に出た途端、灼熱の夏陽が突き刺さった。今日も猛暑日となりそうだ。
早くも流れ出る汗を拭いながら駅に向かって歩いていると、なぜか強い視線を感じた。
気になって振り返ると_____。
100メートルほど離れた後方の電柱の脇。
そこに白いワンピースを着た女が、だらりと立ち尽くして鈴奈をじっと見つめていた。
すぐに気づく、それは祐也の部屋にいた女だと。
その不気味な女は、黒いボストンバッグを手にしていた。
どうしてあの女が、ここに。
それになぜ、盗まれたボストンバッグを持っているの。
恐ろしくなった鈴奈は、すぐに女から目をそらすと早足で歩き始めた。
だけど、背後からの刺すような鋭い視線が消えることはない。
心臓がバクバクする。暑さとは別に、嫌な汗が背中を滴り落ちた。
祐也の部屋へ行った帰りに、あとを付けられてアパートを知られてしまったのだろうか。
あの日はそのあと恵比寿へ行って恒生と会い、アパートに戻ったのは夜遅くだった。
隠れてずっと見張られていたってこと? 待って、怖すぎるでしょ。
それに、あのボストンバッグを手にしてるのは……。
そうだ、合鍵。祐也にアパートの合鍵を渡していた。
あの女はその合鍵を使って、私が留守のときに部屋へ侵入した。そして部屋を荒らした挙げ句に札束の入ったボストンバッグを盗んだ。
そう推理すると、鍵を掛けたはずの部屋にどうやって入ったかの謎も解ける。
なぜ、女はそんなことを。
これってまるで、ストーカーじゃない。しかもかなり悪質な。
女の正体と目的を知りたいが、それは祐也の幽霊に聞かないとわからない。祐也の幽霊は鈴奈に隠れて婚活サギをしてたことがバレて以来、姿をくらましている。
ああ、もう。肝心な時に現れないんだから。
パニックになりながらも、恐る恐る、そっと後を振り返ってみた。
やはり女は鈴奈のあとを無言でひたひたと追っている。さっきまで100メートルはあった距離を50メートルほどにまでに縮めて。
その目は尖ったナイフのように鋭く鈴奈を睨みつけていた。まるで獲物を狙う殺し屋のように。
「ひいいっ!」
思わず悲鳴を上げて、鈴奈は全速力で走り出す。
なにせ走るのだけは自信がある。中学高校の運動会ではずっとリレーのアンカーをしていた。鈴奈が唯一人に誇れるものがあるとすれば、それは脚力だと言えよう。
だが走りながら振り返ると、女はぴたりと追走していた。
それどころか、距離がさらに縮まっている。まるで女の吐息が耳元に聞こえるようだ。
もはや、なぜ女から逃げているのかさえわからない。それは身の危険を感じる恐怖としか言いようがなかった。
駄菓子屋の店先でアイスクリームを舐めていた少年が、楽しそうに声を上げた。
「がんばれー!」
アスファルトから湯気が立ち昇る灼熱の道路を、猛烈な勢いで駆け抜ける女ふたり。
少年の目には、かけっこ遊びをしてるとしか見えないのだろう。違うの、こっちは必死なの! と鈴奈は心で叫ぶ。
だが、いつまでも力一杯走り続けるのは無理がある。そもそも大人になってからは運動などしたことがない。すでに心臓も足も限界だった。
急に足がもつれてバランスを崩す。転ぶ、と思ったその時_____。
前方の脇道から車が飛び出してきた。
鈴奈はよろけながらも、車のドアにぶつかってウインドウにぺったりと顔がへばりつく。
黒のレクサスは停止すると、ウインドウがゆっくり下がっていった。
「このクソ暑いのにマラソンなんて、気でも触れちまったか?」
運転席で呆れたように鈴奈を見つめるのは、黒崎だった。
「黒崎さん……」
「ちょうど、おまえの家へ向かうところだったんだ。ガソリン代が浮いてラッキーだぜ」
「た、助けてくださいっ!! ストーカーに追われてて!!」
「はあ? どこにそんな奴がいる?」
鈴奈が走ってきた道を振り返ると、そこに人影はなかった。
ついさっきまで鈴奈の背後に迫っていた女は、すっかりその姿を消している。
「嘘……」
「いいから乗れや」
ぶっきらぼうな黒崎の声には、有無を言わせぬ迫力があった。
鈴奈がしぶしぶレクサスに乗り込むと、すぐさまタイヤを鳴らしながらスピードを上げて走り出す。
「どこへ行くんですか?」
「ソープに決まってるだろうが」
「はい?」
「社長が決めたんだ。おまえはソープ行きだと」
「な、なぜ。だって……」
「曽根の件といい、どうもおまえは危なっかしい。婚活サギ計画は中止だ」
「そんな! ちゃんとやりますから、後生ですから!」
「万事塞翁が馬ってやつだ。諦めるんだな」
大通りに出ると、黒崎はさらにアクセルを踏み込む。
前方を塞ぐ軽自動車にクラクションを浴びせながら、慣れたハンドル捌きで右へ左へとクイックに車線変更する。
赤信号で急停車すると、舌打ちしながらいきなり鈴奈の鼻の穴にごつい指を突っ込んだ。
「ぶがっ! にゃ、にゃにを!!」
「ソープなんてたかがアナを使うだけだ。こうやって他人に鼻クソをほじくられるようなものだと思えばいいだろうが」
「じょうらんじゃないれすっ! ぜっらい、いやれすっ!!」
黒崎はふんと鼻息を荒くすると指を引っこ抜き、青信号になるやいなや再びアクセルを踏み込んだ。
鈴奈はこの窮地を脱するために、必死に頭を巡らそうとするが焦燥感でなにも思いつかない。
絶望のあまり意識が遠ざかるなかで、ふと脳裏に浮かんだのはあの女が持っていた黒いボストンバッグ。
そうだ。あれを、なんとか奪い返すことができれば。
「お金なら……用意できます」
「へえ。どんな当てがあるのか知らんが。あるなら、さっさと寄越せ。1000万だ」
「ええっ!? 祐也の借金は487万だったはずでは!」
「あれから増えた延滞金と、それに今回の迷惑料を加算して1000万。ビタ一文負けねえぞ。本当に用意できるんだろうな」
ショックのあまり、大声を上げて泣きたかった。
仮になんとかボストンバッグのお金を取り戻せたとしても、まだ500万円足りない。
ああ神様……どうして私にこのような試練ばかり。
「ああそうか。新しいターゲットから金をふんだくる目処が立ったっていうわけだな?」
「……えっ?」
「碓氷恒生、28才の会社員。最近こいつと会ってるんだろ。ちゃんと調べはついてんだ。最大手の三星商事勤務だから、素性は悪くねえしカネも持ってそうだ」
「あの、それは」
「わかった。じゃあ10日だけ猶予をやろう。それまでに碓氷からカネをふんだくれ。そうすりゃ、婚活サギがカネになると社長にも認められて、俺の株も上がるってわけだ。悪い話じゃねえな」
レクサスを急停車させると、黒崎は蛇のような目で鈴奈を睨みつけた。
「いいか、10日間だ。今度ばかりは下手打つなよ。しっかり見張ってるからな」
コメント
1件
えぇ〜!?第15話、もうめっちゃハラハラする展開すぎて私の心臓もっちゃもちゃになってるんだけど!!😭💦 まず恒生さんの優しさが沁みるよ…嘘バレバレなのにさらっと受け流してくれるの神すぎるでしょ。でもキスマーク隠すために絆創膏貼るとか切なすぎる…しかも野良猫の引っかき傷って恒生さんに言う気なの??🥺🤣 そしてストーカー女がまさかのボストンバッグ持って追いかけてくるシーン、怖すぎて寝る前読んだの後悔したレベル!!しかも追跡距離縮まる描写がマジでゾッとした…。さらに黒崎登場&♡♡♡行き宣告&1000万請求とかもう鈴奈ちゃん終わらない不運ループじゃんか…!!😱💔 10日間猶予って終わってるし、恒生さんから金巻き上げろって無理ゲーすぎる…次話どうなるのか気になりすぎて今夜眠れないよ!!クムさん、このスリルエグすぎます、でも続きが待ち遠しすぎてだめになる…🎀✨